放課後、いつもの音楽室で~チェロが伝える、キミのココロの微振動~【ASMR風】

干野ワニ

1. Satz:出会いは偶然、渡り廊下で

(高校に入学して、少し慣れた頃。放課後の喧騒の中、あなたは渡り廊下を靴箱へと向かっている)


// SE 前方から、タタタタっと小走りの足音が近づいてきた


「あっ……ひゃうっ!?」


(すれ違いざまに、ベルトのついた大きな袋を背負った女子の足がもつれて、バランスを崩す)


// SE バサッと、袋をつかむ音


(あなたはとっさに袋の端を掴んだが、女子は転んでしまった)


「あたたたた……」

「あっ、チェロは!?」


// SE がばっと、身を起こす音


「よかったぁ~」


(女子の膝が赤くなっているのを見て、あなたは気遣う言葉をかけた)


「ん? ああ、このぐらいちょっと擦りむいただけだから、大丈夫。そんなことより、チェロが倒れないようにカバーつかんでくれて、本当にありがとう! ようやく買ってもらえたのに、壊れなくてよかったぁ……」


「うん、これ中身は楽器が入ってるの。ごめんね、そのまま支えておいてもらってていいかな? ……んしょっ」


(女子は立ち上がろうと膝を立てて力をこめたが、痛そうにふらついた)


「つっ!」


(思わず手を差し伸べる、あなた)


「あ……手、借りていいの? ありがとう」// 嬉しそうに


(あなたの手をとり立ち上がったかと思うと、女子はその手にまじまじと視線を這わせた)


「この手……」


// SE サワサワと、あなたの手の形を両手で確かめる


「ねぇキミ、チェロやってみない!? チェロじゃなくても、バイオリンでも、ビオラでも、コントラバスでもいいから、ねぇ、弦楽やろうよ!」


「キミ、弦を押さえるのに、すっごく理想的な指先してるんだぁ……。きっと良い音色がでるよ?」// うっとりとして


(清楚で大人しそうな外見からは想像できない前のめりすぎる台詞に、あなたは一歩退いた)


「あっ、ごめんね! ……びっくりさせちゃったね。あのね、わたし、弦楽部なんだ。まぁ、部員はわたしひとりっきりなんけど……」


(ひとりで部活って成立するの? と、首をかしげるあなた)


「うん。本当はね、先輩たちが卒業した去年いっぱいで廃部が決まってるの。顧問の先生も、先輩たちも、陰キャなわたしが一人で新入部員集めなんてできるわけないって、よく分かってたから……」// しょんぼりとして


「あはは、情けないよね……」// 力なく笑いつつ


「でもね、これからも練習室だけは使っていいよって、言ってもらってるんだ。でも、一人でCDの伴奏に合わせて弾くばっかりなのも寂しくて……。だから一緒に活動してくれるひとを探してたんだけど、突然言われても、やっぱ無理、だよねぇ……」// 肩を落として


「えっ、ほんとに、前からやってみたかったの!?」


「うんうん、未経験のひとも大歓迎だよ! 実はね、わたしもチェロは中学に入ってから始めたの」


「だから弦楽部のある、この高校に入ったんだけど……」// 少し寂しそうに


「えっと、キミ楽譜は……あ、ギリギリ読める? なら、ぜんぜん問題なし!」// 一転して、明るく


「これから部室に行くところだったんだけど……あの、よかったら見学に来ない?」


(おずおずとした申し出に、こくりと頷くあなた)


「わ、わわわ、ほんとう!? うわ、どうしよう、うれしいなぁ……わたしの話で興味持ってもらえたの、はじめて……」// 照れたように笑う


「ねぇ、部室、こっちだよ!」// 嬉しそうに


(二人で連れ立って渡り廊下を歩き始めると、傍らの彼女がうきうきした様子で話しかけてきた)


「そうだ、まだ自己紹介してなかったね。 わたしは水見歌織みずみかおり、二年だよ。キミは……そのタイの色、一年生だよね?」


(うなずいて、名乗り返すあなた)


「キミの名前、いい響きだね」


「え、意外? その名前、音の流れが心地よくて、好きだな」


「あ、ここだよ!」


(そこは音楽室の横にある小さな部屋だった)


// SE ガララっと、引き戸を開く音


(中に入ると辺りはラックだらけで、所せましと楽器が置かれている)


「そうここ、この第二音楽準備室がね、弦楽部に残った部室なの。 ふふふ、いちおうアップライトピアノは使えるけど、古い楽器だらけですっごくせまいでしょ? でもちゃんと鍵もかけられるし、ここの楽器は取りに来る人も全然いないから、ゆっくり練習できるの」


「せまくてごめんね、カバン、その隅においてもらっていい?」


「うん、そこで! それじゃあね、さっそくだけど……その、わたしはチェロと、あと一応バイオリンの基本の弾き方なら、なんとか教えられるかな。どれから試してみたい?」


「チェロでいいの? ちょっと待ってて♪」


(歌織はスタンドに立て掛けていたチェロをいそいそと取ると、そっと床に横たえた)


// SE ジジーっと、ソフトカバーのファスナーを開ける音


(歌織はカバーのポケットから小さな機械を取り出して、あなたに差し出した)


「これ、そこの譜面台に置いてもらっていい?」


「そうそこ。ありがとう!」


「ああ、これは音をチェックするためのチューナーだよ。まずは調弦……音を基準に合わせるように調整するから、ちょっと向こうのイスに座って待っててね」


// SE ギシッと、あなたがイスに座る音

// SE カチッと、歌織がチューナーのスイッチを入れる


// SE キリッ、キリッ、という、ペグを回して弦を張る音

// SE ピン、ピン……と、弦を親指の腹で弾く音


「この弦を巻き取っているところはね、ペグっていうの。持ち運ぶときは面倒でも緩めておかないと、弦が傷みやすいんだ」


// SE キリッ、キリッ、という、ペグを回して弦を張る音

// SE ピン、ピン……と、弦を親指の腹ではじく音


「さて、こんなものかな。最後の微調整はね、この弦の下の方についてるアジャスターっていう小さなネジでするの」


// SE ギシッと、歌織が譜面台の前のイスに座る音


(歌織は慣れた様子で、大きなチェロを抱え込むように膝の間に挟んだ。膝丈のスカートが持ち上がり、白い膝頭が蛍光灯に照らされる)


// SE カタっと、譜面台から弓を持ち上げる音


「調弦の基準にはね、『アー』……つまり『ラ』の音を使うの。ホールによっては442ヘルツを使ったりとか少しブレはあるけど、基本は440ヘルツかな。この通りチェロには四本の弦があるんだけど、一番左を、この『ラ』に合わせるよ」


(弓を弦に落とすと、ゆっくりとしたストロークで引く)


// SE 『ラー』


「ほらこれ、ほんの少しでも音がずれているとね、チューナーの針が合わないの。今のはちょっと高かったみたい」


(歌織、弓を持ったまま、小さなアジャスターを摘まんで回す)


// SE 『ラーラー』


(再び、アジャスターで調整)


// SE 『ラー』


「うん、こんな感じかな! あとは順番に『レ』『ソ』『ド』に合わせるんだけど、二本目からは、ささっとやっちゃうね」


// SE 『レーレー』

// SE 『ソーソー』

// SE 『ドーー』


「これでよし、っと」


「チェロってね、こうやって全身で楽器を包み込むようにして弾くでしょ? するとね、まるで全身が響板きょうばんになったみたいに、身体のふかーいところで、ヴウウウウウーンって、音が震えるの。ね、やってみる?」


(あなたが頷くと、歌織は微笑んで譜面台の前の席を譲った)


// SE ギシッと、あなたがイスに座る音


「それじゃあ、軽く膝を開いて。えっとね……ちょっとお膝、さわるね」


(歌織があなたの膝に手を添えて、ほどよく開かせる)


「両手も開いて……そうそう、チェロ、渡すね」


// SE トッ……と、左肩にそっとチェロが乗せられる音


「ふふふ、そんなに力まなくてだいじょうぶだよ。力を抜いて、りらーっくすして、やわらかぁく楽器を抱き留めるかんじ。左手が手持ちぶさたて困るなら、ほらここ、チェロの左肩のところに手をおくといいよ」


(あなたがチェロに視線を向けて手を置く場所を探している隙に、歌織の姿が消えた)


「そうそう、いいかんじ! ぜんぶ試したわけじゃないけど、管弦楽の中でもチェロが一番めぐらいに構えが楽な楽器じゃないかなぁ」


// SE さらっと、背後から包み込まれる軽い衣擦れ

// SE 右耳のすぐ近くから、吐息を感じる


「次は弓を持ってみようか。まず右手の力を肩から抜いて、だらぁ~っとして? うん、いいね、そのまま、右腕を前に持ち上げて……」


(あなたが右腕を持ち上げると、弓の持ち手の部分が差し出され、そっと指の間に差し込まれた。かと思うと、あなたの右手を包み込むように、歌織の右手が重なった)


「ちょっと右手、借りるね。弓はぎゅっとは握らずに、腕の力も抜いたまま、弓と腕の重さを弦に預けるの。そのまま腕力で強く押し付けてしまわないように、自然な重みで、地面と平行にすーっと引くと……」


// SE 『レーー』※胸元からわき上がるように、深く澄んだ音が響く


(あなたは思わず、すげぇ……と呟いた)


「ね、キモチイイ、でしょ? 外から飛んできた音と、内からこみ上げてくる音とは、ぜんぜん響きが違うんだ」// 得意げに


「チェロはね、人間の声に最も近い楽器だと言われてるの。こうやって体を密着させて音を聞いているとね、まるで自分が歌ってるみたいだなって、感じない?」// 楽しげに


「もっと弾いてみたい? ……いいよ」// 後ろから耳元で、囁くように


// SE 四つの開放弦の音が、滑らかに流れる


(背中を包む歌織の体温と、重なる指先、小さな息づかいに、あなたの鼓動が早まってゆく)


「あれ、キミもしかして、熱ある? なんだか耳のあたりがあったかいけど」// 耳元で呟くように


「やっぱり、耳が真っ赤だよ!?」// 焦ったように


「え、近すぎ……?」// 不思議そうに


(歌織も、みるみるうちに真っ赤になった)


「ごっ、ごごごごごごごめん! わたしも先生にこうして教わったから、つい!」


「そういや、せんせい、女の人だけど、ほかに、どうやったらいいか分からなくて……ごめんね、ちゃんとした先生でもないのに手をつかんで動かされるなんて、嫌だったよね」// 泣きそうになりながら


(「あ、いや、今は先輩が先生なのに、意識しちゃってすみません。先生なら普通ですよね」と、あなたは慌ててフォローした)


「そう、そうだよね、動かし方を教えるには、手を添えて動かしてみるのが一番分かりやすいんだもん。これが普通だよね。うん。ふつうふつう……」// ドキドキを抑えるように呟く


// SE すー、はー、っと、歌織が深呼吸する音


「よし、おちついた……」// ごく小さな声で


「えっと、今日は貴重な放課後につきあってくれて、ありがとう。あのね……部活、もう入ってる?」


「そっか! じゃあ暇なときだけでいいから、たまぁに弦楽部にも顔を出してくれると嬉しいな……なんて」// 自信なく、語尾が消え入るように


「え、いいの!? えへへ……」


(歌織はふにゃっと、とても嬉しそうに微笑んだ)


「それじゃあまた、放課後、いつでも待ってるね!」


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