第5話「魔法の継承」

5-1: 「写し身の試練」


 洞窟の入り口に立つリバンスとルーン。二人の表情には緊張が走る。深呼吸を一つし、リバンスが一歩を踏み出した瞬間、体中を異様な感覚が駆け抜けた。


「うっ...!」思わず声が漏れる。


「大丈夫?」ルーンが心配そうに振り返る。


「ああ...なんだか体を何かが通り抜けたような...」


 ルーンは小さく頷いた。「おそらく写し鏡うつしかがみの魔法ね。これで貴方のかげが作られたはず」


 二人は慎重に歩を進める。洞窟内は薄暗いが、壁に据え付けられた松明たいまつが不気味な明かりを投げかけていた。足元には小石が散らばり、時折水滴の落ちる音が響く。


「モンスターはいないみたいだな」リバンスが囁くように言う。


「ええ。でも油断は禁物よ」


 数十分歩いた後、二人は広い空間に出た。中央には一枚の鏡が佇んでいる。


「ここか...」リバンスは息を呑む。


 突如、鏡から眩い光が放たれた。「っ!」二人は反射的に目を覆う。


 光が収まったかと思った瞬間、リバンスの目の前に青白い光が飛び込んでくる。「アイススピア氷の槍!?」


 死を覚悟した刹那、「ファイアボール炎弾!」ルーンの声が響く。


 炎の弾が氷の槍をかすめ、空中で爆発を起こした。


 爆風に吹き飛ばされながらも、二人は何とか体勢を立て直す。かすり傷程度で済んだことに安堵のため息をつくリバンス。


「ありがとう、ルーン。助かった」


 しかし、ルーンの表情は硬い。


「リバンス、あれを見て」


 視線の先には、まさにリバンス自身が立っていた。しかし、その目には魂が宿っていない。


「俺のかげか...」リバンスは呟く。


「でも、おかしいな。ルーンはまだ魔法を使ってないはずなのに、なんであいつはアイススピア氷の槍を...」


「もしかして」リバンスの頭に嫌な予感が思い浮かぶ。


「あいつ、俺よりも遥かに高度な複写再現コピー&ペーストを使えるんじゃ...?」


 ルーンが息を呑む。「そういえば、写し鏡うつしかがみの魔法は対象の本来の力をそのまま写し出すと聞いたことがあるわ。リバンス、あなた...とんでもない力に目覚めたのかもしれないわね」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、かげのリバンスが動いた。


複写再現コピー&ペースト!」


 突如として目の前で土煙が巻き上がる。霧が晴れると、そこには...


「レッドオーク!?しかも5体も!?」リバンスの声が裏返る。


 巨大な赤い獣人たちが咆哮を上げる。その一体一体が、複数の冒険者でも手こずるほどの強敵だ。鋭い牙と爪、そして筋骨隆々とした体格。その存在感だけで、二人の息が止まりそうになる。


「ルーン、一度撤退しないか?」リバンスが提案するが、ルーンは首を横に振る。


「後ろを見て」


 振り返ると、来た道には青白く輝く魔法の障壁しょうへきが張られていた。


「もう退路はないのよ」ルーンの声は冷静だが、顔には焦りの色が見える。


 その時、レッドオークたちが一斉に突進してきた。地面が震動し、粉塵が舞い上がる。


アイスウォール氷の壁!」


 ルーンの詠唱と共に、巨大な氷の壁が現れる。


 レッドオークたちの拳が氷壁に叩きつけられる。ヒビが走り、壊れるのは時間の問題だ。


「リバンス、私の魔法をコピーして。壁ごと吹き飛ばすわよ」


 ルーンの杖に魔力が集中していく。青白い光が渦を巻き、空気が重く、熱くなっていく。その姿に、リバンスは息を呑んだ。


インフェルノストリーム業火の流星!!!」


 炎の奔流が氷壁ひょうへきを貫き、レッドオークたちを襲う。リバンスもすかさず複写再現コピー&ペーストを発動。ルーンの魔法をコピーし、即座にペースト。二つの炎の流れが交差し、轟音と共にレッドオークたちを灰燼に帰した。


 熱風が二人を襲う。顔を腕で覆いながら、リバンスは目を凝らす。


 だが、かげのリバンスは同じ魔法で応戦。炎と炎がぶつかり合い、激しい爆風を巻き起こす。衝撃波が洞窟内を揺るがし、岩塊が降り注ぐ。


「くそっ、どうやったらあいつを倒せるんだ...」リバンスは焦りを隠せない。


「初見の高威力な魔法を叩き込むしかないわね」ルーンが息を切らせながら言う。「でも時間を与えると何をペーストしてくるかわからない。それに、隙を作らないと全て相殺されてしまうわ」


 リバンスの頭に一つの策が浮かぶ。


「ルーン、強力な氷魔法を頼む。俺が隙を作る」


 ルーンは頷き、再び魔力を集中させる。杖を天に掲げ、氷青色の光が渦巻く。


アイシクルメテオ氷塊隕石!」


 巨大な氷の塊がかげのリバンスめがけて落下する。その瞬間、リバンスが動いた。


複写再現コピー&ペースト!」


 リバンスは先ほどのインフェルノストリームをペースト。炎の奔流が氷塊に直撃。激しい蒸気と共に、視界が真っ白になる。


「今だ、ルーン!雷魔法を!」


 ルーンの杖が天を指す。青白い電光が走り、空気が振動する。


プラズマバースト雷霆爆裂!」


 水蒸気に反応した雷撃が、想像を絶する威力となってかげのリバンスを貫く。眩い光と共に轟音が響き渡り、洞窟全体が揺れる。


 光が収まると、かげの姿はなく、そこには焦げた地面だけが残っていた。


 戦いの余韻が残る中、ルーンがゆっくりと膝をつく。


「少し...疲れたわね」


 そう言って、彼女はその場に倒れ込んだ。


「ルーン!大丈夫か!?」


 リバンスが駆け寄ったその時、鏡があった場所が眩い光を放ち始める。


「あそこが...ワープゲート...」意識朦朧としながらもルーンが呟く。


 リバンスはルーンを支えながら、決意の表情でゲートに向かう。


「行くぞ、ルーン。ここを抜けたら、ゆっくり休ませてやるからな」


 そう言って、二人の姿はゲートの光に飲み込まれていった。


5-2: 「銀髪の魔女と王家の秘法」


 まばゆい光が消え、リバンスとルーンの目の前に広がったのは、まるで絵本から飛び出してきたような美しい村の風景だった。木々がしげる中に可愛らしい家々が点在てんざいし、空気はんでいて、かすかに魔力のような不思議な力を感じる。


「ここが...グリーンリーフ村?」リバンスは息をんだ。


 ルーンはまだ疲れが残っているようで、リバンスの肩にりかかりながら小さくうなずいた。「ええ...ここよ」


 村の中心には大きな泉があり、そこから魔力がき出ているかのようだった。村人たちは二人を好奇心旺盛こうきしんおうせいな目で見つめている。空中に浮かぶ本を読んでいる子供や、つえを使って野菜を収穫しゅうかくしている老人の姿も見える。


「すごいな...みんな当たり前のように魔法を使っている」リバンスは驚きを隠せない。


 そのとき、一人の美しい女性が二人に近づいてきた。


 長い銀色の髪は風に揺れ、深い緑のひとみは神秘的なかがやきを放っている。年齢不詳ねんれいふしょうの魅力的な雰囲気ふんいきを持つその人物に、リバンスは思わず見とれてしまった。


「お久しぶりね、ルーン」女性は優しく微笑んだ。


 その声は、まるできよらかな小川のせせらぎせせらぎのようだった。


 ルーンは弱々よわよわしくも嬉しそうに返事をした。「ミラ...会いたかった」


 ミラはルーンの状態を見て、心配そうな表情を浮かべた。「ルーン、あなた...随分と疲れているようね。大変な旅だったのでしょう」


 ルーンは少し申し訳もうしわけなさそうに微笑んだ。「ごめんなさい、ミラ。予想以上に大変な道のりだったわ」


 ミラは優しくうなずいた。


「そうね、写し鏡うつしかがみの洞窟での戦いを見ていたから、どれほど大変だったかわかるわ。まずはゆっくり休んで。特にあなた、ルーン。魔力を使い過ぎているもの」


 リバンスは驚いた様子で尋ねた。「え?ミラさんは洞窟での戦いを見ていたんですか?」


 ミラは微笑んで答えた。「ええ、魔法で遠隔観察えんかくかんさつしていたのよ。あなたたち二人の戦いぶり、とても印象的いんしょうてきだったわ。特にあなたの複写再現ふくしゃさいげん能力...とても珍しいものね」


 リバンスは驚きと共に、少しずかしさも感じた。


 ミラは続けた。「でも、そのおかげで随分と消耗しょうもうしているみたいね。今日はゆっくり休んで。明日にでも、ゆっくりとあなたたちの目的について聞かせてもらいましょう」


 リバンスとルーンは感謝の言葉を述べ、ミラに用意してもらった部屋で休むことにした。柔らかなベッドによこたわりながら、二人は今日の出来事を振り返ふりかえった。


「ミラさんは、僕たちが来ることを予想していたみたいだね」リバンスがつぶやいた。


 ルーンは微笑んで答えた。「ええ、ミラは常に一歩先を行く人よ。王国で最高の魔法使いと呼ばれていたのも納得なっとくできるわ。きっと明日から厳しい修行が待っているわ」


 そんな会話をしながら、二人は疲れた体を休め、明日からの修行に備えて深いねむりについた。


 翌日、朝日が部屋にし込む頃、ミラは二人を居間いまに招いた。温かい朝食を前に、ミラはおだやかな表情で二人を見つめた。


「さて、昨日は十分休めたかしら?今日は、あなたたちがここに来た目的について聞かせてもらえるかしら」


 ルーンは少し緊張した様子で口を開いた。


「ミラ、私は...融合魔法ゆうごうまほうを習得したいの」


 ミラの目がかがやいた。「やはりね。そろそろその時期だと思っていたわ」彼女は立ち上がると、「では、庭へ案内するわ。そこで詳しく話しましょう」と言った。


 ミラは二人を家の裏手うらてにある小さな庭に招いた。そこには、魔法陣がきざまれた石版が置かれている。


「さて、ルーン。融合魔法の話をしましょう」ミラの表情が真剣になる。


「融合魔法...」ルーンの目に決意の色が宿やどる。


 ミラは静かに説明を始めた。


「融合魔法とは、複数の魔法要素を一つに統合し、より強力かつ複雑な効果を生み出す高度な魔法技術よ。あなたの国で開発され、王家に代々伝わる秘法ひほうなの」


 リバンスは食い入くいいるように聞いている。


「通常の魔法使いには扱えない強大な力を発揮するわ。でも、使用者の精神力と魔力の高度な制御が必要になる」ミラは続ける。


「複数の属性、例えば火と水、風と土などを同時に操ることで、想像を超える効果を生み出すの」


 ルーンが小さくつぶやいた。「父上は...最後の守りとして、この魔法を使ったのね」


 ミラは優しくうなずいた。「そうよ。融合魔法は国家防衛の最終手段として機能するほど強力なの。それに...」


 彼女は一瞬言葉を切り、意味深いみしんな表情でルーンを見た。


「ロストテクノロジーを扱うかぎになるかもしれないわ。でも、これらの情報が悪用あくようされれば、世界が終わってしまう可能性もある。特にドミナージュという組織には、絶対に渡してはいけないわ」


 その言葉に、リバンスとルーンは息をんだ。


 ミラはリバンスに向き直った。「そして、あなたの能力も...興味深いわ」


 ミラは続けた。「あなたの能力は、実は滅亡めつぼうした王国に関連しているかもしれないの。昔、王国の禁書庫きんしょこで似たような魔法の記載があった気がするわ。ただ、私も詳しく読んでいないから、確かなことは言えないけれど...」


 リバンスは自分の手を見つめた。今まで気づかなかった可能性が、その手の中にめられているような気がした。


 ミラは二人を見渡し、微笑んだ。「さて、これからの修行計画を立てましょう。ルーンは基礎的な魔法理論の再学習から始めて、徐々に複数属性の同時制御に挑戦ちょうせんしていくわ」


 ルーンは真剣な表情でうなずいた。


「リバンス、あなたも一緒に自分の能力を向上させられるよう修行しましょう」ミラはリバンスに向かって言った。「まずは複写対象の拡大と複写持続時間の拡大から始めていくわ。あなたの能力には大きな可能性があるはずよ」


 リバンスも決意を新たにする。


 ミラは少し考え込かんがえこむような表情を見せた後、続けた。「ルーン、あなたがドミナージュを追っていることは知っているわ。きっとリバンスの力が、その助けになるはずよ」


「そして、二人で協力して新しい技を開発していくの。お互いの長所と短所を補完ほかんし合えば、きっと素晴らしい力を生み出せるわ」


 ミラの言葉に、リバンスとルーンは思わず顔を見合わせた。二人の目には、これからの成長への期待と、互いへの信頼の色が宿やどっていた。


「さあ、始めましょう。あなたたち二人の力が、きっとこの世界を変えていくわ」


 ミラの言葉とともに、リバンスとルーンの新たな挑戦ちょうせんが始まろうとしていた。


5-3: 「修行の先にある使命」


 ミラは二人に向き直り、それぞれの課題を説明し始めた。


「ルーン、あなたは午前中、書斎で魔法理論の再学習をしてもらうわ。午後からはここで、体内で属性の違う魔力を混ぜ合わせる練習よ」


 ルーンは真剣な眼差しで頷いた。


「リバンス、あなたは午前中、物質の構造理解を高めるため、様々な参考文書を読んでもらうわ。午後からは、岩などをコピーしてペーストし、それを維持した状態で私の出す魔導ゴーレムとの戦闘訓練。そして、同時に複数ペーストする限界拡大のため、まずは小石など小さなものから6回以上の連続ペーストを目標に訓練するわ」


 リバンスは少し戸惑いながらも、「はい、頑張ります」と答えた。


「では、午前の部を始めましょう」


 ミラの合図で、二人はそれぞれの場所へと向かった。


 ルーンは書斎に入ると、懐かしさを感じながら、幼い頃に学んだ魔法理論を紐解いていく。一方リバンスは、初めて目にする専門的な文献に四苦八苦しながらも、少しずつ理解を深めていった。


 昼食を挟み、午後の実践訓練が始まった。


 庭に出たルーンの前に、ミラが小さな水盤を置いた。


「さあ、ここに火と水の魔力を同時に注いでみて。目標は、水の性質を持った炎、つまり液体のように流れる炎を作ることよ」


 ルーンは深呼吸をし、両手を水盤に向けた。すると、水面からかすかな湯気が立ち始める。しかし、すぐに魔力のバランスが崩れ、水が沸騰してしまった。


「まだまだね。でも、いい兆候よ。水が沸騰する前の一瞬、炎が水面に広がっていたわ。その状態を維持できるようになれば成功よ」ミラは優しく微笑んだ。


 一方、リバンスは庭の別の場所で、小石を使った複写再現の練習をしていた。


「6回連続でペーストすることを目指しなさい。これまでの5回を超えることが今日の目標よ」ミラの声が飛ぶ。


 リバンスは額に汗を滲ませながら、何度も挑戦を繰り返す。5回目までは何とかいけるが、6回目で集中力が途切れてしまう。


「根気強く続けることよ。5回を安定して出せるようになったのは大きな進歩だわ」ミラの言葉に、リバンスは頷いた。


 夕方になり、二人とも疲労困憊の様子だった。しかし、その表情には達成感も見え隠れしている。


「今日はよく頑張りました」ミラは二人を労った。「でも、これからがもっと大変よ」


 その言葉に、リバンスとルーンは思わず顔を見合わせた。


 ◇◇◇◇◇


 日々の修行が続く中、リバンスはミラの人柄を理解していった。修行中は厳しい要求を突きつけてくるが、それ以外の時は優しく、そして知的な女性だった。時折、すべてを見透かされているような感覚に陥ることもある。


 ある日の修行中、ミラがリバンスに助言をした。


「あなたの複写再現はとても面白い能力だけれど、使い方が狭すぎるわね。魔法や物ばかりコピーしていては戦いの幅が限られるわ」


 リバンスは首を傾げた。


「例えば、物質の『性質』をコピーすれば、液体の性質をペーストしたファイアボールが打てるかもしれない。暗い場所という『環境』をコピーすれば、狭い範囲なら急に暗転させることもできるんじゃないかしら」


 その言葉に、リバンスは目を見開いた。自分の能力の可能性に、改めて期待感が高まる。


 修行の合間に、二人は村の様子を見て回った。人々がとても穏やかに自給自足で過ごしている姿に、心地よさを感じる。小さな畑で野菜を育てる老人、魔法で水を汲む子供たち、空中に浮かぶ本を読みながら歩く若者など、魔法が日常に溶け込んだ光景が広がっていた。


「ここって、本当に平和な村だね」リバンスは感慨深げに呟いた。


 ルーンは微笑んで答えた。「ええ、ミラが作り上げた理想の村よ。魔法を自然に使いこなしながら、穏やかに暮らしているわ」


 村の中心にある大きな泉の前で、ミラが村人たちと談笑している姿が目に入った。村人たちの表情は明るく、ミラを慕う様子が伝わってくる。


「ミラさん、本当に村人たちから信頼されているんだね」リバンスが感心したように言うと、ルーンは懐かしそうに目を細めた。


「ミラはね、昔から人々を大切にする人だったの。王国にいた頃も、魔法使いとしての力だけでなく、その優しさで多くの人に慕われていたわ」


 リバンスはミラの姿を見つめながら、彼女の持つ知識と力、そして人々への愛情が、この平和な村を作り上げたのだと実感した。ミラが村人たちから厚い信頼を得ていることも、肌で感じ取れた。


 ある日の夕食時、ルーンが切り出した。


「ミラ、ドミナージュについて何か情報はない?」


 ミラは一瞬考え込むような素振りを見せた後、答えた。


「彼らは私の持つ知識を狙って、時々この村に来ようとするわ。でも、写し鏡の洞窟と私で追い返している。最近はあまり来なくなったけれど」


 リバンスは思わず口を挟んだ。「そもそも、彼らの目的って何なんですか?」


「世界の支配よ」ルーンが静かに答えた。


「そんな大きな目的を掲げるくらいだから、相当大きな組織なんじゃ...」


 リバンスの言葉を遮るように、ミラが口を開いた。


「組織が今どれだけの規模を持っているのか分からないけれど、当時王国を襲ったときは10人しかいなかったわ」


「10人!?」リバンスは驚きのあまり、声が裏返った。


「そう、たった10人で王国を滅ぼしたの」ミラの言葉に、重みがあった。


 ルーンは無言で悔しそうな表情を浮かべている。


「でも...」リバンスは戸惑いながらも尋ねた。「世界の支配を、どうやって企んでいるんですか」

 ミラは真剣な眼差しでリバンスを見つめた。


「ルーンの中に眠るロストテクノロジーによる武力的支配でしょうね」


 その言葉に、部屋の空気が一瞬凍りついたかのようだった。


「ルーンの中にあるロストテクノロジーの情報を取り出す方法は分かっていないけれど、ドミナージュがもしその方法を知ってしまったら...この世界は終わりよ」


 ミラの言葉に、リバンスとルーンは息を呑んだ。


「だから二人には自分たちの身を守るためにも強くなってもらわなきゃいけないわ」


 リバンスは隣に座るルーンを見た。たまたま飛空艇で居合わせた少女が、こんなにも大きなものを背負っているとは。その重圧に圧倒されながらも、リバンスは決意を新たにした。


(この少女のために、そして病に伏す妹のために、俺は強くならなきゃいけない)


 リバンスの瞳に、強い決意の光が宿った。


5-4: 「平和な日々の終わり」


 朝日が昇り、グリーンリーフ村に新たな一日が始まった。リバンスとルーンの修行も、日を追うごとに進展を見せていた。


 庭に設置された水盤の前で、ルーンが両手を広げ、精神統一せいしんとういつを行っている。その表情には、以前には見られなかった凛々しさが宿っていた。


「さあ、ルーン。今日こそ成功させましょう」


 ミラの励ましの言葉に、ルーンは頷いて目を開けた。両手から放たれる赤と青の魔力が、水盤の上で渦を巻き始める。次第にその渦は一つとなり、水面に炎が灯った。しかし、その炎は普通の炎とは違い、まるで水のようにしなやかに揺らめいている。


「やりました!」ルーンの歓喜の声が響く。


「素晴らしいわ、ルーン」ミラも満面の笑みを浮かべる。「水のように流れる炎、見事に融合魔法の基礎を習得したわね」


 一方、庭の別の場所では、リバンスが魔導ゴーレムと対峙していた。ゴーレムの岩のような拳が迫る中、リバンスは咄嗟に地面の質感をコピーし、自身の体に纏わせた。


 拳が直撃したが、リバンスの体は微動だにしない。


「よくやったわ、リバンス」ミラが頷く。「物質の性質をコピーして身にまとう発想力、素晴らしいわ」


 リバンスは照れくさそうに頭を掻いた。「まだまだです。でも、少しずつ複写再現ふくしゃさいげんの可能性が見えてきた気がします」


 修行の後、二人は村を散策することにした。のどかな雰囲気の中、村人たちが穏やかに暮らす姿に、心が落ち着くのを感じる。


「不思議だな」リバンスが呟いた。「この村の人たちは皆、魔法を使えるんですね」


 すると、近くにいた白髪の老人が微笑みながら答えた。


「ああ、あの中央にある噴水のおかげじゃよ。ミラ様が設置してくださったんじゃ。あそこから絶えず魔力が湧き出ていてな、お陰で簡単な魔法なら誰でも使えるんじゃ」


 リバンスとルーンは感心した様子で噴水を見つめた。


「ミラさんって、本当にすごい人なんだな」リバンスの眼差しには尊敬の色が宿っていた。


 日々の修行と村での平和な時間が過ぎていく中、リバンスとルーンの力は着実に成長していった。ルーンは融合魔法の基礎を習得し、今や複雑な属性の組み合わせにも挑戦している。リバンスも、複写再現ふくしゃさいげんの対象を広げ、物質の性質から環境の状態まで、多角的にコピーできるようになっていた。


 ◇◇◇◇◇


 ある日の夕暮れ時、穏やかな空気が一変した。


 ミラが突然、身を強張らせ、遠くを見据えるような目つきをした。


「どうしたんですか、ミラ?」ルーンが不安そうに尋ねる。


「洞窟...侵入者よ」ミラの声は緊張に満ちていた。


 リバンスとルーンは驚きの表情を浮かべる。しかし、その驚きは次の瞬間、恐怖に変わった。


「まさか...これほど早く洞窟を!?」ミラの呟きに、二人は戦慄を覚える。


「急いで洞窟へ向かいましょう」ミラの声に迷いはない。


 三人は全速力で洞窟へと向かった。しかし、到着した時には既に遅かった。洞窟の入口には、黒い外套を纏った数人の人影が立っていた。


「ドミナージュ...」ルーンの声が震える。


 ミラが一歩前に出て、冷静な口調で問いかけた。「何の目的でここへ来た?」


 しかし、黒い外套の集団からは返答がない。不気味な沈黙が続く中、集団の一人が「ライトニング」と唱える。


 近くにいた村の子供の頭上に突如暗雲が出現し、雷が降り注いだ。


「危ない!!!」


 リバンスとルーンの二人は反応が追い付かず体が動かない。


 直撃してしまうかと思ったその時、子供と雷の間に大きな鏡が出現した。


 鏡の中に吸い込まれた雷は黒い外套を纏った集団の頭上に出現した鏡から放たれ、集団を襲った。


 爆発とともに土埃が舞う。呆気に取られていたルーンがミラの方を見ると、子供と集団の方へ手を伸ばしていた。


「か、鏡魔法?しかも無詠唱で!?」と驚きを隠せないルーン。


 土埃が晴れるとそこには変わらず、黒い外套を纏った集団が立っていた。


「まあ、防がれるわよね。」わかりきっていたかのようにミラは呟く。


 すると、集団の一人が前へ歩んできた。


 その人物が外套の頭巾ずきんを取ると、リバンスは息を呑んだ。


「よう、リバンス。久しぶりだな。元気にしてたか?」


 目の前に立っていたのは、かつての仲間、グレンだった。しかし、その表情には狂気じみた笑みと冷たい眼差しが宿っている。


「グレン...どうして」リバンスの声が震える。


 グレンは薄ら笑いを浮かべながら続けた。「お前を倒すためにここまで来たんだ。ドミナージュ様のおかげで、俺は強くなった。今度は俺がお前を見下ろす番だ」


 リバンスは混乱と戸惑いを隠せない。


 グレンが外套を脱ぐと、変わり果てたグレンの体が日の光に照らされて明らかになった。


 心臓がある部分に、赤黒い物体が脈打っている。


 グレンが叫ぶ。「お前をころしたくてころしたくて仕方がなかったよ。お前も、そしてその周りのものも全部壊してやるよ...!!」


「なぜお前はそこまで...」


 リバンスは動揺しながらも、お世話になった村の平和を守るべく、戦闘態勢に入る。


 ミラが冷静な口調で二人に指示を出した。「二人とも準備はいいかしら。修行の成果を見せて頂戴。」


 ルーンは覚悟を決めた様子で答えた。「ええ、ミラ。私たちの力、存分に見せてあげるわ。」


 緊張感が高まる中、グレンが挑発的な笑みを浮かべた。


「さあ、始めようか。地獄を見せてやる。」


 戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

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