第3話「再出発と新たな絆」

3-1: 「新たな街への旅立ち」


 リバンスは西の草原にしのそうげんから帰還し、すぐにギルド納品窓口へ向かった。手には、先ほど討伐したアイスバードの素材が収められた袋が握られている。ギルドの窓口の女性がリバンスに気づき、驚きの表情を浮かべた。


「あのリバンスが…また一人で素材を持ってきた!?」


 彼女の目には、信じられないという気持ちがありありと表れていた。しかし、リバンスはその視線に動じることなく、袋をカウンターに差し出す。


「こちら、アイスバードの素材です。鑑定をお願いします。」


 女性は一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔を取り戻し、頷いた。「はい、わかりました。それでは少々お待ちください。」彼女は袋を別の係員に渡し、鑑定作業が始まった。


 鑑定が終わるのを待つ間、リバンスはギルドのロビーで椅子に腰掛けていた。周囲を見渡すと、冒険者たちが集まって情報交換をしたり、次の依頼を探していたりする光景が広がっていた。彼は心の中で、この街に来た時の自分を思い出し、感傷的な気持ちになっていた。


「この街に残っても、またグレンに因縁をつけられて絡まれるだけだ。別の都市に活動拠点を移した方が良さそうだ。それに、ここではもう『無能』という評判が広まってしまっている。新しい場所でなら、これまでの自分のイメージを捨てて、ゼロから始めることができる…」


 しばらくして、鑑定士の男性が現れ、リバンスに近づいた。「アイスバードの素材の鑑定が終わりました。窓口までお越しください。」


 リバンスは立ち上がり、窓口へ向かった。鑑定士が詳細な結果を伝える。「こちらのアイスバードの素材は、保存状態も良好で、高品質と判断されました。取引価格は8ゴールドになります。」


 8ゴールド…リバンスは心の中で驚きつつも、それを顔には出さずに受け取った。前回のレッドオークの素材で得た15ゴールドもある。これで合計23ゴールド。リバンスにとっては、これまでの冒険者生活では考えられないほどの大金だ。新たなスタートを切るには、十分すぎる資金だった。


 リバンスは冒険者宿に戻り、荷物をまとめ始めた。すると、宿屋の女将おかみが声をかけてきた。「出ていくのかい?」


「すいません、少し事情がありまして、別の都市で活動することにします。今までお世話になりました。」


 女将おかみは穏やかな微笑みを浮かべた。「ボロボロになって帰ってきた日もあれば、酒場からひどく酔っぱらって帰ってきたこともあったね。グレンのやつに絡まれて嫌な思いをしながらも、妹のためにお金を稼ごうと必死に生きる姿は本当にかっこよかったよ。」


 リバンスは思わず胸が熱くなった。無能と呼ばれ続けた自分を、こんなにも見守ってくれていた人がいたのだ。


「みんながあんたを無能と呼んでも、私はそうは思わない。いつの時代も、全力で生きているやつが先頭に立って進んできた。あんたにもその素質があるはずさ。次の都市でもがんばりなさいな。」


 リバンスは涙を堪えきれず、頬を伝う涙を拭いながら「ありがとうございます。また顔出しますね!」と答え、宿を後にした。


 次の目的地は魔導都市アーカルムArcalum。交通の便も良く、妹への薬代の仕送りもしやすい位置にある。そして、何よりも魔法に精通した都市である。リバンスは自分の能力についてもっと知りたいという思いもあった。


アーカルムArcalumなら…何か新しい発見があるかもしれない。」


 リバンスは決意を胸に、冒険者宿を後にし、次の目的地へと旅立った。まずは馬車で貿易都市タレイドTareidへ、そこから飛空艇でアーカルムArcalumまで行く予定だ。所要時間は約4日。その間、彼は新たな冒険に胸を躍らせながら、旅を続けるのだった。



3-2: 「貿易都市と不思議な少女」


 リバンスは、アーカルムへの第一歩となるタレイド行きの馬車に乗り込んだ。窓際の席に腰を下ろすと、隣にはフードを深く被った少女が座っていた。


「やぁ、どこまで行くの?」リバンスは軽く声をかけてみたが、少女は一切反応を示さなかった。


(無視かぁ…まぁいいか)


 少し傷ついたものの、リバンスは気にせず窓の外に目を向けた。広大な草原が果てしなく続く景色に、彼の心は少しずつ高鳴っていく。


(タレイドまでまだ時間があるな…少し眠るか)


 そう思い、リバンスは目を閉じた。


「ガランガラン」


 到着を告げるベルの音で目を覚ますと、隣の少女は既に立ち上がり、足早に馬車を降りていった。リバンスもゆっくりと荷物をまとめ、他の乗客たちに混じって下車した。


 貿易都市タレイドは、その名に恥じない賑わいを見せていた。色とりどりの商品が並ぶ露店、各国の言葉が飛び交う市場、そして高くそびえ立つ商館群。その活気に圧倒されながら、リバンスは歩を進めた。


(アーカルム行きの飛空艇ひくうていまでまだ時間があるな…少し街を見て回るか)


 華やかな建物や賑やかな広場を巡るうち、リバンスは自分の装備に目が留まった。


(そういえば、ずっと同じ装備だったな…今まで雑用ばかりで戦う機会もなかったし、お金もなかったから買い換えられなかったんだよな)


 幸い、今のリバンスにはレッドオークの角とアイスバードの羽で稼いだゴールドがある。これを機に装備を新調しようと、彼は装備屋へと足を向けた。


 その途中、例の不思議な少女と再び遭遇した。彼女は市場の露店を物色しているようで、一瞬リバンスと目が合った。しかし、少女はすぐに目をそらし、何事もなかったかのように歩き去っていった。リバンスも特に声をかけることはせず、装備屋への道を続けた。


「いらっしゃい!」装備屋のおじさんが、明るい声で迎えてくれた。


「新しい装備を探してるんだ。何かいいのはあるかな?」


 リバンスは店主と会話を楽しみながら、丁寧に装備を吟味していった。結果、彼は新しい剣と軽量のよろいを手に入れた。


(よし、これで少しは戦えそうだ)


 満足げに新装備を身につけたリバンスは、店を出て歩き出した。



3-3: 「空への旅立ち」


 リバンスは、タレイドの飛空艇ひくうてい乗り場に到着した。魔法都市アーカルム行きのチケットを購入し、出航しゅっこう窓口へと向かう。


 貿易ぼうえき要所ようしょであるこの乗り場は、想像以上に広大こうだいだった。数多くの飛空艇ひくうてい発着はっちゃくし、人々が行き交う様子に圧倒あっとうされる。


(すごい…こんなに広いとは)


 案内表示を頼りに、なんとか目的の窓口にたどり着いた。


 周囲を見渡すと、魔法杖や魔導書まどうしょを持った人々が目につく。今まで自分とは縁遠えんとおかった魔法の世界が、徐々に近づいてくるのを感じ、リバンスの胸は高鳴った。


(魔法都市アーカルム…そこなら、この突然目覚めざめた能力について何か分かるかもしれない。それに、なぜ俺が生まれつきうまれつき魔法が使えないのか…才能の問題なのか、それとも別の理由があるのか…そのなぞも解けるかもしれない)


 そんな期待と不安が入り混いりまじる中、ふと目に入ったのは例の不思議な少女だった。ソファに腰掛こしかけ、脇には小柄な彼女と同じくらいの長さの魔法杖が置かれている。


「魔法使いだったのか」とリバンスはつぶやいた。


(話しかけづらいよなぁ…でも、なんか気になるんだよな)


 そんなことを考えているうちに、搭乗とうじょうのアナウンスが流れた。


(まぁ、行き先が同じならまた会えるかもしれない)


 リバンスは新たな冒険への期待を胸に、飛空艇ひくうていに乗り込んだ。


 艇内は予想以上に広く、くつろげるスペースだけでなく、酒場さかば大浴場だいよくじょう、道具屋や書店まであった。


(3日の旅路たびじ退屈たいくつしなさそうだな)


 客室きゃくしつに荷物を置いた後、リバンスは艇内を見て回ることにした。まずは回復薬かいふくやく魔導まどうインベントリを調達するため、道具屋へ向かう。


 店内の魔導まどうインベントリコーナーに立ち寄ると、店主が親切に説明してくれた。


魔導まどうインベントリは見た目は小さな鞄なんですが、中身が魔法で拡張かくちょうされていて、おどろくほどたくさんのものが入るんですよ。容量ようりょうや機能で値段が変わってきます」


 様々な容量とデザインの商品が並んでおり、中には100ゴールドもする高級品こうきゅうひんもある。


(うーん、装備更新したばかりだし、妹への仕送しおりも考えると…)


 リバンスは5ゴールドの中級魔導まどうインベントリを手に取った。


(これなら十分だろう。一人で旅するには余裕よゆうの容量だ)


 リバンスは魔導まどうインベントリを購入し、さらに回復薬かいふくやくを数本手に入れた。これで万が一の時のそなえも整った。


 道具屋を後にしたリバンスは、飛空艇ひくうてい内を散策さんさくすることにした。広々とした通路を歩いていると、大きな窓から外の景色が見える場所に出た。雲海うんかいの上を進む飛空艇ひくうていからのながめは壮観そうかんで、リバンスは思わず足を止めてしまった。


(すごい...こんな景色、生まれて初めて見たよ)


 しばらく景色に見惚みとれた後、リバンスは艇内の図書室としょしつに向かった。入口を入ると、そこで例の不思議な少女と鉢合はちあわせた。


「あ、やあ」リバンスは軽く声をかけた。


 少女は無表情むひょうじょうのまま、小さくうなずいただけだった。


「えっと...君も本を探してるの?」リバンスは会話を続けようと試みた。


「ええ」少女は素っ気そっけなく答え、すぐに本棚の方へ向かってしまった。


(相変わらず話しかけづらいな...)


 リバンスは少し気落きおちしたが、自分も本を探し始めた。魔法に関する本を探してみたが、難解なんかい専門書せんもんしょばかりで、自分の能力や魔法が使えない理由についての手掛てがかりは見つからなかった。


(やっぱり、アーカルムに着いてから専門家せんもんか相談そうだんしたほうがいいかもしれないな)


 夜になり、リバンスは自分の客室に戻った。ベッドに横たわよこたわりながら、今日の出来事を振り返ふりかえる。


(明日は酒場でものぞいてみようかな。他の乗客から面白い話が聞けるかもしれない)


 そんなことを考えているうちに、リバンスは徐々にねむりに落ちていった。




 深夜、突然のれと警報音けいほうおんでリバンスは目を覚ました。


「なっ...何だ!?」


 あわてて起き上がると、廊下からあわただしい足音とさけび声が聞こえてくる。リバンスが部屋を飛び出すと、パニックぱにっくに陥った乗客たちが走り回っている様子が目に入った。


「どうしたんですか!?」


 リバンスは近くを走り過ぎようとした乗務員じょうむいんつかまえて尋ねた。


 乗務員はあおざめた顔で答えた。


「空賊だ!空賊に襲われている!」


 その言葉を聞いた瞬間、リバンスの背筋せすじに冷たいものが走った。


(まさか...こんなところで空賊に!?)


 リバンスは咄嗟とっさに自室に戻り、新しく購入した剣を手に取った。再び廊下に出ると、乗客たちの悲鳴ひめいと金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。


(俺に何ができるんだ...でも、このままじっとしてるわけにはいかないよな)


 決意けついかためたリバンスは、音のする方へと走り出した。廊下を抜けると、飛空艇ひくうてい展望てんぼうデッキに出た。そこで目にしたのは、混乱こんらん恐怖きょうふに満ちた光景だった。


 広々とした展望デッキには、大きなガラス窓から夜空と雲海が見える。その美しい景色とは対照的たいしょうてきに、空賊たちが乗客をおびやかしている。そして、その中心で例の不思議な少女が一人、魔法杖を構えて毅然きぜんと立っていた。


「これ以上、乗客に手を出すな」少女の声は冷たく、りんとしていた。


 リバンスは思わず足を止めた。(あの子、一人であんな連中と戦うつもりか!?)


 その瞬間、空賊の一人が少女に向かってりかかった。少女は素早く「アイスウォール氷の壁」ととなえ、空賊の攻撃を氷の壁で防いだ。


(すごい反応速度はんのうそくどだ...!)


 リバンスは驚きながらも、このまま見ているわけにはいかないと感じた。彼は深呼吸しんこきゅうをし、「複写再現コピー&ペースト」の能力を発動はつどうさせる。


(よし、あのアイスウォール氷の壁をコピーして...)


 リバンスは少女の魔法をコピーし、状況を素早く把握はあくした。そして、少女の後ろからしのび寄ろうとしていた空賊に気づいた。


(今だ!)


 リバンスは複写再現コピー&ペーストを使い、空賊の足元に突如アイスウォール氷の壁をペーストした。予期よきせぬ氷の出現に空賊は驚愕きょうがくし、まるでカタパルトで打ち上げられたかのように空中高くはじき飛ばされた。悲鳴ひめいを上げながら、空賊は展望デッキの手摺てすりを越え、夜の闇の中へと消えていった。


「乗客を守るぞ!」リバンスは力強く叫んだ。


 少女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにリバンスの声に反応し、小さくうなずいた。


 混沌こんとんとした展望デッキの上で、リバンスと少女の目が合った。言葉を交わさずとも、二人の心には同じ覚悟かくご芽生めばえていた。



3-4: 「雲上の二重奏」


 展望デッキに響く悲鳴ひめいと金属のぶつかり合う音。リバンスは息を切らしながら、周囲を素早く見渡した。空賊たちの数は15人から20人。彼と不思議な少女の二人では、明らかに多すぎる。


「くそっ...」リバンスは歯をいしばった。「ほかの場所の状況も気になるな。早めにここを制圧しないと」


 不思議な少女と背中合わせになり、リバンスは剣を構えた。向かってくる空賊たちの目は獲物えものを狙う野獣のように輝いている。


 少女の声が冷たく響く。「ファイアボール炎弾!」


 炎の玉が空中を舞い、空賊に直撃する。悲鳴と共に一人が倒れる。次の瞬間、「アイスランス氷槍!」と少女が叫び、鋭い氷の槍が別の空賊を貫く。


(すごい...様々な属性の魔法を使えるのか)


 リバンスは驚きを隠せない。通常、魔法使いは得意な属性の魔法をメインに使い、それ以外の属性の魔法は威力が落ちる。しかし、この少女はどの属性の魔法も高い威力で放っているのだ。


複写再現コピー&ペースト!」リバンスは少女の魔法をコピーし、ファイアボールを放った。炎が空賊を包み、悲鳴と共に倒れる。


「くそっ!魔法使いが二人だと!?」空賊の一人が叫ぶ。


 リバンスは素早く動き、剣で一人の空賊を倒す。その瞬間、背後から風の魔法が飛んできた。


ウィンドカッター風刃!」


 風の刃がリバンスの後ろの空賊を切り裂く。振り返ると、少女が小さくうなずいた。


 二人は息を合わせるように戦い続けた。リバンスは少女の魔法をコピーしては放ち、時に剣を振るう。少女は次々と異なる属性の魔法を繰り出し、空賊たちを翻弄ほんろうする。


サンダーボルト雷撃!」


ストーンウォール石壁!」


ウォータージェット水流!」


 魔法の嵐が展望デッキを覆い、空賊たちは次々と倒れていく。


 突然、周囲から歓声が上がった。魔法が使える乗客たちが、リバンスと少女の健闘けんとうに感化され、戦いに加わり始めたのだ。


「私たちも手伝います!」

「この船は渡さないぞ!」


 乗客たちの魔法が飛び交い、状況は徐々に乗客側の優勢に傾いていく。


(やった!このままいけば...)


 リバンスが勝利を確信しかけたその時、突如として重圧じゅうあつが全身を包み込んだ。


重力圧縮グラビティプレス


 冷たく響く声と共に、その場にいた全員――空賊を含めて――が一斉に膝をつく。


「おめぇら、こんなガキどもにいいようにやられてんじゃねぇぞ」


 低くうなるような声が響き渡る。詠唱えいしょうが聞こえた方向から、一人の男が姿を現した。その威圧的いあつてきな雰囲気から、空賊のボスであることは明らかだった。


「さっさと目的を果たして金品を奪え。そしたらこの船を落とす」


 ボスの冷酷な命令に、リバンスは歯を食いしばった。


(こんなところで...終わるわけにはいかない!)


 ボスと思われる男性は近くにいた膝をついた空賊の首をつかみ持ち上げた。その手に力が込められ、空賊の顔が苦痛でゆがむ。


「おめぇらはいつも俺をイライラさせやがる。結局は俺が手を下さなきゃなにもできねぇクソどもなんだなぁ」


 首をつかまれ持ち上げられた空賊が震える声で叫んだ。「お、お許しください...!バルザック様!」


 バルザックは冷酷な笑みを浮かべ、「プレス圧縮」と唱えた。空気が凝縮されるような音とともに、空賊の頭が何かに押しつぶされたように弾け、血飛沫ちしぶきが周囲に飛び散った。


 リバンスは目を背けたくなるような光景に、胸が締め付けられる思いだった。


「おめぇらこうなりたくなかったらしっかりと働けよ」


 バルザックの言葉とともに、乗客への蹂躙じゅうりんが始まった。次々と乗客たちが重力魔法で押しつぶされ、悲鳴が展望デッキに響き渡る。骨の砕ける音、内臓が潰れる音、そして絶望的な叫び声。その光景は、まさに地獄絵図じごくえずだった。


 リバンスは焦りを感じていた。「このままでは殺される...」


 その時、後ろから重力に逆らい、なんとか立ち上がった少女の声が聞こえた。「アンチグラビティ反重力!」


 突如、リバンスと少女にかかっていた重力が消えた。体が軽くなる感覚に、リバンスは希望を見出した。


「あいつの重力魔法が強すぎて私の近くしか解除できなかったわ...」少女は息を切らしながら言った。


「それだけでも十分だ、これで体は動かせる。なんとかあいつを倒さないと」リバンスが返事をすると、乗客の相手をしていたバルザックがこちらに気づいた。


「ん?おまえよくおれの重力魔法を相殺したな」バルザックは少女を見つめ、「あー?その顔...おめえが目的のガキだったのか」


 リバンスは驚きを隠せなかった。「あいつの目的がこの少女だって?」


 バルザックは続けた。「んだよあいつら。国から逃げた王女だっていうからてっきり弱々しいやつだと思ったのに、そこそこめんどくさそうな依頼押し付けやがって」


 そう言いながら、バルザックはこちらへ手を伸ばし重力魔法を唱えようとした。


「くるわ!!私があいつの魔法を相殺するからその隙に近づいて!」少女が叫ぶのとほぼ同時に、バルザックが重力魔法を放った。


 空気が重くなり、呼吸すら困難になる。少女の反重力魔法とバルザックの重力魔法がぶつかり合い、展望デッキ全体が歪むような錯覚を覚える。


 リバンスは剣を構え、バルザックに向かって突進した。しかし、バルザックの周囲には目に見えない重力の壁があり、近づくことすら困難だ。


「なめんじゃねえぞ、ガキ」バルザックは片手でリバンスの攻撃を払いのけ、もう片方の手で重力魔法を放つ。


 リバンスは床に叩きつけられ、肺から空気が抜ける。「くっ...」


「もうだめ...」少女の声がふるえる。


 バルザックの重力魔法が少女を押しつぶそうとする。少女の体が床に押し付けられ、骨がきしむような音が聞こえる。彼女の顔は苦痛くつうで歪み、呼吸こきゅうも困難になっていく。


「ふん、所詮はこの程度か」バルザックが冷笑れいしょうを浮かべる。「お前らごときが俺に勝てると思ったのか?笑わせるな」


 彼の手が少女のくびに伸び、ゆっくりとめ付けていく。少女の目が恐怖で見開みひらかれ、酸素さんそを求めて必死にもがく。


「依頼に生死せいしは問われてなかったからなぁ。顔はわかるように残さねぇと」


 リバンスは必死に動こうとするが、重力の圧力あつりょくで指一本動かすこともできない。彼の視界しかいには、苦しむ少女の姿だけがき付いている。


(くそっ...動けない...!このままじゃ、あの子が...!)


 少女ののどからしぼり出されるような悲鳴ひめいが聞こえる。


 その瞬間、リバンスの中で何かがはじけた。


「あああああああ!!」


 突如、リバンスの体があわい光に包まれる。バルザックが驚いて振り返る。


「なっ...!?」


複写再現コピー&ペースト!」リバンスは渾身こんしんの力を込めて叫んだ。バルザックの重力魔法がコピーされ、一気に5回ペーストされる。


「バカな!!おめぇがなんで俺の魔法を...!?」


 バルザックの驚愕きょうがくの叫びとともに、彼自身が自らの魔法の餌食えじきとなる。5倍の威力いりょくを持つ重力魔法により、バルザックの体が床に押しつぶされていく。


「くそが!!くそがああああああああ!!!!」と叫びながら、バルザックは床をき破り、下へ落下していった。


 リバンスはひざをつき、激しい頭痛ずつう疲労ひろうに襲われながらも、少女にけ寄る。


「大丈夫か!?」


 少女はき込みながらも、かすかに頷いた。しかし、彼らの安堵あんどもつかの間のものだった。


 突然大きなれとともに飛空艇ひくうていが落下を始めた。


 バルザックとの戦いにより飛空艇の機関部きかんぶ損傷そんしょうし、どんどん落下速度が速くなる。


「こ、この揺れは...!」リバンスは動揺どうようを隠せない。


「飛空艇が...落ちる!」少女の声には恐怖がにじんでいた。


 満身創痍まんしんそういの体でボロボロのリバンスと少女は、この状況をなんとかしようともがく。窓の外では地上が急速に近づいてきている。


「どうしよう...このままじゃ」とあせる少女に、意識が朦朧もうろうとしながらもリバンスが言った。「俺と同時に反重力魔法を発動しよう」


 リバンスは少女の反重力魔法をコピーし、少女とともに唱えた。


アンチグラビティ反重力!!」


 少女に加えリバンスが5度ペーストしたことにより計6倍となった反重力魔法により、落下速度は急激に落ち始めた。しかし、飛空艇の重量じゅうりょうは想像以上だ。


「もう...少し...!」リバンスは歯を食いしばり、全身全霊の力を込めて魔法を維持する。


 少女も必死に魔力まりょくを注ぎ込む。「お願い...間に合って...!」


 飛空艇の周りに青白あおじろい光が渦巻うずまき、落下速度がさらに緩やかになっていく。そして、ついに...


 ドン!というにぶい音とともに、飛空艇は地面に着地した。衝撃しょうげきで体が宙に浮くが、大きな損傷はない。


「や...やった...」リバンスは安堵の声を漏らす。


 しかし、その安堵もつかの間、極度きょくどの疲労と魔力の消耗しょうもうにより、リバンスの意識が急速に遠のいていく。


「大丈夫?!しっかりして!」


 少女の心配そうな声が遠くなっていき、リバンスは完全に意識を失った。極限まで追い込まれた体と精神が、ようやく安堵の中で休息きゅうそくを求めて深いねむりに落ちていった。

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