第12話 ゴール
グランドに入る手前数百メートルの最後の直線。軽い上りだったけど、そんなことは気にならなくなっていた。多佳子さんも快調に脚を運んでいる。コースの両脇には、友人やチーム仲間に応援をするために、大勢の人が並んでいた。
「裸足?」と誰かが言った。
「裸足がんばれー」と誰かが叫んだ。それから何人もの人から声がかかった。
僕は照れくさくなり、下を向きながら、それでも声援には親指を立てて応えるようにした。道路からグランドに続く道に入った。「裸足がんばって」と次々に声が上がった。僕は顔を上げて正面を見据えた。多佳子さんと並んでグランドに向かった。多佳子さんは今、なにを思っているのか僕には分からない。でも、僕には多佳子さんと一緒にやりたいことがある。
グランドに入り、大勢のランナーと共にゴールに向かった。ゴール手前一メートル、僕は多佳子さんの右手を握り万歳をした。多佳子さんも万歳をした。二時間二十八分、僕たちは両腕を上げながら同時にゴールした。僕は裸足で、多佳子さんはワラーチで。二人で振り返り、コースに向かって礼をした。
「多佳子さん、やりたいことがあるんですけど」
「スコット・ジュレク」とまるで魔法の言葉でも囁くように多佳子さんは言った。
スコット・ジュレクというのは米国の伝説のトレイルランナーで、数々のウルトラトレイル大会で優勝し、メキシコの山岳民族とも走力を競った人だ。彼はゴールに入るとその場所にとどまり、後続のランナーにいつまでも祝福を送り続けた。僕はその真似事をしてみたかった。一人ではそんなことできないけど、多佳子さんと一緒ならできると思った。
制限時間まであと十分、僕と多佳子さんはゴールの横に立ち、ヘロヘロになりながら入ってくる後続のランナーに拍手を送った。語り合う必要のない仲間たちに向かって二人でエールを送り続けた。一人、また一人と無名のランナーがゴールした。
二時間三十七分、最後のランナーがグランドに姿を見せた。小太りの中年女性がよろよろしながらゴールに向かっている。僕たちは彼女に向かって走り出した。足裏のみも、関節や筋肉の硬さもなにも感じない。彼女の近くまで来ると、僕と多佳子さんは最後の力を振り絞って声援を送った。「もう少し」「頑張って」と必死で繰り返した。
二時間三十九分、その女性が無事、制限時間内でゴールし、今年の大会が幕を閉じた。
それから僕たちは記録証を受け取った。背景にお城のイラストがある素敵な記録証だった。
「ごめんね、記録、悪くしちゃって」
「いいんですよ。記録なんて気にしてませんから。楽しく走れればそれでいいです。今日は最高に楽しかです」
「うん、楽しかったね」
「シューズ、取りに行かないとですね」声に残念な気持ちと寂しい気持ちが混ざっていたと思う。
「あっ、そうだった。すっかり忘れてた。ワラーチのまま帰っちゃうとこだった」と言って多佳子さんは笑った。
僕たちは多佳子さんのシューズに会いにスタート地点に向かった。スタート地点はすっかり片付けられていた。三時間前にここに数千人のランナーが立っていたことが嘘のようだ。裸足の僕とワラーチの多佳子さんだけが今ここにいる。
植木の下にちょこんと置かれたミズノのシューズが、僕たちに向かって微笑みかけているようだった。
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