第13話
*
夏休みも終わり、競技かるた部では八重園を含む三年生の引退のささやかな送別会をすることになった。
夏休みの間に行われた競技かるたの試合では、団体戦では全国三位、そして八重園先輩はA級優勝を成し遂げた。この快挙に、競技かるた部は相当の盛り上がりを見せていた。丸美の応援がここで形を結んだともいえる。
部室にジュースとお菓子を用意して、顧問の先生も加え、三年の先輩のために一人一人が労いの言葉をかけていった。その中でも活躍の目立つのが高校一年生の
「俺、三年になる前にどこかの試合で優勝して、絶対にA級になります! そして三年生の先輩たち――特に、慎二くんの代わりになれるように頑張ります!」
両全の兄である修哉の昇級宣言に、おーっと場が湧いた。
「期待してるでえ。これからの越士の競技かるた部は、両全兄弟二人の実力にかかってるんやからな」
顧問の先生が修哉と蓮也の頭をぽんと叩き、両全兄弟二人を激励した。この二人は現在B級であり、部の中では実力がトップの存在だ。
「三年を代表して、八重園からもなんか言ってやれ」
「は、はい」
持っていたコップを机に置いて、八重園先輩は立ち上がった。競技かるた部十人と先生一人の視線が八重園先輩の顔に注がれて、物凄く緊張しているのが伝わってきた。まるでアルコールの入ったジュースを飲んでいたかのように、八重園先輩の顔は真っ赤だ。
「えっと、今日はわざわざ送別会なんてしてもらってありがとうございました。引退するっつっても足羽会の練習には行くつもりですし、なんかあったらこっちにも顔を出すんでえ、いつでも呼んでください」
「呼ぶっつったって、慎二くん、ツイッターもしてえんし、LINEもメールも読むだけで返信来んし、どうやって連絡すればええんや」
蓮也のツッコミに「確かにほうやな」と皆が爆笑した。八重園先輩の顔からたっぷりと冷汗が出ていた。
「ご、ごめんの。これからはなるだけちゃんと返信するように気を付けるわ。――えっと、それでは思ってること、言わせてもらいます。今年は俺の実力が足りんかったせいで、団体戦の最後が全然上手くいきませんでした。優勝まで手が届くところやったのに、部長らしいことがまるで出来んくて、みんなには悪かったって反省してます。一年生、二年生のみなさん、来年こそは絶対に全国優勝頼むでの。みんな強いんやから大丈夫や、期待しとるで。それから先生も、みんなのことよろしく頼んます。越士かるた部、自分にとってすごく楽しかったし色々と勉強にもなりました。いいチームを作るのって大変やったけど、それでもやってよかった。いいチームやった。三年間、今まで本当にありがとうございました」
言い終わると、八重園先輩は姿勢を正して礼をした。一言、一言、しっかりと噛みしめるような八重園先輩の言葉に部のみんなが頷き、心からの拍手を送った。
と同時に、丸美の心に言いようもないほどの寂しさが込み上げてきた。学校ではまだ会えるけど、部活ではもうお別れ……胸にぐうっと詰まるようなものを抑えきれずに、その抑えきれないものを目から次々と溢れだしてしまった。
「丸美、大丈夫……?」
笑美が肩を撫でて声を掛けてくれた。丸美は軽く頷いて、腕で顔を擦った。擦りあとのせいで顔が余計に赤く染まった。
「八重園先輩、すみません、少しだけお時間いいですか?」
丸美は椅子から立ち上がって八重園先輩の顔を真っ直ぐに見つめた。息を大きく吸って、吐き出す。背筋を伸ばし、肩幅に足を広げ、手を後ろに組み、瞳にカッと炎をたぎらした。気合の炎に炙られ萎縮してしまったかのように、八重園先輩の動きがピタリと止まった。ただごとではない雰囲気を察して、部員たちは何も言わずに静かに見守った。
「全国大会では、私も応援が足りなくて後悔しています。その代わりと言ってはなんですが、今から八重園先輩にエールを切りたいと思います。オッス!」
丸美ははち切れんばかりの空気を肺に取り込んで、海老ぞりになり、今までのすべての思いをぶちまけるように声に表した。
「今からぁ――、八重園先輩の門出を祈ってぇ――、エールを送る――!
フレ――――! フレ――――!
や・え・ぞ・の!
フレッl フレッ! 八重園!
フレッl フレッ! 八重園!
フレ――――――――!」
丸美は一息ついて、前に横にぶんぶんと振っていた腕を下ろし、もう一度背中で腕を組んだ。
「八重園先輩、私、来年も必ず全国大会に行きます! 優勝を目指します! 越士高校競技かるた部、万歳! 万歳! だから先輩も絶対に名人になってください、応援してます!」
ありったけの声を出し切って、丸美は肩で大きく何度も息をした。瀬宮丸美、一世一代、全身全霊を振り絞った魂の叫びだった。
――できた、やり切った、全てを吐き出した。目の奥がジンと熱くなった。でも今は絶対泣かない。
体中から光線がほとばしるような激励に刺激され、八重園先輩の瞳にも炎の輝きが灯った。凛とした目つきで丸美を見つめる。彼の闘志が内側から現れてきた。炎の尾が噴き出すような熱いオーラが、彼の全身からゆらりと立ち昇っているかのようだった。
「……ありがとな、瀬宮さん。いい応援やった。今の応援が俺の力になった。せっかくの応援を無駄にせんよう、絶対に名人になるって約束する。競技かるた部のことも頼んだで。お互いに頑張ろう」
ギラリと光を放つふた筋の視線が、ようやくここで一つに重なり合った。心臓がドクンと大きく脈打つ。得も言われぬ恍惚感が丸美の全身を襲い、足元から細かな震えが這いあがってきた。自分の熱意が相手に届くのって、こんなに気持ちのいいものなのか。歓喜の武者震いを、どうしても抑えることができなかった。
笑美も、先生も、他のみんなも耳から手を離し、力いっぱいの拍手をしてくれた。
八重園先輩に出会えて本当によかった。先輩を応援してて、本当によかった。
人生で最高に幸せな、最高の別れのエールだった。
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