第12話

「へえ、すごいじゃん。それだったら、応援がちゃんと形になってるよ。瀬宮さんの応援が大したことなかったなんて、全然思わなくてもいいよ」

「……うーん、そうかな、そうですかね……」


 丸美は地面に描いたザウザウルスを見つめた。泣いている顔が少し可哀そうになってきて、への字の口を指で消して笑顔の表情に変えようとした。でも上手く消えなくて、口の見えない真っ白な顔になってしまった。


「まあ、告白の結果については俺には答えようがないけどね」

 篠原は立ち上がって制服についた埃を払った。ふと何かを思いついたように、丸美の方を向いた。


「そういえば、その描いてるザウザウルスで思い出した。うちの親父があの焼きドーナツをかなり気に入ってたよ」

「え、そうなんですか? お父さんも食べてくれたんですか?」

「うん、美味しかったって」


 ふっと頬をゆるめた篠原の顔を、丸美の瞳がとらえた。

「焼きドーナツのことで面白い企画を思いついたから、一度君の店の人と話をしたいって言ってた。今度君の店に連絡してもいいかな」


 はあ、と丸美は首をすくめるようにして了承した。それを見て篠原は満足げに笑みをのぞかせた。スイーツのことになると途端に篠原の表情が優しくなることに、改めて丸美は気づかされた。本当に、好きなことに全力で取り組んでる人なんだと感心した。このひたむきな無邪気さが、ふと身近な誰かを連想させた。


 人付き合いの下手な八重園先輩だ。本当にそっくりである。

「篠原先輩って」と、丸美は問いかけた。「誰か応援したい人っていないんですか?」

 丸美の質問に篠原は首を捻って、当たり前のように答えた。

「応援ならいつも自分にしてる」

「いやそうやなくて、それはまあ、見てたら分かるんですけど――頑張ってほしいっていうか、この人なら応援してもいいなっていう、特別な人っていないんですか」


 篠原は腕を組んで、首をぐりぐりと動かしながら考え込んだ。

「応援したい人? さあね……いつも勉強と仕事でいっぱいいっぱいだから考えたことない」

「勿体ないなあ。先輩の応援だって、きっと欲しい人たくさんいますよ。ちょっとくらい、周りを意識してあげてもいいのに。言い方をもうちょっと何とかしてほしいかな、とは思いますけどね」


 丸美も立ちあがって埃を払った。篠原に向き合い、姿勢を伸ばし、ゆっくりと頭を下げた。

「今日はありがとうございました。そしてお仕事の邪魔してすみませんでした。お陰で気持ちの整理がつきました」

「ああそう、それはよかった。じゃあ俺は仕事戻るし」


 ようやく事が終わったと、篠原は心底ほっとした。やれやれもう帰ろうと職場の方へ足を向けたが、丸美の顔はまだ地面に向けられていた。行こうか待とうか、丸美が動かないので咄嗟に判断しかねた。しばらくしてようやく頭を上げた丸美の顔には、何かを吹っ切ったような爽やかな笑みが零れていた。


「私の応援する人は八重園先輩一人やけど、今日一日だけは篠原先輩も応援しますね。お仕事、頑張ってください!」


 腹の底からのエールを送り、丸美はさよなら、と手を振って自転車の方へ走っていった。疾風のごとく去っていった丸美を気の抜けたように見送って、それから篠原は丸美の最後の言葉にはたと気が付いた。


「好きな人って八重園のことだったのか……それは確かに上手くいかんはずだ」

 丸美に迫られる八重園を想像した。彼はクラスの友人である。彼があまりにも気の毒で、篠原はその友人に無言のエールを送っておいた。

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