第11話
*
約五分後、竹田川の堤防に向かうと、丸美がうずくまって地面を睨み、口をへの字にして手を動かしていた。見ると、同じように口をへの字にして泣いているザウザウルスが、白い小石で堤防に痛々しく刻みこまれていた。
日差しを避けるように帽子を目深に被る。よくもまあこんな暑い時に自転車で来たもんだと、ありあまる程の丸美のパワーに、呆れるのを通り越して感心してしまった。
「朝からいったいどうしたの。仕事の邪魔になるから、本当こういうの困るんだけど」
「あ、先輩。ほんとにすみません。私、どうしても先輩に相談したくて」
丸美は涙か汗か洟か見分けがつかないものをごしごしとこすった。
「一昨日なんですけど、先輩の言う通り、私、好きな人に応援しました。ほしたら――」丸美は一旦ぎゅっと口を閉じて、もう一度口を開いた。「言い間違えて、うっかり告白しちゃいました」
丸美の言葉が上手く飲み込めず、聞き間違えかと思い、篠原はもう一度質問しなおした。
「告白? 告白って、もしかしてだけど好きって言うあの告白のこと?」
「はい、付き合ってくださいって言っちゃいました」
「……なんでそうなるの。俺、応援をしろとだけ言ったよね。どこをどうしたらそういう流れに辿り着くのか、さっぱり飲み込めん」
「口が滑ったんですよ!」丸美はとっさに言い返した。「言うつもりなんてなかったんです。なんというか、その場の雰囲気でそうなっちゃったっていうか」
「口が滑って、告白したと」
「はい」
「先輩が好きです、応援しています、だから付き合ってくださいって、そういうことかな」
「はい、そうです。その通りです。やっちゃいました」
「その割には嬉しそうじゃん。やっちゃって良かったんだろ」
「そんなこと、ありません!」
「それで、どうなったの」と、川の流れをぼんやりと目で追いながら、興味なさげに篠原は聞き返した。
「速攻で振られました」
丸美は持っていた石ころを、ぽちゃんと川に投げ込んだ。川の水面の光の反射で、石ころはすぐに見えなくなった。篠原は丸美との会話に脱力してしまい、へえーという相槌や、ああそう、という言葉さえも出すことができなかった。何も言わない篠原を気にせずに丸美は話し続けた。
「応援したら喜んでくれるかなあって思ってたのに、応援した途端、振られちゃうなんて、もう自分に自信が持てないていうか。私の応援って所詮は大したことなかったんですかね。いったい、何のための応援やったんですかね。あれ、待って。応援に成功していれば、告白が成功したのかな……ほうかな、失敗かあ……告白なんてするつもり、なかったのに……どこがどう間違って、こうなっちゃったんやろう……」
丸美のぼやき声は不明瞭で限りなく弱々しい声になってくる。涙の止まらない丸美の真っ赤な目を一瞥して、篠原はため息とも返事ともつかぬような空気を肺の底から吐き出した。身体の中にあった空気がすべて抜けきって、そのまま小さく萎んでしまうように丸美の隣にしゃがみ込んだ。項垂れて、手に力が入らなくて、それでもなんとかして会話を続けようと両手を握り腹に力を込めた。
「つまり、元々はその人と付き合いたかったから応援してたってわけ?」
「え? そんなつもりやないですけど」
「だってそういう風にしか聞こえないよ。自分の応援に成果がなかったから意味なかったって。応援って、いったい誰のためのものなの。自分の欲求を満足させるためにするものなの? 自分の欲求を押し付けて、もし望んでいたような結果にならなかったり、自分が報われなかったりしたら文句ばっかり言って。勝手だよね、そういうの。希望が叶わなかったら、その人の活躍なんかもうどうでもいいって思ってるわけ?」
「……私、振られちゃっているんですよ。こういうときって、普通は慰めてもらえるんじゃないんですか。心がポッキリと折れているのにキツイこと言わんといてください」
「ああごめん。ならもう、そいつのことは降られて嫌なんだろ。応援なんかすんなよ」
「ほんなことないです。頑張ってほしいっていうのは変わらないですよ。大事な先輩なんだし」
「じゃあもう分かってるじゃん。振られたとか、振られてないとか、そんな結果と応援は関係ないでしょ。頑張ってほしいっていう純粋な自分の祈りが相手に届いたか、自分の力が相手の力にもなってくれたか、それが一番大事じゃない? 相手に見返りを求めてはいけないよ」
「……そうですね。はい」
「それで試合の結果はどうだったの」
「試合はまだです。でもきっと、優勝します」
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