第9話

 篠原は少しだけ首を傾げ、しばらくの間、丸美の言葉をゆっくりと咀嚼するように瞬きをした。


「その言葉の意味するものがよく分からないんだけど、応援って、いったい何を応援するつもりなの? スポーツか、趣味か、それとも勉強とか?」

「うーん……全国大会の試合、かなあ……」


「なら試合で優勝するように、本人が一番喜ぶことをすればいいんじゃないの。強くなってほしいんだったら、そのサポートをすればいい。一位になってほしいんだったら、一位になるために自分に何ができるのかを考えればいい。掛け声だけだって立派な応援だし、それで十分だよ」

「自分に何ができるか……」


「うん、応援してもらって嬉しくないヤツなんていないよ」篠原は、つい、と何もない廊下の壁へ目を逸らした。「瀬宮さんなら応援してもらいたいヤツ、いっぱいいるんじゃないの。もっと自分に自信持ったら?」


 自分に自信を――。この一言が丸美の心に深く沁み込んでいった。沁み込んだ部分が次第に熱を帯び、何かが湧き出してくるのを感じた。興奮で身体がぶるりと震える。新しく湧き出す熱量の喜びが爆発するかのように、思いっきり腹の底から声を張り上げた。


「分かりました! 頑張ってみます! 先輩、どうもありがとうございましたあ!」

「大したこと言ってないけど、こんなんで満足してくれたんならよかった。じゃあ頑張って」


 篠原は耳を塞ぎながら、四十五度の角度で律儀にお辞儀をする丸美に向かい、簡潔にエールを送った。



 丸美は考えた。特別な人というのは、競技かるた部の部長である三年の八重園先輩である。


 以前から、彼のことがどうしても頭から離れなかった。八重園先輩は、見ている方が心配になるほどの人付き合いの下手な人だった。人との交流、人と接する楽しさ、そして人と交流する喜びを、どうしても彼に伝えてあげたい。彼を励まし応援することこそが、天から与えられた自分の使命だと思っていた。


 八重園先輩にとって一番嬉しいもの。八重園先輩が強くなれるもの。チームが優勝するために自分ができること。


 そうか、と答えはすぐに出た。自分が試合で頑張ればいいんだ!


「八重園先輩、全国大会で優勝できるように私もチームの一員として頑張ります。だから、先輩もA級優勝目指して頑張ってください。応援しています」


 これが丸美の考えた先輩への最上級のエールだった。


 翌日の放課後の練習の際、丸美は八重園先輩に言った。

「八重園先輩、私がかるたを頑張りますから――」

 そのまま勢いに任せてうっかり口が滑ってしまった。

「私と付き合ってください!」


 そして、ものの見事に玉砕した。

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