第8話


「先日は、ほんとにすみませんでした!」

 渡り廊下で急に頭を下げる丸美に、篠原は困惑した。

「先日っていうのは、いつの先日のこと?」

「もちろんミスコンの日のことで……ついカッとなっちゃって、言い過ぎちゃって、ほんとにすみません!」


 丸美は再び深々と頭を下げた。廊下に響き渡るほどの大声に、近くを通りかかる生徒たちが何事かと振り向いた。さすがにこれは目立ちすぎる。篠原は丸美の謝罪をすぐに手のひらで制止した。


「いやもういいから、俺も言い過ぎたのはあるし悪かったよ。用事はそれだけ? もう戻っていい?」

「あ、あとこれ」


 丸美は持ってきた紙袋を篠原の白いシャツにぐいっと押し付けた。


「うちで作っている、焼きドー・ザウザウルスです。お詫びに持ってきました。食べてみてください」


 薄紫色の紙袋に、『瀬宮甘味屋』と筆書きの字で書かれていた。中を覗くと、ふっくらと焼き上がった丸い焼きドーナツらしきものが五つほど入っている。


「へえ、これ君んところで作ってるやつ?」

「はい、そうです。結構人気なんですよ」

「旨そうじゃん。一個食べてみてもいい?」


 いらない、とそのまま押し返されるのを覚悟していただけに、意外な反応をされて丸美は一、二度ほど瞬きをした。先ほどの渋い顔とは打って変わって、篠原はすこぶる機嫌のよさそうな顔をしている。戸惑いながらも丸美はどうぞ、と促した。人目を気にせず、篠原は焼きドーナツを一つ取り出してその場でむしゃりと食べ始めた。


「ああ、確かに餡が旨いね。小豆は北海道産だっけ? 暑い時期に食べる甘さ加減をよく分かってるし、艶もいい。へえ、端の部分まで餡があるんだ。ボリューミーだな。自分んところで餡を作っているのはすごいよ。餡作りって作業工程がかなり大変だし、技術もいるから」

「……どうも」


 率直な評価にどうしたものか、丸美の顔がほてってくる。


「生地もきめ細かいね。気泡が少なくて、丁寧に作ってるのが分かる。コクがあるけど、はちみつも入ってるのかな。焼き印の焦げ目は少し苦くない? 好みが分かれそうだけど」

「あ、はい、だから焼き印がないものも売ってます」

「そうか、その方がいいね。特に小さな子供は苦みに敏感だし、選択肢は多い方がいい。俺は焦げ目があっても好きだけど――ありがとう、美味しかった。残りは店の人と親父にやるよ」


 親指と人差し指をぺろりとひと舐めし、ゴミ袋を丁寧に畳んで篠原は嬉しそうな表情になった。スイーツというものを本当に好きな人だということが素直に伝わってくる。仕事に真剣な人だ、という笑美の評価は、どうやら間違いではなかったようだ。


「……篠原先輩って、なんていうか、すごいですね」

「なにが?」

「応援がいらないっていうか、なんでも自分でできちゃって、応援なんて全然必要ないような感じがする」


 丸美の言葉の意図が読めず、篠原は言葉に詰まった。


「私、誰かを応援するっていうのがたまらなく好きなんですけど」と、丸美は少しだけ俯いた。「ちょっと前からどうしても特別な人がいて、でもどうやって接すればいいのか分からないんです。男の人ってどんな応援が一番嬉しいんですか?」

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