第3話

「あ、ありがとうございましたあ。 ”Jardin d’iris” って確か、郊外にできたばかりのカフェですね。もう有名な超人気店ですね。僕も行きました。一緒に行ったのは彼女ですが……なんつって、ウソです、はは。篠原さんは、そこで働いてらっしゃるんですか?――ああ、アルバイト、そうなんですか。この店に行くと、篠原さんに会えると。なるほど。いい情報をありがとうございます。また皆さんも行ってみてくださいね。行けば篠原さんに会えるかもしれませんよー。ではそろそろこの辺で――」


「ちょっと待ったあ!」

 大声を出して司会者の言葉を遮ったのは、篠原の隣で黙ってコメントを聞いていた丸美だった。赤い顔がさらに濃い紅色になって、司会者の自虐に笑うこともなく、なにやら真剣な表情をしていた。丸美はまっすぐに手を挙げて司会者に問いかけた。


「私ももう一言、いいですか?」

「え? あ、どうぞ……」


 マイクを渡された丸美は肺いっぱいに空気を吸いこみ、観客に向かってそれを一気に吐き出すように声を張り上げた。


「あわらの老舗『瀬宮甘味屋』では、新作和菓子各種取り揃えてます。和菓子は羽二重クッキーとか、他には――ええと、何だったかな……とにかく新しいもの、いっぱいあります! 餡子は北海道産の小豆にこだわっていて、うちでちゃんと作っているやつです。おはぎとかめっちゃ美味しいです。特に『焼きドー・ザウザウルス』は、はるばる他県から買いに来てもらえるくらい、喜んでもらっています。みなさん、ぜひぜひ食べに来てください。それから――」


 丸美はちらりと篠原を一瞥した。


「ケーキよりも和菓子の方が、断然美味しいです。絶対に絶対に、美味しいです。新しい洋菓子店になんか、うちは負けません!」


 丸美は険しい顔をして、篠原をきっと睨みつけた。見知らぬ他人からいきなり敵扱いされてしまった篠原は、眉を潜めて怪訝そうに丸美を見つめた。


「いきなりなんなの、失礼だね。君のお店、俺にとっては全く関係ないんだけど」

「こっちとしてはあるんです。うちの店を守るためにも、この街にこれ以上ライバルが増えると困るんです」


 丸美の言葉に篠原は目を丸くした。


「ライバルって……そもそも洋菓子と和菓子じゃ全く立場が違うでしょ。どこがどうライバルになるの」

「同じ甘いものを作っている、正真正銘のライバルです」

「はっ、和菓子屋がライバルねえ……考えてもなかった。ライバル云々ともかくとして、うちだって旨いもんなら負けないよ。だいたいザウザウなんとかって、いったい何? そんなの聞いたことないし」

「ザウザウルス知らないんですか? 頭からツノ二本生やした恐竜。あんなに可愛いゆるキャラなのに知らないなんて、おかしいですよ。トレンドを知っていますか。世間を知っていますか。世界を知っていますか。有名な漫画にもゲスト出演してるんですよ?」

「知るか、んなもん」


「えー知らない? ウッソだあ。みなさんなら知っていますよね? 北寄ススムが描いたザウザウルスの話。あの『百歌祈祷師』のサイドストーリーですよ。ねー。流行りを知らないようじゃ、お店の味だって大したものはありませんよねー」

「店には関係ない。俺にも関係ない」

「ありますよ! 巷の話題に乗り遅れると、美味しいものは作れません! ザウザウルスと百歌祈祷師は私の……いや、日本の誇りです!」


「あのう……」と、男子司会者が控えめに口を挟んだ。「篠原さんに瀬宮さん、も、もう、よろ、よろしいんじゃないでしょうか。そろそろお二人とも、とと、止めていただけませんか……」


 不穏な空気を察知してしどろもどろになる司会者を尻目に、二人は口論を繰り返す。


「知らんでごめん、漫画なんてあまり読まないから」

「ええー信じられない……漫画を読まないなんて人生半分詰んでますよ」

「人生詰んでも人生経験をちゃんと積んでいくから大丈夫」

「なに笑点みたいなギャグ言って、ドヤ顔してるんですか」

「はっ……せっかくだし座布団三枚くらい欲しいね」

「一枚もあげません!」


 突如壇上で沸き上がった二人の舌戦に、生徒たちの好奇心が異様な盛り上がりを見せ始めた。囁き程度だった声の波は、すでに騒音となるほどの大波へと姿を変えて、喧騒が大きな渦を巻いていた。「いいぞいいぞ!」「もっとやれー」という不届きなヤジがあらゆるところで飛び交っていた。進行をことごとく乱された男子司会者は、涙目になって頭を抱え座り込んでしまった。


 こうしてミスコンという華々しい舞台にて美男美女二人の間で撒き散らされた激しい火花は、越士高校の爆笑黒歴史として後輩たちに長く語り継がれることとなったのである。

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