第2話

 あまりにも愛想のない返事にどっと場が湧いた。これでも篠原本人は真面目に答えていたらしく、会場の反応に釈然とせぬように肩をすぼめた。


「いやいや篠原さん、面白い方ですね。自己アピールの円周率二百桁暗唱にはたまげました。本当に二百桁あったのかどうかさえも分からないくらい、たくさんの数字を言ってくれましたからね。みなさん数えました? 数えてない? まあ、長すぎてどちらでもいいですよね、はは……では、どうもありがとうございましたあ。さて、どの方が選ばれるでしょうかね、タチバナさん?」

「予想つかないですねー楽しみですねー」

 抑揚のない返事で相方司会のタチバナさんが答えた。


「司会者の僕でもめっちゃ緊張してきました。ではいきますよお。皆さま、お気持ちの準備はよろしいですか。それでは審査結果の発表です!」

 ドロロ……というドラムロールとともに舞台が暗くなった。


「今年のミス越士、そしてミスター越士は……」

 生徒たちの顔に緊張が走る。


「ミス越士は二年五組、瀬宮丸美さん! そしてミスター越士は三年二組、篠原亮さん! おめでとうございます!」


 ジャジャーンという効果音と合わせて二人にスポットライトが浴びせられた。唸りを上げるようなどよめきと、女子たちの黄色い歓声が体育館の中に響き渡った。選ばれた丸美と篠原は驚くというよりも、まるで散歩中に銀色の肌をした宇宙人と出くわしたような、間抜けな口の開き方をしていた。


「おめでとうございます。さあさ、お二人とも前に出て」

 観客の拍手と声に丸美は気後れする。男子司会者に無理やり前へ促され、袴に足が取られて壇上でつんのめりそうになった。


「まずはミス越士となりました瀬宮丸美さん、おめでとうございます。今のお気持ちはどうですか?」

「えーと、気持ちですか、どうしよう……」


 丸美はガシガシと頭を掻いて、落ち着かない様子で答えた。

「優勝された方を応援したかったんですけど、逆に自分が応援されたようで恐縮です。応援してくれたみなさん、どうもありがとうございました!」


 真っ赤な顔をして、丸美はマイクに向かって簡潔に喋りお辞儀をした。可愛いいよーというかけ声とともにパラパラと拍手が聞こえた。


「自己アピールでされた、瀬宮さんの競技かるたデモンストレーションはすごかったですね。百人一首の札が剣のように飛んでいきましたもんね。今度の大会では優勝するぞ、と思うほどの気迫がありました。着物もとても美しいです。ありがとうございましたあ。それではもうひとかた、ミスター越士となった篠原さん。今の素直なお気持ちをお聞かせください」


 マイクを向けられた篠原は、表情を変えずに答えた。


「気持ちは先ほどとたいして変わりませんが、せっかくなので一言だけ」と、男子司会者のマイクを無理やりもぎ取る。


「正直言ってこんなところに出たくなかったんですけど……でも実行委員の人に頼み込まれて、優勝すれば全校生徒の前でコメントできるって聞いたので、それならいいかと大幅な妥協と譲歩をした上でこのイベントに参加しました。とりあえず選んでくださった方には感謝します。では早速ここにてひとつ――」


 コホン、と拳を口に当て一息つく。


「えー、うちの店 ”Jardin d’iris” にてただいま季節のフルーツショートケーキの新作が出ました。ビワを使った独特の食感が美味しさをひき立てているケーキとなってます。マンゴームースにオレンジゼリーを組み合わせたマンゴーアントルメ、上質なチョコレートにブラックベリーティーを加えたチョコレートケーキ、濃厚なチーズにふわっとした極上の食感をもたらすチーズケーキもさらに新しく美味しくなっております。また地元メニューといたしましてあわらロールケーキ、とみつ金時タルト、とみつ金時パイも随時大好評発売中。定番の舟形ケーキ、特製シフォンケーキ、ふわふわパンケーキもたくさんのお客様にお楽しみいただいております。コーヒーは自家焙煎で抽出している特別ブレンド。各種紅茶も取り揃えています。百パーセント生ジュースは当店オリジナル。パスタやガレット、サンドイッチなどといったフードメニューも充実しています。至福のひとときを、ぜひ ”Jardin d’iris” でお過ごし下さい――以上」


 一言どころかすべてを言い切って軽く一礼し、篠原は男子司会者にマイクを返した。ふう、とため息をつき、両手を後ろに回して、やり残したものは何もないというような、ふてぶてしく満足げな表情をして立っていた。


 突然始まったCMタイムに、会場は拍手も忘れ呆気に取られていたが、「宣伝かよ!」のヤジの一言で生徒たちは爆笑して手を打った。

 独特な篠原のペースに飲まれてしまった男子司会者はぽかんと口を開けていたが、ようやくそれを閉じてマイクを握りなおした。

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