スイーツ・ロイヤル・バトル

nishimori-y

第1話

 ――これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関――……


 瀬宮せみや丸美まるみが札の前に座るとき、この歌がふと耳に聴こえるときがある。誰が話すわけでもなく誰が詠むわけでもないのだが、耳の奥で流れるこの歌は丸美の背筋をグッと伸ばしこれからの試合に対峙する気合をくれるのだ。


 来る人も帰る人も、知っている人も知らない人も、出会いと別れを繰りかえす逢坂の関。


 蝉丸の歌ったこの歌を丸美はこよなく愛している。丸美にとっての百人一首はその一枚一枚が出会いと別れの場だ。競技かるたとは札を一枚でも多く取る世界。札と出会って、手に入れて、別れてまた会う、その繰り返しである。蝉丸のように、出会いと別れを繰り返す人々のように、丸美は自らの人生の無常と歓びを百人一首という札一枚に感じるとるのだ。


 さあ、いよいよ歌が詠まれる。全校生徒の注目するステージで、小さな小花の散らされた燈色の着物と薄紫の袴を着て、たった一人で札を取る。手に汗握る。ワクワクする。丸美には分かる。次の歌はきっとこの歌だ。


「……これやこの――」



 暗幕が張られた体育館には暗闇が広がり、生徒たちの囁く声が潮騒の音のようにさざめいていた。今から始まろうとするステージショーへの期待が刻一刻と高まりゆく。越士の生徒たちにとって待ちに待っていた一大イベントが、ここでクライマックスを迎えようとしていた。


 カチリ、とスイッチの入る音とともに、一筋のスポットライトが舞台上に当たる。ステージには緞帳の前に二人の男女の姿があった。


「さあさあ皆さまお待ちかね。文化祭のファイナルステージとなるミス越士、そしてミスター越士の結果発表となりましたあー!」


 マイクを持った司会の男子生徒が、バナナのたたき売りよろしく声を大音量で張り上げた。声を邪魔するかのようにキーンというマイクのハウリングが重なった。


「この審査は全校生徒による投票と審査員による採点の合計点数で決まります。今年の候補者の方のレベルは高かったですね。審査員の方もかなり迷われたようです。栄えある優勝者はいったい誰に。さあ、どうなるでしょうかねえ、タチバナさん?」

「そうですねー、皆さんそれぞれに個性ある素敵な方たちばかりでしたからね。どうなるか分かりませんねー」


 タチバナと呼ばれた相方の司会の女子生徒が、男子司会者の勢いとは真逆に棒読みで相槌を打つ。

 生徒たちの興奮の騒めきがますます膨れ上がった。どこからかピュウっという口笛がした。 

「では候補者たちの方々に再度登場してもらいましょう。皆さま、大きな拍手をお願いします!」


 司会の男子生徒はノリにノリながら後方へ手を振りかざして、何百という視線が緞帳の裏側へと一斉に注がれた。賑やかな音楽とともに緞帳が上がり、やんややんやの喝采とともに人影が現れる。眩い光で照らされたステージ上には女性五人に、男性五人。制服を着ている者もいれば、バスケや陸上といった部活動姿の者もいて、それぞれが緊張の面持ちをしていた。


「結果発表の前にちょっとだけインタビューしてみましょう。一番の方、今のお気分はどうですか?」


 バスケのユニフォームを着た男子生徒はマイクを向けられると、照れを誤魔化すように指先で鼻をこすった。


「そうっすね、スリーポイントシュートをバッチリと決められたから最高です」と、バスケットボールを指でくるくる回した。

「ありがとうございます。では三番のお方は」

「えっ、僕ですか。自分、選ばれないとは思うんですけど、でもめっちゃ緊張してます」


 男子司会者は大きく頷き、

「いやいや、どうなるか分かりませんよお。先ほどのリフティング連続三十回は素晴らしかったですね。試合の勝利ドリブルシュートもお願いしますよお。次は、そうですねー……、では、五番の篠原さんはいかがですか?」


 制服姿に茶髪の五番の篠原はぼんやりと体育館の奥の方を見ていて、司会者の質問に咄嗟に気が付かなかったようだ。話を振られてから答えるまでに少しの間が開いた。


「……篠原さん?」

「あ、すみません。ぼうっとしてて。何でしたっけ?」

「ええと、今のお気持ちを」

「気持ちですか? 疲れてきたんで早く家に帰りたいです」

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