第10話

 僕たちはりかちゃんの怪我のこととか、そういった不幸を忘れて人生ゲームに没頭することができた。そもそもの話、りかちゃんとするゲームは、特別楽しいものだった。一度ゲーム内で僕とりかちゃんが結婚した時なんかは、まるでそれが本当に起こったことのようにうれしく、同時に気恥ずかしさが湧き出てきたし、りかちゃんが一億円稼いでドヤ顔したときなんかは、思考が回らないくらい僕はほおけてしまった。 

結局、不動産で成功したふうかの一人勝ちだったけれど、それでも嫌味一つ残らず僕らの絆は一層深まったように思う。

 そうして、あっという間に二時間が経っていた。

「もう三時前だね」

 りかちゃんが、お金やボードをかたずけながらそう言った。

「あ、もう」と僕は壁にかけられた時計を見る。

「ほんとじゃん!結構時間経ってるんだ」ふうかが後ろ手をつきながら、時計を見つつ天井を見上げた。それからふと、手をポテチの入った袋に入れて、「あ、お菓子もうない」と言った。

「追加いる?…えっと、何かあったかなぁ」りかちゃんが手を止め、うーんと唸る。

「いや、いいよ。手、ケガしてるし」ふうかは焦るように言い、コップを手に取る。それから、「野外活動。りかちゃん、その手で行けるの?」と言った。

 その質問に、僕はドキリとする。

「…どうだろうね」りかちゃんは片付けを終えて、姿勢を正した。その音色は、どこか不安を持たせるものがあった。

「やっぱり、その怪我」

「え…あっ、ううん。ちゃんと行くよ」りかちゃんが僕を見て、取り付くように答えた。「それよりさ、次はトランプしよう。私の家ゲームとかもないから、このくらいしか遊び道具がないけど…ちょっととってくるね」

 りかちゃんは、急ぎ足に立ち上がり、扉に近づいた。

「りか」

 ふうかがりかちゃんに優しく声をかけた。

「何?」りかちゃんは振り向かない。

「私たちがサポートするから。野外活動、絶対来てよ」

「うん。ありがとう」同時に扉が開かれた。

 りかちゃんが出てすぐ、扉は急いで閉められた。

 えっと…。

 りかちゃんは、僕が知る限りゲームもしないし、アニメも見ない。今更だけど、普段何をしてるんだろうって思う。多分、勉強なんだろうなぁ。だから、僕より頭がいいんだろうなぁ。

…なんて、現実逃避をしている僕。

 だって、今の反応は…。

「ともむ」

 その一言で、心臓が痛いほど動いた。

「な、なに?」

「これでもし、りかが野外活動に来なかったら…私はともむを恨むよ」

 ふうかが、真剣な顔つきで僕を見ていた。

 とても、とても、息がしずらくて、冷房の空気が不自然に思えるほど、居心地が悪かった。

 ふうかは、そうすべきというように姿勢を正した。僕を直視している。

「私ね。りかの最初の友達なの。私が最初の友達だって、四年生の時りかが嬉しそうに言ってくれたんだよ。ともむは、りかと幼馴染だっていうけど、それまでずっと、りか、友達がいなかったんだ。ずっとうつむいていて、クラスになじめてなかった。ともむだって、暗い時のりかを知ってるよね。今は、すっかり明るくなってるけど…でも、昔のあの子が消えるわけじゃない。きっと、ずっと引きずってると思う。あの暗い時期を。私はまだ、りかがどうして明るくなったのかを知らない。なんで急に、陸上部に入ったわけも知らないし…。実は、私もりかほどじゃないけど、暗い性根で結構口下手だったんだ。アニメ好きだし。ゲームもやるし。スポーツはあまり好きじゃない。でも、学校ではしっかり者としてふるまってる。なんでかは自分でもわかんないけど…。だから、りかの気持ちがなんとなくわかるし、思い出の重要性も意識している。私はりかが好きだから、大事にしたい。せっかくの野外活動を、怪我程度で奪われたくない」

 開いた口が塞がらなかった。僕より、ふうかのほうがずっとりかちゃんの事を気にしていたんだ。

「うん」

「絶対に、行かせるから。その時は、ともむもサポートして」

「うん、絶対にする」

 冷たい風が、久しぶりに肌をなぞった。喉が渇く。お茶を一杯飲んでみる。少し、気が楽になった。しばらくして、扉が開かれた。りかちゃんがトランプを持って部屋に入ってきた。

「お待たせ」

 りかちゃんは、ケースに入ったトランプと、ポテチの袋を空いた左手で持っていた。ゆっくりと、席に座る。

「りか」すぐにふうかが鋭い声を出した。

 一瞬、世界に空白が生まれた。りかちゃんが、静かにふうかを見る。

「野外活動だけど、ちょっと野暮用でね。行けなくなるかも」

 りかちゃんが笑ってそういった。

「え?」と僕

「野暮用って?」とふうか。

「それは、言えない。ごめんね」

 彼女は席に座る。どさり、と机の上にポテチの袋を置いた。

「ねぇ、どういうこと?急じゃない?」ふうかが責め立てるように言った。

「家の用事でね。ちょっと」彼女は視線を下げ、ポテチの袋を丁寧に開ける。

「言えないの?」

「うん。ちょっとね」袋から視線を動かさない。

「ほんとに?怪我のせいじゃ…」僕が言う。

「それは違うから」りかちゃんが大きな声を出し、顔を上げた。「あ…ほんとに大丈夫だから…」

 僕らはもう、黙るしかなかった。

「なら、仕方ないね」

 ふうかが諦めたようにため息をついた。

「うん。ごめんね。ほら、トランプもってきたから」

 りかちゃんは手でカードをまさぐり始める。

「そうね。何する?」

「ババ抜きから七並べまで全部!」

 りかちゃんは、元気よくそう宣言した。

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