第17話 過去を紐解いて

 一五七〇年(元亀元年げんきがんねん)八月。積極的に勢力拡大をする近隣の大名は、豊かな翠梅寺川一帯に目をつけ侵攻した。対する当地の勢力も、それを迎え撃つべく出陣した。かくして翠梅寺川を舞台に、一大合戦が行われた。世に言う翠梅川の戦いである。


 まさかの大ピンチとなった地域清掃も終わり、翌週から百岡中学校はテスト週間の午前授業となった。初日のテストを終えた椛は巴と共に昼食をすまし、地元の図書館へと来ていた。


 しかし椛が開いているのは学校の教科書でも問題集でもなく、分厚い郷土史である。あまり閲覧されることのないその本を開くと、そのページはすぐに見つかった。


「巴はこの戦い知ってた?」

「まあ名前くらいはね。というか小学生の時に授業でやったくない?」

「え、そうだっけ?」


 ちなみに蒼真は来ていない。翠梅寺川の一件では、事が解決し義親らが去った頃ようやく彼は青ざめた顔で駆け付けた。そして地面に頭をこすりつけるように謝り、今後椛からはと宣言した。


 宣言した……のは良かったのだが、家に帰った蒼真は椛がお風呂やトイレに行くときも離れないと言って聞かず、最終的には右頬にビンタを食らい、テストに集中するために護衛はほどほどにすることを椛に約束させられた。


 あんな事があったうえ御札を失っており、椛としても心細い苦渋の決断だったのだが、こうやって調べたいこともあった為、苦渋の選択としてその約束を取り付けたのだった。


「えーっと、姫姫……あった。『配下の将、佐藤なにがしの活躍もあったが、翠梅寺川の戦いは数で勝る侵攻軍の有利で進行し、当地の勢力はついには追い詰められた。敗北を悟り当主以下は自刃じじんし』……ねえ巴、自刃ってなに?」

「うーん、簡単に言えば腹切り的な」

「うわあ。『自刃し、美しいことで知られた姫は、翠梅寺川に身を投げたという。逃げ延びた侍女により、その名は紅葉姫もみじひめと伝わる』か」

「へえ紅葉姫。あんたと読みは一緒じゃん」

「う、うんそうだね……」


 。義親や豆腐小僧の言っていた姫とはこの紅葉姫で間違いないだろう。彼女の顔は椛と似ているという。名前の読みまで同じなのは、果たして偶然なのだろうか。


「というかなんで急に郷土史?」

「ま、まあ地元の事を知っておかないとね。あはは……」

「テスト前に? まあいいけど」


 巴はそう言って笑った。察しの良い彼女のことだ。何かあることに気づいているのかもしれないと椛は思う。けれど詮索してこないのは、彼女なりの友情なのだということも理解している。


「あ、こっちのページには翠梅寺川の神様の絵だって」


 ページをめくると、そこには立派な龍の絵が描かれていた。

 銀色の鱗で描かれたそれは、美しく気高さを感じる。

 地域の博物館に収蔵されているもののようだ。


「綺麗だねえ。でもなんで龍?」


 神様と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、先日見たばかりの久延毘古の姿だ。少なくとも、神様というのは人型というのが彼女の認識だった。


「昔から川の神様といえば龍神なんよ。天候さえ操る伝説上の生物。例えば椛は、八岐大蛇ヤマタノオロチって知ってる?」

「知らなーい」

「神話に出てくる八つの頭と八つの尾を持つ化け物なんやけど、洪水の暗喩やって言われてんね。それを素戔嗚スサノオって神様が退治するんだけど、それはつまり治水事業を表してるんじゃねってなー?」


 巴は他にも国内外問わずいくつかの伝説を語って、龍が川や水に関係あることを説明した。その説明を聞きながら、改めて椛は郷土史に掲載された絵を見る。


(銀色の鱗、蒼真そっくりだ。蒼真は龍だし、なにか関係が……?)


 そもそも龍である蒼真がご本家に仕えている理由はなんだろう。そう言えば蒼真は翠梅寺川を「庭のようなもの」だと表現していた。それはこの事に関係あるんじゃないか。そもそもなんで人間の陰陽師ではなくて、龍である蒼真が派遣されてきた?


 そんな事を考えていたから、帰宅すると心配そうな顔で出迎えた蒼真に対して、昼間郷土史で見たことを聞く気にはなれなかった。


 その夜、椛は懐かしい夢を見た。

 それは彼女が小学二年生に進級する前の春休みの事だ。


 その年、大お婆様が亡くなった。そしてその葬儀の為、仕事で忙しい父を置いて母と二人新幹線に乗って京都のご本家に行った。


 正直親戚だと言っても会った記憶のない大お婆様の死は別に悲しくなく、物心ついて初めて乗る新幹線や初めて行く京都に心躍っていたのを、椛はよく覚えている。


 京都に着いた彼女を驚かせたのは、お城みたいに広大なご本家の敷地と、そのご本家を埋め尽くすほどの参列者の数だ。


 だがワクワクしたのもそこまで。手伝いの為にしばらくご本家に滞在することになったが、遠縁の彼女はどうも他の子になじめなかった。


 そんなある日のことだ。私はご本家の裏庭で一人遊んでいた。

 すると不意に声が響いた。


『こっちへおいで』

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