第15話 探シ物

 久延毘古が帰った翌朝、椛たちは巴に事情を説明していた。


「あー、陰陽師ね。なーる。ドーマンセーマン的な?」

「そうだ」

「おーけー。やるねえ蒼真君」


 蒼真によるその解説は、律令制時代の役職などの説明を含む非常に複雑なものだったが、巴は一発で理解できたらしい。


「うっそ!? 巴さっきの説明でわかったん?」

「え、有名な話じゃね? それにほら、ウチって歴史好きだし」

「え、え、じゃああのファンタジックな光景は? 私がビーム的な水鉄砲を放ったのは?」

「日本人がメジャーで四〇四〇フォーティフォーティするくらいだし、ビーム放つ女子も世の中探せばいるっしょ」

「負けた!? スポーツの記録にびっくり度で!?」


 椛的には「実は陰陽師見習いである」というのは構重要かつ驚きのアイデンティティだったが、それが一人の強打者に打ち崩された瞬間だった。


「椛も勉強、頑張った方がいいぞ」

「確かに日本史のテスト怪しいけどさあ……」


 久延毘古は知識や学問の神様でもある。米を大事にする巴がそのご利益を受けているおかげかはわからないが、彼女の成績は良い部類だ。一方椛は……、それは蒼真の視線が物語っている。


「それよりウチが悲しいのはさあ、椛が幽霊とか見えるってのを内緒にしてたことなんだよねえ」

「ご、ごめんって巴」

「ま、他人に言いづらいことなのはわかるけどさ。あんたはもう少し、周りを信じなー?」



 ☆☆☆☆☆



「さて、テスト週間に入る前ですが、恒例の地域清掃活動があります」


 本多晴子教諭のそんな言葉は、教室中からの不満によって迎えられた。

 既にカレンダーの日付は六月下旬。七月初旬には期末テストがあり、それを乗り越えれば夏休み。そんな時期に地域清掃活動が入っているのが、百岡中の不思議だった。


 そういう事情があり、金曜の午後は授業が全休となって百岡中の生徒は総出で地域に繰り出していた。


「ウチはわりと好きだけどな。清掃活動」

「私はちょっと苦手かな……」


 ゴミ拾いがではない。椛のクラスの担当場所が、翠梅寺川周辺ということがだ。川の周りは霊が多い。


 河川敷には生徒がまばらに点在している。この手のイベントを真面目にやる中学生が果たしてどの程度いるだろうか? 実際、清掃活動そっちのけで水切りに興じている男子生徒がいるなど、本多晴子教諭は注意に奔走していた。


「あんたは真面目ねえ、蒼真」


 椛たちの傍らで黙々とゴミを拾う黒色の指定ジャージ姿の蒼真の袋は、すでにパンパンになっていた。


「そうだな。まあ自分の庭のようなものだし当然だろう」

「ふーん。庭ねえ」


 京都からやって来てまだ二月ふたつきも経っていない蒼真が、そんな地元愛に目覚めていたとは椛も驚きだった。そんな彼女らに女子生徒の一団が近づいてきた。


「ねえ正木君、ちょっと手伝ってくれない? あっちに粗大ゴミが捨てられているんだけど、私たちには重くって」


 問われた蒼真は、許可を伺うように椛を見る。


「行って来ればいいじゃない。巴もいるし私は大丈夫だって」

「そうか。何かあったら呼べ」


 そう言って蒼真は、何度かこちらを振り返りながら女子生徒たちと去っていった。


「親戚的には蒼真君がモテるのはいいん?」


 霊の事、陰陽師の事は説明したが、蒼真が龍であることは明かしていない。巴は変わらずただの親戚だと思っている。


「別に。あいつも不愛想なむっつり面してないで、もうちょっと学園生活をエンジョイした方がいいのよ」


 こっちには護衛と護衛対象としての余裕があるし、と椛は心の中で付け加えた。

 蒼真は何かするときには椛に許可を求めるし、関係性も良好だ。使命に忠実以上の何かがあると彼女は思う。それがもし愛情ならハッピーだ。


 人と龍、種族の違いはあるが、正直椛は正木蒼真の事がかなり気になっていた。


「さて、私たちもぼちぼちゴミ拾いしましょ。――あれ? あの女の人あそこでなにしてるんだろう?」

「女の人? どこ?」

「ほら、あの青いワンピースの……」

「ウチにはそんな人見えないんだが?」


 そんな巴の反応に椛は気づく。

 きっとあの女性は霊だと。


 巴は久延毘古が見えた。だがそれは久延毘古が自ら姿を現していただけで、巴自身が霊を見えるようになったわけではない。実際数日前、自分の肩に青白い手が乗っているのを彼女は見えていなかった。


「私、ちょっと行ってくるね。巴はここで待ってて」

「あ、ちょ、椛!」


 陰陽師は祓うだけが仕事ではないと、久延毘古の件で知った。

 もしかしたらあの女性も、何か助けを求めているのかもしれない。


「あの、ここで何しているんですか?」

『探し物をしているの……』


 近くで見るとその身体は不健康そうに青白く、同じく痩せている。そしてか細い声だった。


「探し物ってどんなの?」

『大切な物なの……』

「大切な物……。わかったわ」


 自分の胸をトンと叩く。


「私これでも陰陽師なの。あなたの探し物、私が探してあげるわ」

『ありがとう、じゃあこっちに来て』


 そう言った女性霊に、椛は腕を掴まれ引っ張られる。


「ちょ、ちょっと、どこまで行くの?」

『こっち、こっちよ』

「このままじゃ川よ!?」


 立ち止まろうとするが、女の力は強い。

 グイグイ川の方へと引っ張られる。

 足が漬かった。膝まで。次は腰。


「ちょっと、放しなさいよ!」

『もう遅いワ……!』


 次の瞬間、ぐんっと椛は水中へと引きずり込まれた。

 女の姿は変わり、蛇のような下半身を持つ恐ろしい姿となる。


『探シ物、探シ物、見ツケタ、見ツケタ』

「ごぼっ、むー! むー!」

『生胆、生胆、美味シイ生胆!』

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