第13話 親友のために

「いやあ、来てくれてまじ感謝だわ。はいお菓子」

「全然気にしないで。あ、いただきます」


 巴の部屋に案内された椛は、ジュースを片手にお礼を言った。

 部屋の主の巴はというと、その目線は部屋の隅にいる所望した緑茶をすする真顔の蒼真へと泳ぐ。


「蒼真君も来てくれたのは驚いたけどなー?」

「暇そうだったから連れてきたわ」

「暇そうだからて。てかあんたら最近距離エグいくらい近くない?」

「そうかなあ? ま、蒼真は私の執事みたいなものだし」

「うわ、言うねえ。結構な女子から恨み買うよ」

「ま、言わせておけばいいんじゃないかな」


 ここ最近、恐ろしい地縛霊やら怨霊やらと戦いすぎたせいで、椛の恨みに対する基準は高くなっていた。そんな光景を黙って見ていた蒼真が口を挟む。


「椛、俺は執事ではないぞ」

「いいじゃない。話合わせなさいよ。あ、そこのポッキーとって」

「これか、椛はイチゴ味が好きだったな。いいか、俺は断じて執事ではない」

「えー、このケチマジメカタブツソーマ」

「いや、やっぱり距離感バグってね?」



 ☆☆☆☆☆



「姿が見えない?」

「そうなんよ。だから警察には言えんくて」

「そのストーカーに心当たりは?」

「それがないんよな? 姿は見えねえんだけど、足音とか気配はある感じっつーの? とにかく気味悪くてさあ」


 その言葉を聞いて、椛と蒼真は目を合わせる。

 犯人が妖怪の類なら、いわゆる霊感がなく“見える人”ではない巴には見えないだろう。


「ご家族に相談は?」

「しないって。姿分かんないのにウチの家族に伝えたら、どうなるかわかるっしょ?」

「ああ……」


 巴の家は米農家であると同時に、柔道一家でもある。父親と二人の兄はいずれも小山のような大柄だ。巴も小学生までは柔道をやっていたのだが、父親に反発して中学では吹奏楽部員だ。


 ちなみに反発の理由は、自分の名前の由来が柔道の技巴投げだったこと。以前椛は「腕ひしぎ十字固めちゃんとかじゃなくて良かったじゃん」と言ったら、本気のヘッドロックを食らったことがある。


 柔道を辞めても末の娘である巴は可愛がれていて、もしストーカーの件が知れようものなら父と二人の兄は巴に近づく男全員を一本背負いするだろう。


「ま、うちの親父は今腰痛めてんだけどね?」

「お父さん怪我してるの?」

「そ。地域の柔道大会で張り切りすぎちゃってさ。だから不安もあるっつーか。聞き間違いかもしれんけど、夜とか扉を叩く音が聞こえたりさあ」

「安心して巴、今晩泊めてよ。そしてストーカーの正体を暴いて見せるから」

「ほんと? 助かるわ椛~。……ってもしかして蒼真君も?」


 巴がむっつりとせんべいをかじる蒼真を見ると、当の蒼真は椛の方を見る。判断を任せた様だ。


「ボディーガードにはちょうどいいでしょ。待ってて、うちに電話しとくから。……あ、お母さん? 蒼真と私、今日巴の家に泊まるから。うん、うん、だから夕飯はいらない。ちゃんとお礼言うって。それじゃあ……これでよしっと。電話終わったよ、巴……?」


 電話を終えた椛は、巴のぎょっとした顔を見て、自分の失敗に気づく。

 それからいくつかのいいわけを考えたが、親友に嘘をつくのをためらい、「実は……」と切り出した。



 ☆☆☆☆☆



「あはは、まさか椛と蒼真くんが親戚だったとはねえ」

「まーそういう事情でして。はい」


 風呂を済ませ夕食をいただき、椛は巴と共に彼女の部屋でくつろいでいる。

 ちなみに蒼真は当然と言うか別室だ。


「だからあんなに距離感近いわけか。なるー」


 陰陽師や鵺のようなファンタジックなことはぼかし、とりあえず遠縁の親戚で同居しているということだけ話した。それから今の今まで質問攻めだ。


「ウチもそう思ってたけど、二人はできてるんじゃないかって噂立ってたよ」

「だろうねえ」


 正直そういう噂を立てて、他の女子を牽制しようという意図は椛にはあった。


「蒼真君フリーならまた人気でるだろうねえ。あ、でもスマホ持ってないんだっけ? ラインとかインスタとかできないじゃん」

「そこは私を通してもらわないとね」


 そして握りつぶす。柳町椛はなかなか手段を選ばない女だ。以前とり憑いていた落ち武者、佐藤某も「恐ろしい面のある女子おなごでござる」と恐れおののいていた。


「じゃあそろそろ寝よっか。おやすー」

「うん、お休み巴」


 それから一時間くらい経っただろうか。闇の中、むくりと椛は起きた。

 巴を見ると、ぐっすりと眠っている。おそらく椛が泊まって安心したからだろう。

 そのまま椛は、巴を起こさないように静かに部屋を出て、玄関へと向かった。


「こっちの方……かな?」


 外へ出ると、感覚がある方へと歩く。

 ここしばらく幽霊や妖怪と戦ってきたせいか、椛の霊感は以前より強くなっていた。だから感覚に従って、田んぼの中のあぜ道を歩く。


「いた……!」


 暗闇の中、月明かりに照らされてそいつはいた。

 出来の悪い泥人形のような体で、顔にはくぼみみたいな目がある。

 そいつはノロノロと動き椛に気がつくと、聞き取りづらい言葉で喋りだした。


『タア……、ムスメ……、ダセ……!』

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