第12話 巴の悩み

 慌ただしく日々は過ぎ去り、六月になった。そろそろ梅雨の時期だ。

 ご存じだろうが、梅雨時は湿気が多くカビが発生しやすい。そして霊も発生しやすい。


「悪霊退散!」


 椛が唱えると、御札は光り輝き霊が祓われる。

 使った札を回収すると、傍らで見ていた蒼真が駆け寄った。


「だいぶ板についてきたな」

「まあそれなりにね」


 あの夜の学校での一件以来、椛は見習い陰陽師として日々悪霊やら悪さをしている妖怪やらの退治を行っている。蒼真曰く実践練習だというそれは、着実に椛の力を増していた。ちなみに今回は、河川敷にいた地縛霊の退治だ。


「ところでこの御札、新しいのは届かないの?」

「要望は出してある。が、何分製作に手間のかかるもので、それに前回大量に送ってもらったからな……」

「おのれラーメンの汁……!」


 手に持つペラペラ一枚だけで悪霊やら暴れる妖怪やらを何度も祓ってきたのに、ラーメンの汁程度でだめになるのが椛には不思議でたまらないが、描かれた文様などが損壊されるのがダメらしい。


「それにしても陰陽師って大変ね。こうも悪さをしている連中がいるなんて。私は見えるのにちっとも知らなかったわ」

「君の様に憑かれやすい人間を護るためにも、陰陽師が全国で日夜活動しているからな。これまで椛が悪意ある霊や妖怪と遭遇しなかったのは、そういう事情だ」

「へー、ご苦労様ね」

「今は君もそのご苦労様な陰陽師の一人なのだがな。だが勘違いするな、悪霊を祓うのは陰陽師という職のほんの一端にすぎない」

「というと?」

「陰陽師とは正式な役職だったと言ったな。現代で言う天文学や暦学なども修めた彼らは、時の帝や権力者に仕え、様々な政治的助言を与えた。人とあやかしとの間をつなぎ、民の暮らしを良くするのが陰陽師の本質だ」


 病が流行っては病の、日照りが続いては日照りの対策を、その膨大な知識から考え、時には祈祷を行った。根本の原因である妖怪を退治することもあったが、それは彼らの仕事の一部分にしかすぎない。


「はえー」

「だいたい椛、君はもう少し歴史をだな――」

「歴史苦手ー。明日も学校だしもう帰るよ」

「ああ、待て椛!」



 ☆☆☆☆☆



「だっはああ……」

「え? なになに巴、それ溜息? 疲れてんの?」


 登校した椛は、珍しいものを目にした。

 いつも元気な廣瀬巴が机に突っ伏し、溜息なのかもわからない異音を口から出していた。


「そういう椛は最近元気なのな?」

「うーんと、けどから元気みたいな」

「なんじゃそりゃ」


 巴に対して椛はというと、今まで受け身の憑かれる系少女だったのが一変、祓いまくっているうえに傍には蒼真もいるため妙な霊は寄ってこない。鵺もあれ以来襲いに来ないしで、実に小学一年生以来の快調ぶりだ。


「あ、そうそう。蒼真に連絡したいときは私を通してね」

「あんたは蒼真君の秘書か」


 おかしい。いつもの巴なら二人の関係を根掘り葉掘り聞いてくるはずだ。それが義務的に一言ツッコミをいれただけで、彼女自身は机に突っ伏したまま。椛の知る限り小学四年生の時に彼女の飼っていた犬が死んだ時以来の元気の無さだ。


「ねえ巴、何かあったの?」

「まあ何かあったというか……」

「わかった! 部活の悩みとか?」

「いや、部活は順調。今度の演奏会も期待してなー」


 吹奏楽部の巴はパワフルなチューバ奏者だ。

 椛も何回か彼女の出演する演奏会を聞きに行ったことがある。

 だがそれに関する悩みでもないとなると、見当がつかない。だから椛は巴の前へと周り、思い切って聞いてみた。


「ねえ、私たち友達でしょ。何か悩みがあるのなら話してよ?」

「笑わない?」

「笑うわけないじゃん」


 その言葉を聞いて、ようやく巴は頭をあげた。

 そして周囲に聞こえないよう小さな声で、ためらいがちに言った。


「……なんかさあ、ストーカーされてるっぽい」



 ☆☆☆☆☆



「廣瀬のストーカー問題に俺は関係あるのか?」


 その週末、自転車に乗り巴の家へと向かう途中、正木蒼真はぼやいた。


「なによ。ストーカーの変態おやじをか弱い女子二人でどうにかしろっての?」

「ストーカーは警察の領分じゃないのか?」

「薄情なやつね。クラスメイトのピンチでしょうが。それにあんたは私の護衛なんだからついてくるべきじゃない?」

「むう、一理あるな」

「百理あるわよ」


 巴は自転車通学であり、彼女の家は百岡中からも柳町家からも離れている。

 延々と続く田んぼの横の細い道を、自転車で二十分は走らせると目的地が見えてきた。


「デカいな」

「巴の家は代々続く米農家だからね。納屋とかあるのよね」


 自転車を止めインターホンを押そうとすると、それまでキョロキョロとあたりを見渡していた蒼真が口を開いた。


「……もしかしたら、俺を呼んだのは正解かもしれんぞ」

「どうして?」

「この家、霊の気配がする」

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