第11話 新米陰陽師誕生!

「はあはあはあ、どうやらまいたみたいね……」


 柳町椛は、物陰に隠れながら周囲を伺った。

 とんでもない数の鬼火を前に逃亡したのが二十分程前。幸い鬼火の動きは遅く、なんとか逃げ切ることができた。


「蒼真とははぐれちゃったか」


 椛は先ほどのやりとりを思い出す。


『学校の外に逃げましょうよ!』

『だめだ! これだけの数が町に溢れたら、今度は町中で昼間のような事が起きる。怪我人じゃすまないかもしれない。俺が囮になるから君は逃げろ!』


 正体が龍である蒼真ならきっと大丈夫だろう。

 けれど霊力の行使が実質封じられている以上、打つ手はないはずだ。


「それにしても、夜の学校ってなんでこんなに気味が悪いのかしら」


 週五日、ほとんど毎日通っているはずなのに、夜というだけで不気味に感じる。

 静まり返った廊下、わずかに差し込む月の光、時折聞こえる風の音。その全てが恐怖のハーモニーを奏でている気さえしてくる。


「慌てて駆け込んだけれど、そういえばここはどこなのかしら?」


 暗闇に目が慣れたところで、注意深く部屋の中を観察する。

 そしてそこがどこだか気がつくと、彼女はニヤリと笑った。



 ☆☆☆☆☆



「ちっ、しつこいやつらだ」


 校舎四階の廊下を蒼真は走っていた。

 鬼火の動きは確かに遅いが、あまりにも数が多すぎる。

 その数は逃げ始めた当初よりも増えていた。


(力を使うか? いや、それでは……。くそ、早く椛の元へ戻らなければいけないというのに!)


 護衛対象である椛と離れている事実に、正木蒼真は焦っていた。

 全ての発端は蒼真の判断ミスだ。

 幽霊騒ぎと感じた霊魂の反応から、彼は実践練習にちょうどいいと考えた。


 だが現実はこうだ。

 想像を遥かに超える数を相手にし、彼自身が囮として逃げ回っている。

 このままではと同じ。苦い記憶が蒼真の頭に蘇る。


(せめて一瞬でも動きを止めてくれれば……!)


 遅いとはいえ、動く――それも多数の相手に攻撃を当てるのは骨が折れる。せめて一瞬でも動きを止め、さらには密集でもしてくれれば少ない霊力で消滅させることも可能だろう。


 焦る蒼真の耳に、声が聞こえた――。


「――ま! 蒼真!」

「椛!」


 グラウンドに出た椛が大きく手を振って叫んでいる。


「蒼真、鬼火を一階に誘導してちょうだい!」

「ダメだ、危ない!」

「私に良い考えがあるの!」

「……わかった!」


 どちらにせよこのままでは埒が明かない。そう考えた蒼真は、椛の良い考えとやらに賭けてみることにした。


 階段を飛ばして降りて一気に一階へ。

 職員室の前あたりで、椛が手を振っていた。


「こっちよ!」

「了解した。だがどうする?」

「まあ見てなさいって。この部屋!」


 誘導されて部屋の中へと入ると、床一面に紙が散乱していた。

 ただの紙ではない。文様が描かれている。


「学校にはね、印刷室ってものがあるのよ! ごつい業務用コピー機が置いてあるね。さあ、文明の利器の力をくらいなさい!」


 蒼真に遅れて入ってきた鬼火が集まったところで、彼女はその手に霊力を集中させる。

 そして「悪霊退散!」の声とともに、床一面に散らばった紙――御札をコピーしたものが一斉に光りだす。


「これで……!」

「だめだ!」


 御札のコピーは部屋を埋め尽くすほどだが、先ほど一枚の御札を使った時よりも光が弱い。実際、鬼火は動きこそ止めたものの、消滅する気配はない。


「どうして!?」

「呪符の類はただの文字や文様ではない。血や唾液を混ぜ、霊力を注ぎ込みながら描く墨だからこそ効果がある。複製では弱い」

「そんな!」

「だがこの一瞬があれば十分だ……!」


 蒼真がそう叫ぶと、彼の髪色は銀色に変わっていく。

 そして服装も白い神官装束へと変わると、出現した白鞘の刀を抜き放つ。


「魔を断て!」


 刀が蒼く光り輝き、その光が治まる。

 するとそれまでうじゃうじゃといた鬼火が、噓みたいに消え去っていた。


「ねえ、霊力を使って良かったの?」

「ああ。椛、君が鬼火たちの動きを止めてくれたおかげで、最小限の力で祓うことができた。礼を言う」

「お礼なんていいよ。むしろ助けてもらったのは私だし。ところで蒼真、あの鬼火は人のものではないと言っていたけど、それじゃあなんなの?」

「ああ、あれは動物霊だ」

「動物霊?」

「具体的には猫の霊魂だったな」

「嘘!? じゃあ本多先生が猫をひいちゃって、それを恨みに思って集まったとか?」

「そうではない。それだと吹奏楽部の怪奇現象は説明つかないだろ」

「じゃあなんで猫の霊が学校に集まるのよ?」


 椛の言葉に蒼真は悩むそぶりをみせ、「推測だが」と前置きをして話し出す。


「同じ猫科の鵺に追い立てられてここに集まって来たんだろう」

「いや、虎は猫科だけどさ」


 顔は猿だし尾は蛇だ。胴に至っては狸だから、猫科の部位の方が少ない。


「でもどうして学校に?」

「それは強力な霊力にひかれてだ」

「なにそれ。もしかして私にってこと? 鵺の事もだし、私が元凶じゃん」


 椛の高い霊力を狙って、鵺はこの町に訪れた。

 その影響で猫の霊たちは学校に逃げてきた。

 学校に集まったのも椛の高い霊力がきっかけだ。

 憑かれやすい少女柳町椛が呼び寄せてしまった。

 だが蒼真はそんな椛の言葉を、首を振って否定する。


「俺の霊力も影響したはずだ。霊は集まることで力を増した。そして現世に干渉し始めたのだろう。気に病むことはないさ。こうして祓ったのだし、君は責任をとった」

「ねえ、祓ったって猫の霊を殺したってこと?」

「いいや、力を散らしたんだ。やがては成仏するだろう。霊魂にとって現世を彷徨うよりも、そっちの方がずっといい。おめでとう椛、君は陰陽師として初の仕事を見事やりとげた」

「そうか。そうなんだ」


 陰陽師。どこか空想の産物のような言葉だと思っていたが、その瞬間、椛は初めてその言葉をリアルに感じた。

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