第10話 百中鬼火祭り

 時計の針は真上。深夜零時を回るころ、百岡中学校の裏門をよじ登る二つの影があった。


「ねえ、本当にやるの?」

「当たり前だ。さあ、椛も早く」


 蒼真の助けを借りて、椛も門を越える。

 夕方細工をしたという窓を開けると、校内に侵入した。


「ああ、不法侵入ごめんなさい」

「問題ないだろう。俺たちはこの学校の生徒だ」

「そういう問題じゃないのよ。そういえばお父さんたちは? 夜中起きて私たちがいなかったら騒ぎじゃない?」

「大丈夫だ。寝室に睡眠の結界を張ったから朝まで起きない。宿直の教諭も同様だ」

「へえ、便利……」


 二人がこんな真夜中に学校に侵入するのには理由がある。

 きっかけは、巴が話した幽霊騒ぎだ。


 吹奏楽部の楽器を浮遊させ、本多教諭の愛車トヨタアクアのフロントガラスを大破させたのは、蒼真に言わせれば霊に類する者の仕業らしい。彼が数人に聞き込みを行ったところによると、ここしばらく同様の器物破損事件等が起きているようだ。


「で、その幽霊を私たちが退治しないといけないわけ?」

「その通りだ。君も愛する学び舎の危機は見過ごせないだろう」

「単なる田舎の公立中の百中ももちゅーにそんな母校愛抱いてないんだけどね」

「それにおそらく相手は低級霊だ。実践練習にはちょうどいい」

「大丈夫かなあ……」


 もちろん蒼真の事は信頼している。だが椛は土日に数時間練習しただけのにわか仕込みで、陰陽師の術がどうこうできる気がしない。


「あ、そうだ。スマホの連絡先教えといてよ」


 鵺に襲われた後も御札の件などがあり、慌ただしくて聞いていなかった。思い出した椛はポケットからスマホを取り出して訊ねる。だが蒼真はフルフルと首を横に振った。


「持ってないぞ」

「え?」

「俺はを持っていない。あの手の道具は使い方がわからん」

「とりあえずスマートフォンね。フォン」

「そうだったか? とにかくぱそこんやら、ああいうしたものはようわからんのだ」

「ピコピコって。おじいさんかよ」


 いや、今時老人でもスマートフォンを使いこなす。現に椛の祖父は動画サイトにはまっている。


「あー、優衣ちゃんが連絡先聞いて拒否られたってそういう理由……」

「おい、雑談している暇はないようだぞ」


 ヒュンと、暗い廊下の先でなにかが動いた気がした。それはだんだんこちらへ向かってきており、淡く光るその姿が明らかになる。


「ひ、人魂ひとだま……!」


 それはソフトボール大の大きさの青い火の球だ。

 ゆらゆらと不気味に廊下を浮遊している。


「人のものではないので鬼火おにびだな」

「どっちでもいいのよ! 逃げるわよ!」

「逃げる? どうして? さあ、構えろ。君は陰陽師だ」

「うっ……」


 どうやら本当に戦わなければならないらしい。

 観念した椛は、バッグからたった一枚の札を取り出す。

 そして、蒼真と練習したように念を込めると、ペラペラの紙はピンと張った。


「いいぞ、上手く霊力を流し込めている」

「もう投げてもいいのかしら?」

「まだだ。もう少し引きつけて。まだ、まだ、よし今だ!」

「いけっ!」


 まるでトランプを投げるように、椛が御札を放つ。

 それは真っすぐに飛んでいき、意思を持つように鬼火に張り付いた。


「悪霊退散!」


 そう叫ぶとともに、霊力を注ぎ込む。

 全身の血が手の平に集まるような感じだ。

 その構えた掌底から、御札に力が伝わることを意識する


 すると御札は光り輝き、鬼火を包み込む。

 その光が消えた時、鬼火の姿はそこにはなかった。


「……やったの?」

「ああ、素晴らしい術だった」

「良かったあ……」


 椛がほっと胸をなでおろすと、蒼真は落ちていた御札を拾い手渡してきた。


「まだ何度か使える。持っておいた方が良い」

「それって使いまわすんだ……」

「一流の陰陽師が丹精込めて作り上げたものだからな」

「へえー」


 椛の脳内に豆腐職人っぽいイメージが浮かぶが多分違う。


「ねえ、これで終わりでしょ? なら早く帰ろうよ。明日も学校じゃん」

「いや、そういうわけにはいかないようだぞ」


 そう言って蒼真は、鋭い目つきで廊下の先を睨む。

 いる。薄暗い廊下の先に、鬼火が。


「じゃあさっきと同じ要領ね。任せと――いっ!?」


 意気揚々と御札を構えた椛は青ざめる。

 浮かんでいるのは、鬼火一つではない。

 一、二、三……全部で十どころじゃない数が浮かんでいる。


「ちょっと、さすがにあの数は私には無理だって」

「そうだな」

「ならわかってるでしょ? ちゃっちゃとやっつけてよ」


 あの強力な鵺と渡り合えた蒼真なら、鬼火なんて何体でも相手にできるだろう。そう期待を込めて見ると、当の蒼真は首を振った。


「無理だ」

「どうして?」

「俺は人間体でいるために常に霊力を消費している。そして椛、君は鵺に狙われている。ここで力を使ってみろ。それを嗅ぎつけた鵺と、霊力を使い果たした状態で相対することになる」

「え、でも大丈夫だと思ったから私を連れてきたんじゃないの?」

「そうだ。だが俺は学校にいる低級霊は多くても十体ほどだと考えていた。その程度ならどうとでもなると」


 目の前に浮かぶ鬼火は、ざっとその倍、いや三倍はいる。


「つまりこの状況は?」

「想定外だ」

「冷静に言ってる場合かこのボケナスソーマ!」

「そうだな。……逃げろ!」

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