第8話 蒼真の正体

「さて、どこから話そうか」


 正木蒼真は椛の部屋でせわしなくうろうろとしながら、そんなことをつぶやいた。椛はというと、帰宅してゴクゴクと麦茶を三杯飲み干し、母秘蔵のゴディバのチョコレートを二、三個口に放り込むとようやく落ち着きを取り戻していた。


「柳町、“おお婆様ばあさま”を覚えているか?」

「“大お婆様”? もちろん覚えているけど……」


 大お婆様は椛の母方の親族だ。お婆様というが椛の祖母の姉のと辿っていった先の遠縁も遠縁にあたる人物で、椛も記憶の無い赤ちゃんの頃に会ったきりの人物だ。


 大お婆様は百歳を超える、本当ならギネスに載っているはずだが拒否して載っていないとも言われる大変長寿な人で、長らくご本家のトップに鎮座していた。


 そんな大お婆様が亡くなったのは、彼女が小学二年生に進級する前の春休みだった。思えばその葬儀に行って以来、彼女は“見える人”になったので、大お婆様の名は記憶には強く刻まれている。


「その大お婆様の生業なりわいについては?」

「えっと、確か占い師みたいなことをしていたんだっけ?」


 大お婆様がそのような事をしていたという話も、葬儀の時に聞いたものだった。芸能人や大企業の経営者、果ては政治家まで相談に訪れていたらしい。


「占い師か。それもある意味では正しい。大お婆様、彼女の本来の生業は陰陽師おんみょうじだ」

「陰陽師? それって御札でバーンみたいな?」

「抽象的な表現だな。まあおそらく、柳町の想像通りだ。大お婆様――というより君がご本家と呼ぶ家系は、古来よりあやかしと戦ってきた陰陽師の一族だ」

「冗談でしょ? そんなのマンガの世界じゃん」

「人ならざる者が見える君が、なにより先ほどの戦闘を見た君がそういうのか?」

「そ、それは……」


 椛にとって幽霊が見えるということは、単に人より目が良い勘が鋭いくらいのものという感覚だった。だから先ほど見たような戦闘なんて、非現実的で創作物の中の存在だという認識がある。だが、蒼真の真剣な眼差しと、何より先ほど見た光景がなによりの証拠だった。


「なにもオカルトで非現的な話ではない。律令制時代の日本では陰陽師というのは立派な役職だったのだ。国家の為に吉凶を占い、災害やその原因たる妖をはらう。しかし科学の発展で次第に役割を失った。柳町も安倍晴明あべのせいめいくらいは聞いたことがあるだろう?」

「あー、なんとなく?」


 安倍晴明は平安時代に活躍した、最も有名な陰陽師だ。時の天皇の信任も厚く、当時から数々の伝説が残っている。子孫の土御門つちみかど氏は代々続き、陰陽師の大家として栄えた。近年ではマンガや映画の題材になることも多い。


「柳町家はそれに比肩する陰陽師の大家だ。その血は代々高い霊力を受け継いできた。君は傍系も傍系だが、なにかしら要因があって先祖返りのようにその力が発現したんだろう」

「私が幽霊とか妖怪とか見えるのは、血筋ってこと?」

「そうだ。そしてそれが鵺に狙われている理由でもある。ご本家はずっと鵺を追っていた。そしてどうも君が狙われていること、君の霊力が高いことをつきとめた」


 柳町の一族は妖を退治する一族であると同時に、その高い霊力から鵺のような妖怪に狙われやすい一族でもあるのだ。通常、椛ほど遠縁になるとその霊力は薄まる。実際、ほとんど霊力を持たない椛の両親は狙われないというのがご本家の見立てだった。


「ふーん。で、あんたが私の事を護るために派遣された陰陽師ってわけ? でもすごいのね、陰陽師って。急に髪は銀色になるし、皆そうなの?」

「いや、皆ではない。というか俺は陰陽師ではない」

「どういうこと?」


 陰陽師でなければなんなのか。話が見えず、椛は疑問に思う。

 蒼真はそんな疑問に対し、一段と神妙な面持ちになって口を開く。


「俺は陰陽師ではない。というか人でもない」

「人じゃ……ない? でもあんたは他の人からも見えて……」

「それは俺が見えるようにしているだけだ。俺の正体はりゅうだ」

「りゅ、龍ですって……?」


 龍。竜。ドラゴン。目の前に立つ学生服姿の少年が、伝説に謳われる存在だと名乗り椛は困惑する。というか龍って緑茶飲むんだと、混乱しすぎてわけのわからないことばかり頭に浮かぶ。


「俺は昔、柳町家に世話になった。以来、柳町家に仕えている。式神というやつだ。知っているか?」

「い、いいえ……」

「陰陽師の使役する神霊のことだ。術の行使に力を貸したり、こうやって護衛したりだ」


 混乱していた椛も、少し落ち着きを取り戻す。

 蒼真が龍だと言うのなら、鵺と渡り合えたのも納得だ。

 聞きたい事は山ほどあるが、まず一番に聞かないといけないことを閃く。


「龍ってことは、本当は親戚じゃないんだよね?」

「そうなるな。仕えているだけで血縁ではない。柳町を騙そうとしたわけではないんだ。すまない」


 血縁ではない。その言葉が三度椛の中で鳴り響くと、まるで難攻不落の刑務所から脱獄に成功したように、心のなかで渾身のガッツポーズを決めた。


「ねえちょっと」

「なんだ柳町?」

「その柳町って呼び方やめてくれる? 紛らわしいし、私には椛という立派な名前があるんだけど」

「いや、君がそう呼べと――」

「つべこべ言わない! 命の恩人に名前呼びを許さないほど、私は心の狭い女じゃないのよ。だいたい戦闘中はそう呼んでいたじゃない」


 椛は先ほどまでとは違うにこやか笑顔だ。その突然の豹変ぶりに驚く蒼真に、手が差し出される。


「鵺はまた来るかもなんでしょ? 護衛、改めてよろしくね蒼真」

「ああ椛、こちらこそよろしく頼む」

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