第7話 鵺との激突!

「生胆……? 生胆ってなに?」

『内臓でやんす。狂暴な妖怪は力を強めるために、霊を見ることができる霊力れいりょくの高い人間を食らうでやんす。鵺はきっと、姫を狙ってここへ来たでやんす!』

「嘘……」

『嘘じゃないでやんす! だから姫、早く逃げるでやんす!』

「でも、足がすくんで……」


 一歩も動けない。そうしている合間にも、鵺は一歩ずつ近づいてくる。舌なめずりをして、まるで食事の時間を楽しむかのように。そして、鵺が飛びかかる――。


『生胆おおおっ!!!』

「きゃあああ――って、痛くない……?」


 あまりの恐ろしさに瞳を閉じる寸前、見えていたのは椛を食らわんとせん鵺の鋭い眼光と、それよりも鋭い虎の前足だ。だが、数秒経っても予想していた痛みがおそうことはなかった。


 だから勇気を出して。心の底から振り絞って、ゆっくりと瞳を開ける。

 椛と鵺の間に誰かがいる。それはもちろん彼女の足に震えながらしがみついている豆腐小僧ではなく、黒髪に見慣れた学ラン姿の――。


!?」


 同居人、正木蒼真がそこいた。

 鋭い爪がある鵺の前足を、がっしりと受け止めている。


「え、正木君がなんで? というか鵺が見えるの? え、でもなんで?」

「椛、混乱するのはわかるがここは任せろ。お前の事は必ずこの俺が守ってやる」


 まるで状況がつかめない。目の前では一昨日までは謎の転校生、そして今は遠縁の親戚らしい同居人が、虎のような化け物の前足を受け止めている。それも素手で。


『キュオオオン! その女の生胆をよこせ!』

「誰が貴様なんかにやるかよッ!」


 いつの間にか無人の公園内を縦横無尽に駆け巡り、隙を見ては椛を襲おうとする鵺。そしてそれを防ごうと、大型獣のような鵺相手に大立ち回りをみせる蒼真。混乱する椛を嘲笑あざわらうかのように、眼前では非現実的な光景が繰り広げられていく。


「ちょ、ちょっと豆腐小僧。これってどういうことなのよ!?」

『あっしに聞かれても困るでやんす。ただひとつだけ言えることは――』


 豆腐小僧の言葉は、激しい衝撃音にかき消された。

 鵺と蒼真、二人の激しい戦いの余波で吹き飛んだ自販機が、近くに落ちてきたのだ。


「正木君! これ以上被害が大きくなると、さすがに……!」


 不自然な事に先ほどまで周囲を歩いていた人がまったく見当たらないとはいえ、騒ぎが大きくなれば次期に警察がやってくるだろう。そしたらどうなる? 鵺が他人には見えない以上、あとに残るのは椛と蒼真、そして大破した自販機だけだ。


「わかっている。鵺よ、というわけだ。そろそろ決めさせてもらうぞ」

『なめるなよ小僧、人の子の分際で!』

「それはどうかな?」


 一瞬で空気が変わった。

 それまで周囲を包んでいた、重苦しい空気が澄み切っていく。


「正木君……なの?」


 黒かったはずの学ランは平安貴族のような装束しょうぞくへと変わり、その白い姿はまるで神主だ。なにより椛を戸惑わせたのは髪色だ。美しい黒だった髪色は、同じく美しいが輝くような銀色へと変貌していた。


 そしてその手には――純白の鞘に納められた刀が握られていた。


『こけおどしを!』


 鵺はキュオオオンと不気味な雄叫びをあげると、一直線に蒼真めがけて突っ込んでくる。凶悪なその爪には、これまでとは比べ物にならないほどの妖力が宿るのを椛は感じた。


 対する蒼真はというと、ただ静かに、しかし力強く、純白の鞘から刀を抜き放ち構える。その刀身は不思議と蒼く輝いて見えた。


「魔を断て!」


 一閃。輝きがほとばしる。

 まぶしすぎて何が起こったのか椛にはほとんどわからなかったが、次の瞬間、あの凶悪な鵺の巨体はどこにもなかった。


「逃がしたか……」


 蒼真は悔しそうにそうつぶやくと、椛の方へと向きなおった。


「椛――いやすまん。柳町、怪我はないか?」

「えっと、そのあのえっと……」

「鵺は去った、怯える必要はない。落ち着いて話せ」

「怪我はない。大丈夫。ありがとう。……その、正木君なんだよね?」

「……そうだが? ああ、そういうことか」


 一瞬疑問の表情を浮かべた蒼真だったが、椛の困惑が自分の姿によるものだとすぐに思い至った。瞳を閉じ、気を落ち着かせる。すると蒼真の髪色は元の黒へと戻り、服装も椛の見慣れた黒い学生服へと戻った。


「説明、してくれるんだよね?」

「もちろんだ。だが先にここを離れようか。鵺の妖気で遠ざかっていた人々が戻ってきている」


 蒼真にそう言われて見渡すと、驚いた表情の大学生や、スマホを取り出して写真を撮ろうとする女性が集まってきていた。彼らの目線は戦いの痕跡――ひしゃげた自動販売機や、タイルを剥がした巨大な爪の跡を彷徨い、そして椛たちを見つける。


「さあ、急ぐぞ」


 急かす蒼真に手を引かれ、椛は半ば呆然としたまま公園を後にした。

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