第5話 第三十七回柳町家家族会議

 父健人けんと、会社員。地元の中堅不動産会社に勤める。

 母寧子ねいこ、主婦。地元のスーパーで週四日パートをしている。

 そして椛。それが柳町家の全てだ。いや、全てのはずだった。


「そんな柳町家に新しい仲間が加わりまーす!」

「いや仲間が加わりまーすじゃないのよっ!」


 シルバニアファミリーに新しい森の仲間が加わるコマーシャルのような気楽な調子の母に対し、椛は立ち上がって抗議する。父親の帰宅を待ってから開催された、第三十七回柳町家家族会議は紛糾していた。


 議題は正木蒼真の同居について。出席者は柳町健人、寧子、椛、そして真顔で緑茶をすすっている正木蒼真その人である。


「まあまあ、椛落ち着いて」

「落ち着けんわ! いや、え、なんで正木君が一緒に住むわけ!?」

「だから言ったでしょ。彼が父さんの遠縁の親戚で、“ご本家”から頼まれたって」


 “ご本家”は父健人側の親戚の、京都に本邸がある歴史ある家柄だ。椛も二回だけ行ったことがあるが、その本邸の巨大さには驚かされた。


「京都から転校してきたって言った時に気づいていれば……。ねえお父さん、なんでこんなに大切なこと事前に教えてくれなかったのよ!」

「え、聞いてなかったのか? おかしいな。お母さんに伝えといてくれと言ったんだが」

「え、椛に言ってなかったっけ?」

「聞いてないって!」


 両親は少しのんびりした所があると思っていた椛だが、さすがにこれはただのエラーじゃない。大逆転されて甲子園出場を逃してしまうようなタイムリーエラーだ。


「だいたいこういう大切な事って、ずっと前から話し合いをして決めないわけ?」

「いやね、GW中に急にご本家から連絡がきて、母さんたちも慌てたのよ」

「そうそう。父さんはGWに出張が入っちゃったし、椛も泊まりに出かけたりしていただろ?」

「うっ……」


 今年のGWは遊びに遊んだ。映画にショッピング、買い物、巴の家に泊まりにも行った。そして連休中に落ち武者にとり憑かれて、そのことでも頭がいっぱいだった。


 冷静になって思い返してみると、連休の中頃に母が何か喋りたそうだったのを椛は覚えている。きっとそうこうしているうちに連休は終わり、迎え入れるための準備や日々の生活で伝え忘れてしまったのだろう。


「まあ椛には悪いけれど、もう決まっちゃったのよ。それともなに、椛は蒼真君の事が嫌い?」

「そ、そんなんじゃないけど……」

「じゃあいいじゃない。はい、これで家族会議終わり!」


 おっとりしたところのある母の寧子だが、やや押しの強い部分もあり柳町家の家族会議はだいたい彼女の押し切り勝ちで終わるのがお決まりだった。


 話が終わったと見た蒼真は湯呑を置き、なにか納得がいったのかうなずく。お茶請けのせんべいを実に七枚は平らげていた。


「ではそういうことで、今日からお世話になります。椛もよろしく頼む」

「名前で呼ばないで!」

「む、だが一緒に暮らすのだから、親しみをこめて。それに名字で呼ぶとややこしくないだろうか?」

「呼ばないでくれるかしら、ま・さ・き君!」

「……む、了解した」


 つい先刻、一緒に帰っていた時とはまるで違う椛のすごみに、さすがの蒼真も気圧けおされてコクコクと何度もうなずいて態度に現す。


「もう一緒に暮らすのは受け入れるからルールは守ってちょうだい。私の部屋に勝手に入らない、お風呂は私が先に入る、私のアイス勝手に食べないで。それから……」

「それから?」

「一緒に暮らしていること、学校では言わないで」

「わかった、善処する」

「なに改善しない政治家みたいなこと言ってんのよ。いい、絶対に学校で言うんじゃないわよ。もし言ったら翠梅寺川に簀巻きにして放り込むからね! 以上! 私は疲れたからもう寝る!」


 眉間にしわを寄せすぎて、漬かり過ぎの梅干しみたいになっている椛は勢いよくそう言い放つと、自室に向かおうとする。蒼真はそんな椛の肩をつかんだ。


「ちょっと待ってくれ、もみ――」

「あ゛あ゛ん゛?」

「――や、柳町、君に話しておきたいことがあるんだ」

「さっき言ったこと聞こえなかった? 私は疲れたからもう寝るの。あ、そうそう、通学時間もちゃんとずらしてちょうだいね。お休み、正木君」


 蒼真はなにか言いたそうにしていたが、椛は構わず彼の手を払いのけ、ずんずんと階段を上り、バタンと勢いよく自室の扉を閉めた。そして明かりもつけずにベッドへとダイブした。


「はあ、親戚か……」


 そのつぶやきは、夜の闇に溶けた。

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