第4話 ある帰り道

「ねえ巴、正木君ってどんな人なのかな?」


 豆腐小僧の一件から数日、憑かれやすい椛にしては珍しく平穏な学校生活を送ることができていた。そんなある日の昼休み、何気ない調子で椛は巴に尋ねた。


「なになに、椛も蒼真君狙い? 競争率高いぞ~」

「いや、この前も偶然会ってね。どんな人なのかな~って」

「お、偶然を装ってアタック? やるねえ~」

「そんなんじゃないよ。正木君、なんかよく会うんだよね。近所に越してきたのかなって」


 正木蒼真が転校してきて一週間。神社での一件以来、椛は蒼真とよく出会う。

 ある時は夜のコンビニ、ある時は休日の駅前。実に七日中六日。偶然にしては頻度が高すぎるし、少なくとも近所に越してきたのは間違いない。


「なに、逆に蒼真君に狙われてる的な?」

「いやあ、それはないと思うけど」

「うん、ないでしょ」

「おい」


 流れでつっこみはしたものの、実際のところ正木蒼真が自分の事を気にしている――ましてや好きだなんて、椛も夢にも思っていない。


 なにせ正木蒼真ときたら、転校して一週間だというのに二年二組の中どころか他クラス、いいや他学年にまで轟く人気ぶりなのだ。

 少し真面目で寡黙なところもあるが、無視をしてくるというわけでもない。話しかけたら答えてくれるし、そこは容姿の良さと相まって“大人びていてクール”だと逆に評価をあげていた。


「試しに連絡先でも聞いてみたら?」

「嫌だよ。優衣ゆいも拒否られたって言ってたし」


 クラスの中心的女子が連絡先を聞いて拒否され、それならインスタのアカウントでもと聞いても拒否され、おまけにクラスのグループチャットに勧誘しても拒否された。その話がつい先日なので、正木蒼真に連絡先を聞こうという勇気、あるいは無謀さは椛にはなかった。


「でも気になるんは気になるんでしょ?」

「それは、まあね」


 縁があると言えばスイーツ好きの落ち武者や、やたら健康志向な豆腐小僧などの非現実的な存在ばかりの椛にとって普通のクラスメイト――それも男子で噂の転校生とくれば、好きかはともかく気にならないわけがない。


 文武両道おまけに美男の男子と、たまに話をするご近所さんの関係。それも悪くない。そんな気をつかわない関係から発展する恋愛は多いのだ。椛が愛読する雑誌にもそう書いてあった。


「…………」


 教室の片隅を見れば、正木蒼真は今日も読書に没頭していた。時々周囲の生徒が話しかけては、「ああ」とか「いや」だとか、聞いているのか聞いていないのかわからない返事をしている。


 その光景に「私と話しているときの方が口数多いな」などと思ってしまうが、椛は首を振ってその考えを追い払い、巴とのとりとめない雑談に戻った。



 ☆☆☆☆☆



 放課後の帰り道は椛にとって憂鬱なものだ。特に夕暮れ時は。

 なにせ幽霊や妖怪の類といったら、相性の問題なのかやたらこの時間に現れる。

 だからなんらかの気配を感じた彼女は、反射的に歩く速度を速める。


(また豆腐小僧? いや、あいつは満足してどっか行ったし……)


 幽霊か、妖怪か、それとも都市伝説的な怪異か。いずれにせよ関わり合いになるとろくなことにはならない。そういう経験を椛は小学一年生の時に“見える人”になって以来、嫌というほどしている。


 自分のものではない足音が迫って来る。椛は小走りになる。それに合わせて後ろのナニかも速さをます。我慢できずに走り出す。だめだ、ナニかの方が速い。追いつかれる。


 そして、椛の肩に手が置かれた――。


「きゃああああっ――え、正木君!?」


 肩に手を置いた主。それは正木蒼真だった。

 蒼真は特に動揺せず、いつもの真顔を崩さず頭を下げる。


「すまない。見かけたから追いついて声をかけたのだが、驚かせてしまったようだな」

「いや、その、こっちこそごめん! えーっと、ストーカーだと思って」

「そうだな。女性の一人歩きは気をつけた方が良い。俺も無配慮だった」


 それから特に会話もなく、夕暮れの街を二人は歩き始めた。

 無言だが気まずさはない。むしろ椛からしたらわざわざ正木蒼真が自分に声をかけるために追いかけてくれたことが嬉しい。彼が椛の歩く速度に合わせてくれる気づかいも良い。


(これってひょっとしてひょっとするのでは?)


 好意を抱かない相手にここまでするだろうか?

 少なくとも、一緒に帰りたかったというのは勘違いじゃないはずだ。単に転校したばかりで心細いという可能性はあるが、正直舞い上がってしまうのは無理もない。


 だからそろそろ自宅が見えてきたところで、話を切り出した


「ほらあそこ。あの三件目の白い家がうちなんだよね。正木君も近くに越してきたんでしょ?」

「ああ、そうだ。理由があってこの一週間ホテル住まいだったが、今日からに住む」

「へえ、そうなんだ」


 少しだけ言い回しが気になったが、そんな話をしているうちに家の前まで着いたので、詮索はせずに別れを告げようとする。


「じゃまた明日――あれ、お母さん?」


 何か用があるのか、椛の母親が玄関先に出ていた。

 椛の母親は、椛そして隣に立つ蒼真を見てぱっと笑顔になる。


「あら二人とも、一緒だったのね?」

「あ、紹介するね。彼は正木蒼真君。先週来た転校生なんだ」

「うんうん、仲良くなってくれて良かったわ。だってんだしね」

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