第2話 サッカーとスイーツ
「だいたいあんた、なんで昨日の夜は踊り狂ってたの?」
『え? だってサッカー日本代表が勝ったでござろう』
武士なのにサッカー。その言葉に椛は寝不足ではないめまいを感じた。この落ち武者にとっては蹴鞠と似たようなものなのかと、無理やり納得して話を進める。
「私の部屋じゃなくて渋谷にでも行きなよもう……」
『そんなこと言われても、ワシは椛殿に憑いておるし』
「そもそもなんで私にとり憑いたのよ?」
この落ち武者の霊、
『なんかとり憑きやすそうだったし、ちょっと駅までワンメーターなノリでござる』
「ワンメーターって、私はタクシーか」
武士がサッカーやタクシーなんて横文字使うとは世も末だ。というか武士がノリとは。どうも語尾に「ござる」をつければなんでもいいと思っている節のある何とか左衛門を連れた椛は、帰り道の途中にある小さな神社の前で立ち止まった。
「さあ、着いたわよ」
『着いたって、ここは椛殿の家ではなくて神社ではござらんか。何用でここへ?』
「決まってるじゃない。あんたを成仏させるためよ!」
『そんな
「殺生もなにも、あんたもう死んでるでしょ!」
この佐藤なんとか左衛門が自ら語ったところによると、彼は戦国時代の
だから特に信心深くもないが、祭っている神様の名前さえ知らない神社で精いっぱい祈る。心の底から祈る。安眠を求めて。
「お願い神様、この悪霊を成仏させてください!」
『悪霊って、
「人の安眠を妨害する良い霊がどこにいるのよ!」
そんな風に騒いでいると、ふと気配を感じて振り返る。少し離れたところ――神社の入り口あたりに人影があった。その人物は、見覚えのあるすらりとした体形の学ラン姿。
「ま、正木君!?」
意外な人物に椛は驚く。そして次の瞬間、頭をよぎったのは不安だ。ついさっきまで彼女は、誰もいないと思っていた境内で、他人には見えない存在とあれやこれや言い争っていた。もしその光景を見られていたらまずい。何か聞かれたかもしれない。
「えーっと、正木君は今帰り? 家はこの近くなの?」
「……ああ、帰宅途中だ。家は……この近くだ。声が聞こえてこの神社に立ち寄った。そしたら君がいた」
転校初日に「寡黙」の印象をクラス中に植えつけた正木蒼真の表情は読めない。その涼し気な瞳はまるで心を見透かすようで、椛は落ち着かない。
「あの、何喋っているか聞いた……?」
「聞こえなかったが、願い事をしていたんじゃないのか? 神社だし」
「そ、そうそう願い事! もう願い込めすぎちゃって、ついつい大きな声になってさ。あはは……」
“放課後神社で大声の独り言を話す変な女”の称号を無事回避し、心の中で冷や汗をぬぐう。多感な思春期にはあまりにも辛すぎる称号だ。
「それじゃあ柳町さん、俺はこれで」
「うん、また明日」
なるべく笑顔で、自然に、上品さを心掛けて椛は手を振った。そして正木蒼真が完全に見えなくなったのを見計らって、佐藤
『拙者に対する態度とあまりにも違いすぎではござらんか? よ、面食い!』
「うるさい! 悪質な落ち武者に対する態度と、善良なクラスメイトに対する態度が同じでたまるか。だいたいあんたのせいで私が苦労しているんでしょうが。さっさと成仏しろ!」
正直なところ、偶然正木蒼真と出会ったことを快く思っていた。こういう些細なきっかけから恋は始まるのかもしれない。ピンチをチャンスにの精神だ。
だが目下の課題である佐藤なんとか左衛門は、椛の必死の願掛けにも関わらず成仏する気配はない。いくら美男の転校生とお近づきになっても、落ち武者憑きではバラ色の中学生活はおくれないだろう。
『だいたい拙者、成仏できんでござるよ。未練があるで候』
「未練?」
予想していなかった単語に椛は戸惑う。
乱世を生きたなんとか左衛門の未練なんて、想像がつかない。可能なら自分が解決可能な範囲であってほしい。例えばちゃんと弔ってほしいとかだろうか。彼は戦いで死んだと言っていた。その可能性はあるのではないか。などと、椛があれこれ考えていると、佐藤某は神妙な面持ちで口を開いた。
『某の未練、それは……』
「それは……?」
『流行のスイーツ、マリトッツォを食べることでござる!』
「はああああ!? スイーツってなによ、戦国時代にそんなもんないでしょ!」
『某は生きている頃から甘味が好きでござる。彷徨っているときにテレビで見たマリトッツォに一目惚れでござった。だからマリトッツォを食べるまで、成仏できないので候』
「ああ、もうわかったわよ。さっさと食べてさっさと成仏しなさい! ほら、行くわよ!」
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