第12話 お待たせしました、お待たせしすぎたかも知れません

 俺が筋肉痛は確定だ、などとしょうもない事を考えている間に嵯哭さないは動いていた。


お互いの胸の前で木剣のガードと木刀の鍔が交差している状態から角度を変えずに嵯哭さないは右脚を軸にして左脚を連れる様に右回転し木刀をバンティスの首の付け根にあて体を浴びせた。その瞬間バンティスは地面に転がった。


未だかつて試合で地に転がされた経験など無いのだろう。バンティスは唖然としている。


ブルース・リーに憧れ、実力は無いが武術書や動画をさんざん観てきた武術オタクの俺には解る。これって合気道みたいなものだよな。剣術と合気道は同じ動きだとか動画で言ってたし。


と、またまたくだらない事を考えていたら、嵯哭さないが止めの突き出す。


危険を察知したバンティスは、呆けた顔から真顔に戻り身体を捻って躱した。


立ち上がったバンティスは俺の実力を認めたのか、俺の顔を見て一拍間を取った。そして再び鋭い剣が襲いかかって来る。


嵯哭さないが前と同じように弾くと再び鍔迫り合いになった。


同じ手をくらうのを避ける為か、先に動いたのはバンティスで、押し込んで来た。


その瞬間、その動きに合わせるように嵯哭さないは左手を柄から離しながら右手を腕返しの感じでせり上げる。


バンティスが押し、嵯哭さないの左手が離れ、上に上がった木刀は回転し木刀の柄頭がバンティスの顎を襲う。


一瞬バンティスが怯んだ隙にバンティスの腕と腕の間から左手を入れ、木刀の柄を握り直すと逆さまになっている木刀を回転させバンティスの首の付け根に打ち下ろしながら後に移動する。


「ぐはっ」


嵯哭さないに引きずられたバンティスは腹ばいになって地に張り付いた。そこに容赦ない嵯哭さないの足刀蹴りが背骨に突き刺さる。


「ぐっ……ま、参った」


バンティスは上手く嵯哭さないに誘導されちゃったね。


会場の其処ら中からたくさんの悲鳴が聞こえる。バンティスに全財産を賭けた者が大勢いるのだろう。ご愁傷さまで御座います。


大番狂わせバンティス敗北の余韻でザワつく中でアンジュが次の試合を制し、2人とも明後日の準決勝に進む事となった。


大口を叩くだけの事はあって、アンジュの剣士としての腕は相当なものなのはよく判った。



ーーーー




「魔法もスキルも使えないのであれば剣の実力勝負、魔王と言えども私は負けない」



だから魔王じゃないと言ってるでしょ。分からんチンのエルフだな。ちょっとからかってやるか。


「ほう、魔王の私に向かって随分と大口を叩くではないか。そこまで自信が有るのなら1つ賭けをしよう、どうだ?」


「とうとう魔王だと認めたな。……賭けとは?」


「そなたが我に勝ったら、何でも望みを叶えてやろう。負けたらお前を魔物のガッツの姿に変えてやる。どうだ?受けるか」


「ガッツに……」


「ふん、怖気づいたか。たいした事がないのう、エルフは腰抜けの集まりか」


「くっ、バカにするな。よ、よし受けてやる」

「ちょっと、よしなさいよアンジュ」

「止めてくださるなセシリア殿」



こんな安っぽい挑発に乗るし、やっぱりダメダメ君だ。



ーー


「ヘイシロウ、あんまりアンジュを虐めちゃダメよ」

「解ってるって」






なんだかんだで翌日、アンジュとの試合が始まった。


アンジュの剣もバンティスと同じヴェルデュノール流の騎士の剣だが正確に言うと少し違う。


開祖ジェリオンスレイには2人の弟子がいた。ヴェルとデュノールだ。


ある日、後継者になる為に秘伝奥義の書3冊を賭け2人は試合をする事になったのだが、試合のさなか置いてある秘伝奥義の書を奪いに何者かが割って入って来た。


気付いた2人は阻止するべく動いたが間に合わず、ヴェルの手に1冊、デュノールの手に1冊、残りの1冊は何者かに奪われてしまった。


開祖に加え最初の弟子の2人に悟られず近づき、秘伝奥義の書を盗ったのだから盗人も相当の腕だったのだろう。


思わぬ事態になった為、開祖ジェリオンスレイの沙汰によって各々が残った秘伝奥義の書を持つ事になった。


なので、それぞれの手に残った秘伝奥義の書の内容は異なる為、当然、型や剣筋が違って来る。本来、2人が広めた剣術はヴェル流、デュノール流と呼ばれる所なのだが、源は開祖ジェリオンスレイの物という事で世間では2人の名を合わせてヴェルデュノール流と呼んでいる。


そういう意味でバンティスはヴェル流でアンジュはデュノール流と言う事になる。


アンジュの剣は両手持ちの剣だが通常の剣より一回り細めだ。それを活かして自由自在に両手持ちや片手持ちに変えての攻撃を仕掛けて来る。


片手持ちでの攻撃は剣の伸びが違う為、間合いの取り方が難しそうのだが、古武道の剣術に於いても片手で攻撃する技も有るので嵯哭さないは余裕で躱して行く。


決勝トーナメントに出てくる連中は、皆が達人の域に達しっているので技を出す予備動作が無い。


予備動作、起こりをいかに察知するかが勝負の肝になるが、これは各々のセンス、修練、洞察力によって差が出てくる。


これに囮の隙や偽の殺気などが加わり中々面倒くさい。


嵯哭さないが囮に引っかかり、自分の間合いに入ったと思ったアンジュは上段に振りかぶる。その瞬間、嵯哭さないはしゃがみ込み突きを放つ。


「な……に……っ」



嵯哭さないの木刀の先は、アンジュの身体には触れずに剣の柄頭の底を強打、振りかぶった状態で握られていたアンジュの剣は手からすっぽ抜けた形で遥か後に飛んで転がった。


「うぐっ!」


すかさずアンジュの向う脛に木刀が叩き込まれる。

『おお~痛そう』


片膝をついたアンジュの豊満な右乳房を持ち上げるようにして、手首を捻り横になった木刀の先が静かに突きつけられた。


嵯哭さないの腕ならば、距離が無く胸に付いた状態からでも、ブルース・リーのワンインチパンチの様な破壊力で肋骨の隙間を突き抜け、肺を抉る事は容易い事だろう。


「ま、参りました」




ーーーー


「さて約束だ、覚悟はいいな?」

「その前に1つ頼みが……」


「願いを叶えるのはお前が勝った時だった筈」


「わ、解っている……それとは別に王女様を国へ連れて行って欲しい。どうか頼む」


「解った、良いだろう。ではガッツに変えてやる、そこに跪け」


「くっ、無念」


「ガッツに変身せよ!$#%@&&」



「…………???」


「……うぷぷ」

「?」


「ヘイシロウ」


「解ってるって。アンジュ、俺に人を魔物に変える事など出来るわけがないだろ」


「……それでは、わ、わ、私を騙したのか?」

「そうだよ~ん」


「くうぅ~……アンジュ、一生の不覚」

「だからよしなさいって言ったのに」

「ふぇ~ん、セシリア殿~」


「お詫びにいい事教えてあげるよ。アンジュはフェイントを入れる時、唇の端が少し上がるそうだよ。気をつけな」


「えっ?」



ーー



これで残すは決勝のみ。奴隷の皆さん、お待たせしました。お待たせしすぎたかも知れません。もうすぐ助けに行きますよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る