第9話 龍の谷
トシヤがこの街にやってきて半年が経過。彼は16歳の誕生日を迎えている。この日はギルドマスターから呼び出しを受けており、受付に出向くとどうやら話が通っているようでそのまま部屋に案内される。
「今日はどんなご用件ですか?」
「トシヤ=アマギ、お前は今日で16歳になったんだよな」
「はい、そうですが」
「よし、わかった。今日からお前はDランクだ」
「ええぇぇぇぇぇぇぇ! 急に何が起こったんですか?」
「そんなに驚くことでもないだろう。お前は今まで年齢の規定でEランクに留め置かれていたが、実力的にはすでにCランク… いや、将来的にはそれ以上も狙える器だよ」
「そんなに活躍した自覚がありませんけど」
「バカを言っているんじゃない! お前が月に一度納入する魔物はどれもこれも十分Cランクの冒険者が担当するクエストに相当するんだぞ。さすがにいきなりCランクには出来ないから、ひとまず今日からDランクってことで納得してくれ」
「わかりました。そういうことでしたらお受けします」
普通の冒険者だったら飛び上がって喜ぶであろう突然の昇格にも、トシヤの反応は思いの外淡泊。
「お前は昇格して嬉しくないのか?」
「嬉しいですが、手柄をひけらかすのは良くないと教えられているので」
「ひょっとしてお前の母親の言いつけなのか?」
「まあ、似たようなモノです」
ギルドマスターの口から飛び出した「お前の母親」というフレーズに珍しくトシヤの体が一瞬だけピクリと反応する。
「そうか、さすがはSランクの冒険者だな。大っぴらに手柄をひけらかすのは周囲から反感ややっかみを買う場合がある。そういうところまで見越して子供を教育するとは、俺の立場としても見習うべき姿勢だな」
「そんな大そうなモノじゃありませんよ」
実はトシヤの父親は彼が幼い頃に亡くなっており、母親はSランクの冒険者ということで各地を飛び回っていた。そのためトシヤは12歳になるまで乳母兼お手伝いさんに育てられており、子供が親から受ける躾などもその女性から教え込まれたという過去がある。
話は逸れたが、ギルドマスターがやけに真剣な表情でトシヤに問いかける。
「ところでお前は将来どうするつもりだ?」
「将来と言いますと?」
「このギルド支部ではCランクの冒険者までの認定しかできない。Bランク認定は国内の主要な5つの街で、Aランクになると王都にあるギルド本部でしか受けられないんだよ」
「そんな仕組みになっていたんですか」
「それがお前の唯一の欠点だぞ! 世間に疎すぎる」
「すいません、毎日の生活に追われていまして、世間一般のことを考える暇がないんです」
「お前は何を言っているんだ? 金だったら十分に稼いでいるだろう。一体どこに生活に追われるなどとほざく余地があるんだ?」
「まあ、色々と」
トシヤは言葉を濁しているが、彼は何もお金に困って生活に追われているわけではない。モトヤから教わった剣の修行にサクラから習った体術の訓練。さらにミスズが伝授した魔法の研究に加えて日本語のより完全な習得のため夜遅くまで本を読むという普通の人間だったらとてもこなせない日課を自らに課している。生活に追われているというよりも時間に追われていると表現するほうがより正確な状況。したがって余計な物事に頭を使う余裕がないというのが実情となっている。
「本来ならお前のような有望な若者はギルドマスターとして手放したくはないんだが、お前はこの小さな街の支部に収まるような人間じゃないだろう。いずれはどこか別の街に拠点を移すことを考えたほうがいいぞ」
「そうですね… どこがいいんでしょうか?」
「そうだな… やはり王都が一番じゃないかな。何しろこの国で量といい質といい最も多くの冒険者が所属している。AランクやBランクも結構な数にのぼるし、一度どんな場所なのか覗いてみるのもいいんじゃないのか」
「そうですね。もうちょっとこの街でやり残したことを片付けたら王都に向かいます」
「ああ、それがいいだろう。それまでの間はこの街に貢献してくれよな」
「はい、わかりました」
このようなギルドマスターとの話し合いから4か月後、冬の寒さが徐々に弱まり出したころにトシヤは辺境の小さな街を旅立って王都へと向かうこととなる。
◇◇◇◇◇
トシヤが過ごしていた街は王国の中心部から見れば十分辺境と呼ばれる場所。もっとも彼が生まれ育ったのはここからさらに馬車で3週間ほど進んだ魔境とか深淵なる森と呼ばれる誰も足を踏み入れない鬱蒼とした原生林が広がる地域に隣接した本当に小さな街。なのでトシヤからしたらこの街といえども十分に生活しやすいと感じていた。
そんな1年半に渡って暮らした慣れ親しんだ街から旅立とうとするトシヤ。冒険者ギルドで挨拶を済ませると、ギルドマスターやカウンター嬢がわざわざ見送ってくれる。
「トシヤさんがいなくなると納入される素材が心許なくなります」
「この1年半、よくぞこの街のギルドに貢献してくれたよ。お前の今後の活躍に期待しているぞ」
「どうもお世話になりました」
ペコリと頭を下げて出発するトシヤを手を振って見送ってくれる。顔見知りになった冒険者は建物の外に集まっており、彼の肩や背中をバシバシ叩きながら声をかける。
「お前ならもっと立派な冒険者になれるはずだ。頑張れよ!」
「頼りになるヤツがいなくなって寂しいぜ」
「この街は俺たちがしっかりと守っていくから心配するな」
「元気でな。いつかどこかで会ったら一杯付き合えよ」
この場に居並ぶ冒険者たちは誰もがトシヤにとって見知った顔ばかり。時には彼らに協力してクエストを達成した仲間でもある。冒険者というのは初めのうちはとっつきにくい連中ではあるが、一旦気を許して仲間と認めてくれると途端に気のいいヤツらに打って変る。
「皆さん、本当にお世話になりました」
ギルド関係者と同様にペコリと頭を下げるトシヤ。心の中にはこの1年半の様々な思い出が去来しているが、それを顔に出すことなく飄々とした態度で歩き出す。一度も振り返らずに街の外に向かって歩くトシヤの頬には一筋の涙が流れるのであった。
◇◇◇◇◇
話は1年半ほどさかのぼって、ここは龍の谷。サクラがイシュタルの亡骸を安置するためにやってくると、真っ黒な山が突然動き出して彼女の前に躍り出る。
「何者だ! この地に人間が足を踏み入れるなど罷りならん!」
「なんだ、誰かと思ったらバハムートだね。私の顔を見忘れたのかな?」
「むむ、その声はもしかしてサクラか?」
「相変わらず人間の顔を覚えるのが苦手なんだね」
「ふむ、人族などどれもこれも同じに見えてしまって我には覚えようがない。声を聞いてようやく何者か判別しておる」
「私の声を覚えていてくれて嬉しいよ」
「して、サクラよ。そなたは何をしにこのような場所に参ったのだ?」
「イシュタルとの盟約を果たしに来たんだよ。亡骸を運んできたから、この場所に安置して弔いたいんだ」
「おお、それは苦労を掛けたようだ。実は我もイシュタルがこの場にやってくるとの念話を聞いて3年ほど待っておったのだ。それっきり何の応えもなくて心を痛めておったが、ここまでやってくる力も残っておらなかったのか?」
「色々と事情があってね。……というわけなんだよ」
「ほほう、イシュタルが加護を与えたそなたの子孫か。中々面白い存在がいるものだな。さて、よもやま話は尽きぬが、ひとまずはイシュタルに永劫の安眠を与えようではないか。我の背に乗ってくれ」
「助かるよ。どうやって谷底まで降りようかと思案していたからね」
ということで漆黒の古龍バハムートはサクラを背に乗せてフワリと飛び上がると、優雅に翼を広げて谷底へ舞い降りていく。
谷底の開けた場所に降り立つと、バハムートはサクラに声をかける。
「崖を切り崩した窪みにイシュタルを安置してもらえるか」
「へぇ~、龍の谷ってこんな風になっていたんだね。初めて見たよ」
「他言は無用だぞ」
などと言いつつ、サクラは崖をキッチリと切り崩してある場所にアイテムボックスから取り出したイシュタルの遺体を安置。次にバハムートが魔力でその遺体を硬化させながら翼を広げた雄々しきポーズにしていく。最後に石化の魔法をかけると、ユーラシア大陸に中央部によく見られるような崖を切り崩した場所に安置される磨崖仏のような姿のイシュタルの像が出来上がる。
「これでイシュタルも大地と合一してこの世界に広く加護を与える存在となった。我ら古龍はイシュタルを忘れることはないだろう」
「なるほど、大地と一心同体になって安らかに眠るんだね」
これがこの世界における古龍の真の最後の姿なのであろう。イシュタルと同様に崖の窪みに眠る石化して像となった多くの古龍の亡骸がこの龍の谷に眠っている。
「さて、イシュタルの埋葬も終わったゆえ、我もこの場を去るとしようか。待てよ… 人の気配がしてくるぞ。サクラよ、我の背に乗るのだ」
「龍の谷を荒らす連中かな? ちょっと様子を見てみようか」
こうしてサクラとバハムートはイシュタルの亡骸に別れを告げて谷底から舞い上がっていくのだった。
◇◇◇◇◇
こちらは龍の谷と目と鼻の先にある荒野を進む一行。
「アラン様、噂に聞く龍の谷はもう目と鼻の先ですよ」
「きっととんでもないお宝が眠っているに違いありません」
どうやら古龍にとって最も神聖な場所を荒らしに来たのは勇者パーティーのよう。トシヤを追放した後に各地で様々な冒険をしていた折にどこからかこの龍の谷の話を聞きつけて、財宝を手に入れようとノコノコやってきている。
「勇者ともなればドラゴンの財宝のひとつも手に入れておかないと格好がつかないからな。さて、これだけ苦労してやってきたのだからそれに見合った報酬が手に入るといいな」
勇者アランの表情はすでに財宝を手に入れたも同然のお気楽な表情。彼はこのところ冒険者ギルドや各地の貴族から依頼されたクエストが順調に達成できていることもあって気が大きくなっている。いや、より正確に言えばおのれの力を過信している。
そんなパーティー一行の頭上が急に暗くなったと思ったら、彼らの目の前に漆黒の巨体が徐々に高度を下げて地上に舞い降りてくる。
「汝らは何者か?」
「俺は勇者アラン! ドラゴンの財宝を手に入れるためにはるばるやってきた」
バハムートの問い掛けに虚勢を張って答えるアランだが、彼の内心では冷や汗が滝のように流れ出ている。だが、それよりも気の毒なのはパーティーメンバーのほう。バハムートの巨体を見上げてその圧倒的な威容に恐れをなして歯の根が噛み合わずにガチガチと音を鳴らしている。
「バハムート、どうやらこいつらは龍の谷を荒らしに来た連中みたいだね。私にもちょっとした因縁があるからこの場は任せてもらえるかな?」
「ガハハハッ! 獣神殿の意向とあらば我とてそうそう逆らえるものではない。この場は任せる」
バハムートの返答を聞くや否や、サクラはその背中から飛び降りて地面にスタッと着地を決める。
「初めて見たけどどうにも性格の悪い勇者だねぇ~。悪辣な性格が思いっ切り顔に出ているよ」
「なんだと! ドラゴンの背中から飛び降りてくるとは、貴様は一体何者なんだ?」
「名乗るほどの者じゃないよ。それよりも大人しくこの場を去って二度と近づかないと約束するなら見逃してあげるけど、これ以上神聖な龍の谷を冒すつもりなら死んでもらうよ」
「ハハハハハ! こいつは何を言っているんだ? 女がひとりで勇者に盾突いてもどうなるでもないだろう。ジャマ立てするなら容赦しないぞ」
「命知らずのも程があるねぇ~。まあいいか、あとから後悔しても知らないよ」
剣を引き抜く勇者パーティー。背後で睨みを利かせているバハムートに対する恐怖心はあれど、目の前に登場したサクラに注意の大半が注がれているおかげで何とか覇気を取り戻している。
だがそれも長続きはしない。5百年前にこの世界で三傑と謳われた英雄というのは伊達ではない。
サクラの姿が勇者パーティーの目の前から消え去ったかと思ったら、突然アランの背後に固まっているメンバーたちが呻き声をあげて倒れていく。容赦ないサクラのパンチを腹部に受けて口から色々なモノを吐き出しながら地面に崩れ落ちる。
「な、何だと!」
アランが驚愕の表情でメンバー4名が倒れ込んでいく様を見つめるが、彼には何も出来ない。そして次の瞬間…
「ゴバッ!」
同様にアランもパンチを被弾して後方にゴロゴロと転がっていく。
「これでわかったかな? 世の中には勇者程度じゃどうにもならない力が存在するんだよ」
一瞬でパーティーが壊滅寸前に追い込まれているこの状況にアランは薄れゆく意識の中でこれまでの人生で感じた経験ないほどの戦慄を覚えるのであった。
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」
勇者パーティーを追放された伝説的な英雄の末裔が古龍の加護と科学知識を手に入れて晴れて魔法学院に入学。王様が国を半分与えようと言ってくるけど、そんなのいいから俺に毛根を逞しくする薬を研究する時間をくれ 枕崎 削節 @makurazakisakusetu
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