第8話 古龍のスキル


 この街に来てからのトシヤの生活は概ねこ以下のような具合。街に1週間ほど滞在して食料や生活必需品を調達すると魔物が多数住んでいる歩いて丸1日ほどかかる森に向かう。


 そこにログハウスを設置しておよそ3週間滞在。その間森に入って魔物を狩るのことをメインにしながらも、ミスズから譲ってもらった書籍に熱心に目を通したり剣や体術の訓練をしたりと、基本的には溶岩ドームで過ごしていた頃と変わらない日々を送る。元々それほど人付き合いのいいほうではないし、下手に多くの人間と関わって先日のように良からぬ輩に絡まれるのを防ぐ意味でも、このような過ごし方を選択するのはトシヤとしては当然。


 そして今回の森での生活の最後の日。トシヤはかなり森の深い部分にまでやってきている。



「さて、サクラ様から言われていた課題を済ませておこうか」


 独り言をつぶやくトシヤ。彼は誰かに聞いてもらいたくて喋ったわけではない。どちらかというとこれから行う修行の集大成ともいうべき危険な行為に対する覚悟を決めるための言葉のよう。



「まずはこれからいってみようか」


 トシヤはアイテムボックスから魔剣フラガラッハを取り出してスラリと引き抜く。それからイシュタルとの別れの際に譲渡されて自分の中に流れ込んできた古龍の波動を自らの体内に循環させる。魔剣を軽く3回左右に振って手応えを確認すると、腰を落として構えをとる。そして…



「龍斬!」


 右から左に思い切ってフラガラッハを横薙ぎにすると、剣からとんでもない衝撃が森の木々目掛けて飛んでいく。その衝撃は一切留まるところを知らずに木々を薙ぎ倒しながら放射線状に広がっていく。やがてその衝撃の勢いが徐々に弱まって森が再び静寂を取り戻すが、その時にはトシヤが立っている地点から1キロメートルほどの区域の木々が根元から薙ぎ倒されており、すっかり見通しが良くなっている。



「アチャー! さすがはイシュタル様の力だな。でもこれじゃあ迂闊に使用できないだろう。もっと力を弱めておかないと、使うたびに半径1キロが壊滅っていうシャレにならない事態が待っているな」


 普通これほどの大きなスキルを手にしたら大抵の人間はいい気になって力に溺れて良からぬことを考えるのだろうが、トシヤに関してはそのような心配は無用。自らの力をコントロールできるようにご先祖様が精神面もしっかりと鍛えてある。


「精神は肉体を凌駕する」


「技を扱うのは精神」


「完璧にコントロールできる精神がなければ技など単なる暴力に過ぎない」


 これらは剣神たるモトヤが常々トシヤに言い聞かせていたこと。生真面目なトシヤはこの言葉をしっかりと受け継いでいる。


 もちろんモトヤだけではなくてサクラやミスズからも「自らの精神を鏡のように磨き上げろ」と教え込まれているので、トシヤは負の感情を可能な限り心の中から排して前向きに生きていくように心掛けている。



「さて、次はサクラ様の技か」


 すでに1発目のイシュタルから受け継いだスキルでお腹いっぱいなのだが、やはり試しておかないといざという時に使用できない。ちなみにトシヤが「サクラの技」と述べたのは、イシュタルが亡くなった直後に溶岩ドームの付近に姿を現したヒュドラを一撃で倒したあの技と同一のため。それだけに破壊力はトシヤとしても重々承知。彼はちょっと場所を移して、たった今木々を薙ぎ倒した場所を見下ろせる高台に立っている。



「あまり気が進まないけど、試してみるしかないよな」


 ということで、サクラから習った手順に従って呼吸を整えながら右手の平に闘気を集めていく。ある程度集まった闘気を今度は凝縮すると高台から下方向に撃ち出していく。



「龍撃!」


 ドゴーン!


 かなりの大きさのキノコ雲が巻き起こって、舞い上がった土埃が風によって流されるとそこには直径50メートルほどのクレーターが出来上がっている。



「やっぱりこれも相当にヤバい技だ。絶対に人間に向けて使えないな」


 自分が放った龍撃の威力に呆然とするトシヤ。とはいってもサクラにはまだまだ及ばないのもまた事実。以前目撃したサクラの迷わず成仏波は撃ち出す際に拳の速度が音速を軽く超えているせいで強烈な衝撃波を撒き散らしながら進んでいた。実はこの衝撃波だけでも十分な殺傷能力がある上に飛翔速度や闘気の量が段違いなおかげで威力は比較にならないくらいに強大。それこそ本気で放つと山がひとつ吹き飛びレベル。


 とはいえトシヤの龍撃もこれはこれでとんでもないスキルだということが証明されている。さすがは8千年を生きた古龍から受け継いだだけのことはある。



「この技も威力の調節が必要だな」


 と言いつつ、その場で闘気の量を変えて何発か試し撃ちをするトシヤ。ある程度加減が出来るようになった… とはいっても1発で正規騎士団一個中隊が壊滅するレベルまで威力を落とせたよう。


 最後にトシヤは残ったもうひとつのスキルを試そうと森の奥深くに入り込んでいく。その時に運良くゴブリンが登場。



「うん、アレで試してみるか」


 と言いつつ、古龍の波動を今度は自分の両眼に集めていく。そのままこちらに向かってくるゴブリンを睨んだままスキルを発動。



「龍眼!」


 ギギャ!


 ゴブリンはトシヤのひと睨みでその場に昏倒する。近付いてみるとすでに息がない。トシヤの龍眼の威力があまりに強烈だったせいでゴブリンの心臓が停止したらしい。



「これも威力の加減が必要なのかい」


 呆れたようにトシヤが声をあげる。睨んだだけで魔物を倒せるというのは一見便利なようだが、これまで試した2つのスキル同様に人間に向かって使用可能な代物ではない。


 仕方なしにトシヤは森を歩きながら出くわす魔物に威力を調整しつつ龍眼を浴びせていく。イシュタルの話だと「龍眼はすべてを従える」ということだったが、従える以前にすべての魔物は心臓マヒで死亡していくのでそれどころではない。


 色々と試してみたが、どんなに威力を弱めてみても魔物を従えることはできなかった。この辺は古龍が固有スキルを行使するのと、人間が古龍のスキルを行使することの違いなのかもしれない。この森に出現する魔物はBランクが最強で、果たしてAランクやSランクの魔物に龍眼がどの程度効き目があるのかは未知数。今は調べようもないのでこればかりは仕方がない。


 ちなみに龍眼を試している最中にたまたま群れからはぐれたオーガと出会ったトシヤ。彼は思い立ったようにアイテムボックスから鬼斬りを取り出す。


 長い牙を剥き出しにして咆哮をあげるオーガに対して、象牙色の刀身が木漏れ日を反射して煌めく鬼斬り。


 ウガガガガァァァ!


 トシヤを手頃な獲物と思い込んだオーガは長い爪を振り上げてトシヤに向かって突進してくる。だがその動きをヒラリと躱して上段から鬼斬りを一閃すると、オーガが伸ばした右手が肘の部分で断ち斬られてボトリと地面に落ちていく。


 ガァァァァァ!


 驚きと痛みの混ざった咆哮をあげるオーガだが、トシヤは容赦なく追撃を開始。胴体の部分に横薙ぎに鬼斬りを振るうと、オーガの上半身はドサリと地面に落ちる。



「これはスゴイ切れ味だな」


 刀身を見るとわずかにオーガの血糊が残っているが、刃こぼれのひとつも見当たらない。革鎧の材料になるほど丈夫なオーガの皮膚をこうも簡単に切断するとは、トシヤとしては想像以上の鬼斬りの切れ味。


 こうしてトシヤは約3週間の滞在期間を終えて街に戻っていくのであった。



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