ワンダーランドのおひざもと

花 千世子

第1話 飛べない飛行機

 ワンダーランドは楽しいよ~♪ ワンダーランドはスリルもあるよ~♪ ワンダーランドにおいでよ~♪

 遠くから聞こえてくる、間の抜けた音楽。

 わたしはそれを背中で受けながら、地面に落ちていたものを拾う。

 小さな飛行機のついたキーホルダー。

 ところどころ色がはがれていて、だいぶ古い物だとわかる。

 わたしは、それを無視して歩きだした。

 でも、五歩進んだところで引き返す。

「ああ、もう! こんなことしてたらキリがないのに!」

 ひとりごとをつぶやきつつ、キーホルダーを拾いあげる。

 それから、キーホルダーをそっと握った。

 すると、頭の中に映像が見えてくる。

 土手には、小さな男の子と高校生ぐらいの男の子ふたりがいた。

 ふたりともこちらに背を向けていて、顔はわからない。

 高校生が幼い男の子にいう。

『お前はちゃんと自分の夢を叶えろよ』

『うん』

 男の子がふとこちらを振り返る。

 その顔には見覚えがあった。

『お前の将来が楽しみだよ、航貴こうき

 高校生男子の言葉に、幼い男の子――コウキと呼ばれた男の子は笑顔を見せた。

 そこで映像は、ぷつりと途切れた。

 途端に周囲の騒がしい声や音が耳に流れ込んでくる。

 なるほど。大体持ち主はわかった。

 西園寺航貴さいおんじこうきだ。あいつにはあんまり会いたくないけど。

 わたしは、キーホルダーを見つめる。

「きみは持ち主の元に帰りたいよね」

 キーホルダーにいうと、わたしは溜息をついて走り出す。

 裏通りから大通りに出ると、やっぱり人が多かった。

 ここにいるのは、七割……いや、八割は観光客だ。

 とはいえ、平日なのでこれでも観光客は少ないほう。

「あっ、見てみて。あれだよ」

 そばを歩いていた観光客のひとりが、そういって遠くを指さす。

「わー、かわいい!」

 いっしょにいた観光客が歓声を上げた。

 少し遠くに見えるのは、お城だ。西洋のお城を模した建物、というのが正解かな。

 あのお城は『ワンダーランド』という遊園地のシンボルだ。

 観光客の目的は、ほとんどがワンダーランド。

 それから、ワンダーランドの周囲を囲む有栖町も、観光スポットとなっている。

 大通りの道沿いには、オレンジ、ピンク、水色なんかの色鮮やかなお店や家が建ち並んでいる。

 どの建物も絵本から飛び出してきたようにかわいくて、オシャレ。

 他にも、あちこちに飾られた花々、きのこの形のバス停、切り株を模したベンチなどなど、景色はだいぶメルヘンチックなのだ。

 お城のある「ワンダーランド」に合わせて、そのすぐそばの小さな町の有栖町ありすちょうも雰囲気を合わせていてかわいい。

 だからこそ、それがSNSで拡散され、話題になっているわけだけど。

 活気のある有栖町を見ていると、複雑な気分になる。

 あーあ、ダメダメ。今はそういうあれこれを考えてる場合じゃない。

 わたしは、マイナスな感情を振り払うように大通りを走った。

 目の前には、白い石造りの赤い屋根の大きな大きな建物があった。

 まるで魔法学校のような見た目だけど……ここは正真正銘、老舗旅館だ。

 西園寺旅館の息子・西園寺航貴の家でもある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る