第33話 勝利

立ち上がれない僕の元へ阿修羅君が近づいてくる。


僕の負けだ。


正直『流れ八式』を使えば勝てると思っていた。本気を出せば勝てると思っていた。


だが、僕の考えは甘かった。


阿修羅君の強さは次元が違いすぎた。


今の僕じゃ勝てる相手じゃない。


僕は近づいてくる阿修羅君を見て思った。


今から一方的に殴られ、蹴られ、ボコボコにされるんだろうな……と。


確か山君の話によると、阿修羅君は暴走族メンバーをボコって少年院に入っていたらしい。


ボコられたメンバーの中には殴られ過ぎて顔の骨格が変形してしまった人や、首の骨を折られ下半身不随になった人までいるそうだ。


僕も同じような末路を辿るのだろうか……。


僕は近づいてくる阿修羅君から視線を逸らし、下を向いた。


そう。僕は完全に諦めた。


そして阿修羅君が僕の目の前で立ち止まった。


もう抵抗する気力も体力も力も無い。


さあ、好きなだけ殴れよ。


そう思ったその時、阿修羅君が口を開いた。


「 お前、本当に強ぇんだな紫電。俺の負けだ」


「 ……は?」


意味が分からない。


誰がどう見ても負けたのは僕の方だろう。


僕は阿修羅君に話を聞く。


「 負けってどういう事? 僕の事バカにしてんの?」


「 バカになんかしてねぇぜ? 俺は素直に思った事を言っただけだ」


余計に意味が分からない。


「 じゃあなんでそんな事言うんだ! どう見たって僕の負けだろ!」


僕は少し声を荒げた。


阿修羅君はそんな僕の目をハッキリと見て答えた。


「 戦いにおいて、俺には俺のルールがあるんだよ」


「 ……ルール?」


「 そうだ。俺の中での戦いのルール……それは、相手に圧倒的な力の差をつけて余裕で勝つ事だ」


「 余裕で勝つ事……?」


「 ああ、それが俺のルールだ。強者ってのは常に強者の余裕を見せるもんだ。今回の戦いで俺はお前に本気を出した。俺の中では相手に本気を出した時点で俺の負けなんだよ」


「 阿修羅君……」


阿修羅君はただの凶暴な奴だと思っていたが、そんなルールを胸に戦っていたなんて思ってもいなかった。


不思議に思った僕は阿修羅君に聞いた。


「 なんでそんなルールを?」


「 俺は昔から喧嘩が強かった……強者だったんだよ。強者である俺が喧嘩相手に本気になったら、俺はそいつらと同じになる……本気で俺に向かってくる弱者と同じになるんだよ。だから俺は本気を出したら負けという枷を付けて戦ってる」


「 随分とぶっ飛んだ考え方だな……」


阿修羅君の考え方はかなりイカれてる。さすが狂人ランキング上位の人間だ。


「 考え方は俺の勝手だ。俺は俺の好きにやる。だから今回は俺の負けだ。俺の負けだし約束は守ってやる。あのオカッパには今から謝りにいってやる」


……。


その言葉に僕は口を開く。


「 そっか。とりあえず今は山君に謝ってくれればそれでいいよ。今はね……」


僕の含みのある口調に阿修羅君が聞き返す。


「 今は……? どういう事だ?」


僕は全て話す事にした。


「 僕は昔から不良とか悪人が嫌いでね……幼い頃から独学で様々な武術の稽古をしていて、不良や悪人を片っ端から狩りまくっていたんだ。それでこの学校に転校してきて君の噂を聞いた。暴走族を一人で壊滅させ少年院に入ったヤバい不良……阿修羅君がいるってね……。それで僕は阿修羅君をぶっ潰したいと思っていたんだ……。だけど今の僕じゃ君に勝てそうもない。だから今は無理でもいつか必ず君を潰してみせるよ……」


僕の言葉を聞いて阿修羅君は笑った。


「 ハッハッハ! お前面白ぇな! 最高だぜ!! いつでもかかってこいよ! 今度は俺も負けねぇからよ」


「 僕も次は本当の意味で君に勝ってみせるよ」


僕たちはお互いの強さを認め合った。


……。


なんかいい感じになってしまった。


話を聞いていると阿修羅君はそこまでの悪人には見えない。


暴走族の件や、山君をいきなり殴った件等問題はあるが、自ら負けを認め約束通り山君に謝ると言っている。


阿修羅君がどういう奴なのか少し気になってきた。


「 阿修羅君。どうして君は暴走族を壊滅させたの? 中にはかなり酷い怪我を負った人もいるみたいだけど」


「 ああ、あれか。基本俺は売られた喧嘩は買うし、暇つぶしに他の不良に喧嘩を売ったりもする。そん時は相手がダウンしたり降参したらそこでやめるんだが、あの暴走族どもは別だ」


「 別?」


「 そうだ。あの暴走族どもはこの街で暴れ回っててな。不良や一般人見境なく暴力を振るってた。しかもかなり酷いもんで、殴られすぎて顔の骨格が変形しちまった奴や首の骨を折られて下半身不随になっちまった奴までいたらしいんだ。そんな奴らが街にいたら目障りだったから俺が同じ目に遭わせてやったんだよ。サツに捕まったが後悔はしてねぇ」


「 そ、そうだったんだ……」


まさかそんな理由があったなんて……。


阿修羅君もやり過ぎとはいえ、暴走族側にもかなりの非はある。


もしかして山君をいきなり殴ったのにも何か事情があるのか?


僕はそう思い、阿修羅君に聞いた。


「 阿修羅君、じゃあ教室でいきなり山君を殴ったのにも何か理由があったの?」


阿修羅君は表情を変えず、淡々と答えた。


「 ああ、あのオカッパを殴った件な。あん時はゲーセンの格ゲーで煽りプレイされた挙句、完全敗北してイラついてたんだ。それでオカッパに八つ当たりしちまったな。まあそもそもあのオカッパの顔にもイラついたんだがな」


「 なるほど……」


その言葉を聞いて僕は思った。


ガキかよ……と。


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