第32話 四つ首の死神

 夕闇は濃さを増して、辺りを包み込もうとしている。


「なっ、なによあいつ!?」


 甲冑の大男が大地を駆ける姿を見て、ドロシーは思わず叫んでいた。

 スケルトンを操る術者がいたとしても、自ら姿を現すとなんて想像もしていない。


「ドロシーさま、下がって。わたしが相手をする」


 ラウナが大男の進路に立ちふさがる。

 両の指からは人狼らしく、鋭い爪が伸びていた。


 白く煌めく双爪はサーベル以上の切れ味を誇る武器だ。


「ほう小娘、貴様が俺の相手をするつもりか」

「小娘じゃない、ラウナ」

「俺の名はザイセンだ。かかってこい!」


 名乗りが終わる前にラウナは地面を蹴った。

 手足を使って狼のように疾走する。


 狙うは装甲の薄い関節部。

 膝の付け根を狙い、魔力を乗せた爪が弧を描く。


った」とラウナは確信する。


「よい動きだ。だが甘い!」

「──ッッ!?」


 付け根を切ったはずの爪は折れ、代わりに拳の鉄槌がラウナの背中を直撃した。

 呼吸が一瞬止まり、身体を激しく地面に打ち付けてしまう。


「な、なんで……?」

「見たところ魔血統のようだが俺には通じぬ。千の戦場をくぐり抜け、武の力を極めた俺にはな!」


 ラウナの攻撃が効かなかったのは、決して鍛錬の差ではない。

 ザイセンのスキルによるものだ。


金剛化ダイアパーツ】、皮膚や装備をダイヤモンド並みの硬度に固めるスキルである。


 爪を折ったのは、一時的に関節部の硬度を強化したたからだ。


「くっ、これくらいで!」

「戦意は衰えていないようだな。その意気やよし!」


 ラウナはあきらめずに素早く地面を蹴る。


 動きを捉えさせないように高速で移動し、ザイセンの死角になる背後から爪で連撃を放った。


「っ……硬い」

「いいぞ小娘! 何度でも切りかかってこい!」


 全力で攻撃を繰り出すラウナに、ザイセンは余裕をもって応戦する。


 さらにザイセンはスキルに加え、防炎、防水、防刃、防呪、防音、など様々な加護を持つ護符を鎧の内側に貼っていた。


 すべては安全に弱者を蹂躙するため。

 すでに勝負の結末は見えていた。


「あの娘ヤバそうじゃないの! ったくしょうがないわね。炎の精よ紫焔を抱きて──」

「ムブッ!?」

「今度はなによ!?


 呪文を唱えようとしたドロシーの横に、ドシンッとマームが倒れ込んできた。

 目を回しており、相当強い攻撃を受けたようだ。


「ヒヒヒ、わしも昔は呪文を唱えておったのう」

「だっ、だれよあんた!」

「わしの名はガイネウス。四つ首の死神の一員じゃよ」

「四つ首の死神……嘘でしょ……」


 襲撃者の正体が判明し、ドロシーの緊張感が一気に高まる。

 王都騎士団が今日まで討伐に至らなかった盗賊団。


 一介の魔法薬士が戦う相手ではない。


「あんたがあのガイコツを操ってるんでしょ。死臭が同じだもの」

「そうじゃよ。あいつらはわしの兵隊じゃ。ほれこうすればすぐに増える」

「……っ!?」


 ガイネウスが指を鳴らすだけで、新たに五〇〇体を超えるスケルトンが出現する。


 ドロシーは動揺して魔力を乱しかけたが、すぐに立て直した。

 魔法使いの戦いは心の弱い者から脱落する。


「わざわざ姿を見せるなんて馬鹿ね! あんた焼却してたら勝ちでしょ! 炎の精よ──」

「いや、もう勝負はついたわい」

「え?」


 ガイネウスが言い終わると同時に、地中から巨大なガイコツの腕が出現しドロシーを掴んだ。


 全身を圧迫され、呪文が途切れる。


「ぐっ……こんな馬鹿でかいスケルトンを呪文もなしになんて……」

「こいつらはわしのスキルで生み出したものじゃ。ヒヒ、習得に人生を捧げることになったが、その分よく働いてくれるわい」


 ガイネウスのスキルは【死者の兵列ネクレギオン】。

 殺した相手の魂を魔力で縛り、スケルトンにして操るスキルである。


 魔法と違い呪文の詠唱を必要とせず、スケルトン同士を組み合わせることで、巨大な四肢を生み出すことも可能なのだ。


「……なんて力なの……逃げれない……」

「わしの方は片付いたぞ。そっちも早く終わらせんかい」

「わかっている。これで終わりだ!」

「ああああうっ……!」


 ザイセンは背負った斧を【金剛化ダイアパーツ】で硬化し、バトンのように振り回した。


 直撃を受けたラウナは地面に直撃してしまう。


「くっ、わたしはまだ……」

「無駄な抵抗はやめろ。顔に傷がついたら萎えるだろう」

「あとはこいつらを殺すだけじゃな。いやその前に楽しませてもらおうかのう」「それはいいな。娼婦にも飽きたところだ」


 二体の鬼畜が喜悦に顔を歪める。

 だが、その気分は一瞬で吹き飛ぶことになった。


「ずいぶんと時間をかけていますね」

「「────ッ!?」」


 吹雪を思わせる声に、ザイセンとガイネウスは固まった。

死者の兵列ネクレギオン】の中を平然と通るのは、四つ首の死神を束ねる団長だ。


 恐怖がないはずのスケルトンも本能が攻撃を拒絶する。


「ディルク団長……!」

「い、いま終わったところですわい」

「女二人すぐに殺せないとは。街のチンピラを団員にした覚えはないのですけどね」


 片眼鏡を拭きながら、ディルクは淡々と告げる。

 その目にはなんの感情も浮かんでいない。


「ディルク!? なんで執事のあんたがここにいるのよ!?」

「私が四つ首の死神の団長だからです。見ればわかるでしょう」

「どうしてわたしたちを襲ったの?」

「貴女たちに興味などありません。必要なのは月光樹の実です。怨むなら計画を乱したベルハルト伯爵を怨みなさい」


 ディルクの視線はガラスハウスがある方角に向けられていた。


「あそこで月光樹の実を育てているはずです。いまは結界で見えませんけどね。さっさと奪いますよ」

「あ、あたしたちを殺したら結界は解除できないわよ! それが嫌ならいますぐ自由にしなさい!」

「解除する必要なんてありません。場所がわかっているなら壊せばいいだけです」

「──ッッ!」


 交渉は始まる間もなく決裂した。

 ドロシーは酸素を失った金魚のように口をパクパクさせる。


「なんで……」

「はい?」

「なんでそんな簡単に人の命を奪えるの……!」


 ラウナは問いかける。

 自分の両足を奪った者たちと同じ属性の相手に。


「それが強者の特権だからです。王が生まれつき権力を持つように、力を持つ個人はなにをしてもいい。この世界の理です」

「いいわけない! 普通に暮らしていただけの人を……踏みにじっていいわけなんてない!」

「うるさいですよ奴隷女が」

「なっ、なんで……!」

「なんでわかるのですか? 目を見れば一目瞭然ですよ。奪われ続けた弱者の目です。どうせあの貧乏臭い主人に安く買われたのでしょう?」


 ディルクは氷のような眼差しをラウナに向ける。

 その反対に、ラウナの怒りは炎のごとく燃え盛り始めた。


「ご主人さまを馬鹿にしないで! あの人は世界で一番かっこよくて大切な人!」

「自分より主人の侮辱を気にするのですか。まさに奴隷ですね。もういいです。ザイセン、殺しなさい」

「了解です団長!」

「っ……」


 ザイセンはラウナに近づき、大斧が上段に振りかぶる。

 鈍く光る刃が細い首筋を狙う。


「死ねい小娘!」

「ご主人さま……!」


 ラウナは瞳を閉じて、迫りくる絶望から逃れようとする。

 それが叶わないことだと理解しながら。


 だが、いつまでたってもその瞬間が訪れることはなかった。


「んな……ぬごぉッッ!?」

「え?」


 間抜けな声が聞こえ、思わず目を開ける。


 雑草にまみれながら地面に倒れていたのは、いま大斧を振りかぶっていたザイセンだった。


「すまないラウナ、ドロシー。遅くなった」


 クヌギの成木を破城槌ごとく、鎧に叩き込んだ男はそう言った。

 笹木颯真がそこに立っていた。



















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