第31話 黄昏の襲撃者

 空が群青色に染まり、夜が近づいてくる。


 畑仕事を終えたラウナとドロシーは、後片付けをして家に戻るところだった。


「あー疲れたー。ここの鍬⦅くわ》ってあたしには長すぎるのよね」

「お疲れ様です。残りの道具はわたしに任せて」

「あんた体力あるわね。それ重くないの?」

「平気」


 ラウナは肥料袋と農具をいくつも担ぎ、倉庫に運んでいく。


「イエ、ハイル?」

「今日はあんたもいるんだったわね。はいはい、入っていいわよ」


 ドロシーはマームのお腹をポンポンと叩く。


 二人が家の扉をくぐろうとしたその時、ジリリリと音を立てて黒のベルが警報を鳴らした。


 一瞬で空気が緊張感を帯びる。


「これって……侵入者!?」

「なにか来る」


 ドロシーが杖を抜き、ラウナが臨戦態勢に入る。

 やがて家へと続く緩やかな坂道を、無数の影が昇りはじめた。


「ア゛……ア゛ア゛……」

「キ……キコココ……

「オ゛、オ゛オ゛オ゛……」

「あいつらスケルトンじゃない! なんでこんなところにいるわけ!?」

「すごい数」


 影の正体は武器を持った骸骨兵士の魔物、スケルトンだった。

 ぱっと見ただけでも数は二〇〇体を超えている。


「ダンジョンでも墓地でもないのに……なら召喚魔法? だとしたら術者の意図があるはず……」

「ドロシーさま、戦う? 逃げる?」

「戦う、しかないわね。たぶんあつらの目的は月光樹よ。でなきゃこんなド田舎の農家を襲う意理由ないもの」


 トリップル家に敵対する勢力が月光樹の情報を知り、刺客を差し向けたのだとドロシーは推測する。


 ならばここで逃げる選択肢はない。

 スケルトンの軍勢は結界の感知を抜け、刻一刻と迫っている。


「あたしはいいけど、あんたって戦えるの? 無理なら隠れててもいいわよ」

「……大丈夫。でも戦ってる姿は見ないフリをしてほしい」

「いいわよ。あんたが魔物だろうと悪魔だろうと見なかったことにしてあげる。その前にここを切り抜けないとだけど」

「マーム、タタカウ」

「あんたも頼りにしてるわよ。ブチかましてやりなさい!」


 骨を鳴らす音が聞こえる距離まで、スケルトンが近づいてくる。

 先頭の一体を確認した瞬間、ラウナが動いた。


「はああああああああああああああっっ!」


 右の拳がスケルトンの顔面を打ち抜く。

 続いて左の肘が後続のあばらを砕いた。


「ご主人さまに害をなす者、許さない」


 ラウナの瞳が深紅に染まる。


 ワーウルフの魔血統を完全に解放し、銀髪の頭には狼の耳、お尻からは狼の尻尾が生えていた。


「がるる、がるるるうううううううううっっ!」

「カ……カキ……」

「ギギ……アガ……」


 犬歯を剥き出しにして、ラウナが駆ける。

 手刀がスケルトンの首を飛ばし、下段蹴りが大腿骨をへし折る。


 その光景はまるで銀の嵐のようだった。


「あの娘やるじゃない! これで生き残りの目が出てきたかも……って、近づいてんじゃないわよ!」

「ココ……ケケケ……」

「テキ! タオス!」

「ガッ……オ゛……」


 ドロシーのそばに忍び寄っていたスケルトンを、マームの拳が脳天から粉砕する。

 瓦を割るように、頭骨と背骨がバキバキと音を立てて崩れた。


「あ、ありがと。助かったわ」

「ムー!」

「あたしも負けてらんないわね!」


 ラウナは杖を構え、魔力を集中させる。

 礼儀のなってない骸骨どもには、魔女の恐ろしさを教えないといけない。


「炎の精よ我が槍となりて敵を貫き燃やせ! ──白炎の螺旋槍!!」


 炎で作られたランスが十二本空中に浮かぶ。

 ランスに宿った精霊が敵を補足し、一斉に攻撃が始まった。


「「「「コガカカ……ガガアアアアアアアアアッッ!?」」」」


 痛みを感じないはずのスケルトンが悲鳴を上げながら燃えていく。

 魔力を帯びた攻撃が、ガイコツに宿る魂にダメージを与えているのだ。


 炎を渦巻かせるランスは瞬く間に敵の数を減らしていった。


「これならいけそうね。一気に全滅させてあげるわ!」

「一体残らず地中に送り返す」

「マーム、ガンバル」


 三人の奮戦でスケルトンは残り五十体まで数を減らした。

 優勢になったことで、さらに撃破のペースが上がる。


 ただ彼女たちは知らなかった。

 勝利を確信する様子を、少し離れた場所で観覧する者たちがいることに。


「話が違うぞ。すぐに殺して月光樹を奪う予定ではなかったのか」

「ヒヒヒヒ、思ったよりやりおるのう。標的の護衛に魔女がおるとは」


 全身に黒の甲冑を着た大男が憮然とした口調でつぶやく。

 隣で笑い声を漏らすのは、ローブとフードを被った魔法使いらしき小男だ。


「わしのスケルトンをああも簡単に破壊するとはのう。村人なら一体倒すだけでも苦労するんじゃが」

「お前のスキルは包囲にかまけて威力に欠ける。それで面白いのか?」

「お主のように汗をかきたくないのでな」

「つまらん。強者との戦いこそ殺しの醍醐味だというのに」


 甲冑を着た大男は、大剣を振るう冒険者を殺した記憶を振り返る。

 村人に頼られ自信満々な相手を蹂躙するのは心地よい。


「カカカカ! わしは弱者をいたぶるだけで十分よ。女の悲鳴ほど良い音楽はない」


 フードの魔法使いは、スケルトンで村を包囲して虐殺した記憶に浸る。

 逃げようとする子供を母親の前で殺すことが、この男の愉しみなのだ。


「そろそろ終わりにするぞ。これ以上モタモタしていると団長に俺たちまで殺されかねん」

「ならお主が行けばいいじゃろう。さっさと片付けてこい」

「女子供を殺すのは趣味ではないのだがな。仕方がなしか」

「よく言うわい。声が弾んでおるぞ」


 甲冑を着た大男はその体格に似合わない速度で、ラウナたちを目指し怒涛のごとく駆けだした。




















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