第29話 王都での商談

 月光樹栽培開始、五十九日目。


 月桂樹の実は、はち切れんばかりに膨らんでいる。

 これなら明日には収穫できるな。


 ドロシーが調合用の器具や材料をここに運んでいるので、収穫が終わればすぐに解毒剤を作ることができる。


 リーシャお嬢様を救うまで、金貨三〇〇〇枚まであと少しだ。


「ご主人さま、実の具合はどう?」

「おわっ!?」


 ラウナがいきなり隣に現れて、変な声を出してしまった。


「? どうしたの?」

「い、いや、なんでもない。月光樹の調子は完璧だ。明日には収穫できそうだぞ」


 ドロシーの言葉を思い出すと、どうしても意識してしまう。

 ラウナは本当に俺のことが好きなのだろうか。


 ずっと考えているけど、まだ答えはでていない。


「ドロシーにも伝えに行くか」


 俺はラウナとガラスハウスを出て、庭で洗濯物を干していたドロシーと合流する。


「オッケー、収穫は明日ね。あたしも調合器具と材料をもう一度チェックしとくわ」

「頼む。それと今日は王都に行く予定だから、畑の様子は二人で見ておいてくれたぶん夜まで帰れないと思う」

「用事があるの?」

「ディルクさんから仕事の案件があったんだよ」

「…………」


 俺はトリップル家のメッセンジャーが言っていたことを話す。


「前に兵士たちへ果物を振舞っただろ? あれが好評でトリップル家が直接取引したいそうなんだ。今日はディルクさんと会って打ち合わせだな」

「あーそういうことね。じゃあんたに任せるわ」

「…………」

「どうしたラウナ?」


 ディルクの名前を出してから、何か考え込んでいる気がする。

 一体どうしたんだろうか。


「ご主人さま、あの人は危ない気がする」

「どうしてそう思うんだ?」

「血の匂いがするから」


 ラウナはいつになく真剣な顔でそう言った。

 屋敷でディルクをじっと見てたのは、そういうことか。


「一度目は気のせいと思った。月光樹を見に来た二度目で確信した。香水で誤魔化してるけど、あの人身体は血を浴びてない場所がない」

「本気で言ってる? あたし全然わかんないんだけど」


 正直に言うと俺もわからない。

 ワーウルフの嗅覚がなせる技ってことか。


「いまの話が事実だとして、トリップル家の執事なら戦ったりするんじゃないの? お嬢様を狙う刺客や魔物とかいそうじゃない。それならおかしくないと思うけど」

「……かもしれない」

「ほらね。きっとあんたの考えすぎよ」

「でも万が一ってこともあるよな。一応護身用の魔法植物を持っていくよ。心配ありがとな」

「うん」


 俺は異世界に転生してから、戦闘にも使える魔法植物の種をコツコツ集めている。


 クレセントファングと戦ったときに出した、茂みの巨人もそれだ。


 ほとんどは王都の市場で買ったもので、希少な魔法植物は少ないが、たまに大当たりが存在するのだ。


 怪しげな行商人なんかは価値を知らなかったり、遺跡で見つけたものをそのまま並べたりしているからな。


 何もないに越したことはないが、準備はしておこう。


「でも本当に気を付けて。怪我とか絶対ダメ」

「ディルクさんと会うのは王都の中だし、なにかあったら周りの人に助けてもらうよ。警備兵だっているしな。これなら安心だろ?」

「そうしてほしい」


 ラウナは両手を胸に当てて、強くうなずいた。

 いま思うけどじゃないけど、超あざと可愛いな。


「最近物騒だし用心しておくのはいいかもね。あたしも家の周囲に結界張っておくわ」

「マームも家に呼んでおいてくれ。ならず者の二、三人ならあいつで十分だ」


 話をしていたら、盗賊団のことを思い出した。

 家を守る人数は多い方が二人も安心だろう。


「支度をしたらすぐに出るつもりだ。ついでにほしいものがあれば買ってくるぞ」

「じゃあ石鹸をお願い。安物はダメよ髪が痛むから」

「ラウナはなにかあるか?」

「……指輪」


 んんん?

 いま指輪って言わなかったか?


「ご主人さまの家に来てから半年たった。だから記念のペアリングがほしい」

「な、なるほどな。わかった買ってくる」


 びっくりした。

 ラウナって最近こういう言い方が増えたな。


 あとドロシー、凍り付きそうな瞳で俺を見るのはやめてくれ。


 それから俺は手早く支度を済ませて家を出た。。


「それじゃ、行ってくる」

「ご主人さま、いってらっしゃい」

「お土産期待してるわよー」



 二人に見送られ、王都に続く道を歩いていく。

 なぜか胸騒ぎがするのは、ラウナの話を聞いたからだろうか。


 帰りは馬車を呼んで、できるだけ早く家に戻ろう。





 待ち合わせの時間は午後三時。

 場所はドロシー魔法薬店の隣の区域にある、旧時計台だ。


 旧というのは新しい時計台が王都の中心部にできて、お役御免になったからである。


「まだ来ていないか。早く着きすぎたかな」


 ディルクの姿が見えないので、旧時計台の入口にある階段に座る。

 それにしても今日は静かだな。


 王都の端にある区域とはいえ、人っ子一人見当たらない。


 いつもはもう少し人がいるんだけどな。

 まるで人払いの魔法でも使っているようだ。


「っ……まさか!」


 嫌な予感がして、俺はその場で立ち上がった。


「ヒヒ、遅えよ」


 声が聞こえ、次の瞬間──

 白い閃光が煌めき、俺の首にナイフの刃が迫った。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る