第28話 ラウナの想い

 月光樹栽培開始、五十日目。


 栽培期間も残すところ十日ほどになった。

 この調子で行けば予定通りに解毒剤ができそうだ。


「大きさはもう十分だな」


 月光樹の実は満月のように丸く、淡い光に包まれている。

 これは成長の証だ。


 月光樹は月の光がメインの栄養なので、日中も光っているのは蓄光できるほどに実が力をつけたということだ。


「あと少しで収穫できそうね」

「他の材料の準備は大丈夫なのか?」

「ちゃんと揃えているわ。月光樹の実以外は珍しい材料でもないしね」


 ドロシーは『霧風の箱』をチェックしながら言う。

 ガラスハウスの温度は二十二度をキープしていた。


 温度管理も完璧だ。


「そういえばリーシャお嬢様の具合は大丈夫なのか?」

「あたしの薬で少しマシになってるみたい。発作もないそうよ」


 ディルクからの報告によると、リーシャの容態はいまのところは安定しているらしい。


 ただアラクカブトの毒はいまも彼女を蝕み続けている。

 あともう少しだけ耐えてくれ。


「ねえ、ソウマ」


 そうやって思考を巡らせていると、ドロシーが俺に話しかけてきた。

 妙に真面目な顔だけど、なにかあるのか?


「話は変わるけど一つ質問いい?」

「別にいいけど、どうした?」

「あんたラウナのことどう思ってるの?」

「──っ!?」


 予想外の質問にむせそうになった。

 いきなりなにを聞くんだこいつは。


「た、頼りになる助手だな」

「そういうのはいいから。男と女としてどう思うのかって質問してんの」

「どうって……」


 俺は戸惑いながらも次の言葉を紡ぐ。


「ラウナのことは可愛いと思ってるけど、恋愛関係になりたいわけじゃない。それとは違うんだ」

「ふーん、なんで?」

「そりゃ主人と奴隷の立場だからだろ。俺が命令すればなんでもしてくれるだろうけど、そういうのは恋人じゃない」

「はー、あんたホントに馬鹿ね」


 ドロシーは呆れたと言わんばかりに、ため息を吐ついた。


「なに今さらいい子ぶってんのよ。あんたの金で買ったんだから好きにしちゃえばいいのに。奴隷の主人なんてみんなそうしてわよ」

「ラウナが安心して働けるように、手は出さないと誓ったんだ。それにいまの言葉は見過ごせないな」


 自分の口調がピリついているのがわかる。

 怒りに反応しているのか、体内の吸血棘が蠢いた。


「あたしにムカつくくらいあの娘のこと大切なわけね。いまの言葉でなんとなく事情はわかったわ」

「さっきからなにが言いたいんだよ。いい加減にしないと怒るぞ」

「ラウナはあんたのことが好きって言ってんの」


 時間が止まった。

 俺のことが好き?


 なんで?


「前々から思ってたんだけど、ここに来ることが増えて確信したわ。あたしこういうの見てるともどかしくてイライラしちゃうのよね。さっさと付き合えって感じよ」


 心底あきれた顔でドロシーはさらに続ける。


「あの娘からアプローチはなかった? 一緒に住んでるんだから、あからさまに誘ってたときがあったでしょ」

「い、いやそれは立場的に気を遣ってくれてるだけだろ。奴隷のマナーとかお約束的なやつで」

「あんたの自己評価の低さってなんなの? その顔でいままでモテたことなかったわけ?」


 ごふっ。


 言葉のボディブローが鳩尾に突き刺さる。

 前世じゃ四十年近く生きて、一度も彼女がいたことないんだけどな!


「まあいいわ。とにかくラウナはあんたのことが好きなのよ。奴隷の立場抜きにね。誓いかなにか知らないけど、ちゃんと想いに応えてあげた方がいいわよ。付き合うにしても振るにしてもね。それだけ」


 ドロシーは言うだけ言って、去っていった。


 俺は呆然としながら、いまの会話を思い返す。

 ラウナに好意を向けられている。


 本当にそうだとしたら、俺はどう応えるべきなのだろうか。


 ダメだ。

 モテなさすぎてこういう状況の正解がわからない。


緑の王ユグドラシル】も植物のこと以外はなにも教えてくれない。


 大体いまの話がドロシーの妄想だってパターンもある。

 だとしたら変に意識すると、キモいと思われるかもしれない。


 友達の内はいいが、性欲を見せたらドン引きってパターンもあるしな。

 あー、もうわからん。


 この日はずっと頭がフワフワしていて、仕事が手に着かなかった。






 ◇ ◇ ◇ ◇






 月光樹栽培開始、三十九日目の頃。


 王都から遠く離れたある村で、事件が起こった。


「っ……ひどいなこれは」


 王都騎士団の部隊が目にしたのは、血にまみれた村の惨状だった。

 男女どころか大人も子供も問わず、すべての村人が息絶えていたのだ。


「隊長……わたし吐きそうです……」

「我慢しろ。まずは生存者の確認だ」


 騎士たちは村の隅々まで探したが、生存者は一人も見つけられなかった。

 代わりにわかったのは、どの家からも金品が消えていたことだ。


「付近の村の情報では、昨日までは何事もなかったそうです」

「つまり一晩でこの殺戮を行ったということか」


 仮に犯人が熟練の冒険者パーティーだったとしても、一晩で村人を皆殺しにするのは不可能だ。


 だれか一人を襲っている内に、他の者はそれぞれ別の方角へ逃げればいいのだから。


「この大剣を手にした死体は何者なのでしょうか? 見たところ農夫には見えませんが」

「おそらく村人が雇った冒険者だな。盗賊や魔物の襲撃に備え、用心棒のクエストで依頼したのだろう」


 だが、その冒険者もあっけなく命を奪われた。

 奇妙なのは死体のあらゆる部位に刺し傷があることだ。


 殺すだけなら頭か心臓を狙えばいい。


「この大剣よく見ると途中で折れていますね。皮膚が頑丈なストーンゴーレムの襲撃もあり得るのでは」

「あの魔物に村人を逃がさないなんて知能はない。金品にも興味はないしな。何か非常に硬い物体に自ら斬りかかったとしか思えん」

「何かとは?」

「それがわかれば苦労はしない」


 武器屋で売られている大剣は、腕力に自信がある冒険者が使う物で、その硬度はゴーレムやドラゴンの皮膚を想定している。


 それをへし折るなど、並大抵の硬さではない。

 奇妙な冒険者の死体に、騎士隊長は背筋が寒くなった。


「隊長、村の広場に奇妙なマークがあります。襲撃者の残したものかと」

「わかった。確認する」


 騎士隊長は部下を広場に向かう。

 そこにあったのは──。


「……あの噂は本当だったのか」


 血で描かれた、四つの首を持つ死神だった。










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