第27話 嵐の夜
月光樹栽培開始、四十日目。
栽培は順調に進んでいる。
問題なのはリーシャお嬢様の体調だ。
あのあと、ドロシーがトリップル家に毒の症状を和らげる薬を届けた。
これで苦しみは軽減できるが、根本な部分は治っていない。
解毒剤ができるまで持ってくれるといいんだが。
「今日も異常なしね」
ドロシーはあれからよく家に来て、結界や月光樹の様子を見てくれる。
発作が起きたときに、苦しみを和らげられなかったことを悔やんでいるのだろうか。
解毒剤はドロシーにしか作れないんだし、気にしなくていいと思うんだが。
「ん? 雲の流れが早いな」
空を見上げると、灰色の雲が千切れるように飛んでいく。
空気は湿り気を帯びて、風も強くなり始めた。
「雨がきそう」
「そうだな。今夜は荒れそうだ」
隣にラウナが来て、鼻をヒクヒクと鳴らした。
彼女もワーウルフの血でなにか感じ取っているのだろうか。
その時、ゴウッと突風が吹いて折れた木の枝が飛んできた。
いや、この枝デカいな!
俺の胴くらいあるぞ!
「ふんっ!」
バキンッ! と蹴りの一発でラウナが枝をへし折る。
驚くべき反射神経。
「お、おお……ありがとう」
「ぶい」
ラウナがVサインを見せてくる。
可愛い。
それはともかく、この枝が飛んでくるレベルの風ってヤバくないか。
ガラスハウスを補強した方が良さそうだな。
「ドロシー、嵐が来そうだ! ガラスハウスが壊れないようにするから手伝ってくれ!」
「えー、めんどいわね。あたしの結界でなんとかならない?」
「なるかもしれないけど念のためだ。防風ネットを張るぞ」
「わたしも一緒にする」
ガラスハウスを覆うように、網目の細かいネットを張る。
これは天候が荒れたときのために職人たちからもらったものだ。
三人で協力して、ネットをガラスハウスの全面に張る。
あとはロープで上から押さえて、杭で地面に止めれば完成だ。
「うん。いい感じ」
「あー疲れた。魔女に肉体労働はやせないでよねー」
ラウナが満足そうにうなずき、ドロシーが腰を叩く。
「森の畑も心配だな。今夜はマームにも家にいてもらおう」
「わたしが呼んでくる」
「怪我がないように気を付けてな」
ラウナがマームを呼びに森の方へ走っていく。
あっという間に木々を通って見えなくなった。
「あとは家の窓だな。板を打ち付けておくか」
倉庫から板を持ってきて、ハンマーと釘で窓を補強する。
三十分くらいかかったけど、これでひと安心だろ。
「マームさま、運んできた」
「ジメジメシテル。アメ、フル、」
「ラウナお疲れ。マームも家で休んでくれ」
マームをおんぶしながら、ラウナが走って帰ってきた。
体重一〇〇キロくらいあると思うんだが……すごいパワーだ。
ポツ。ポツ……ポツポツポツ。
「お、降ってきたな」
暗くなった空から雨粒が落ちて頬に当たる。
早くも天気が崩れてきそうだな。
「三人とも家に入るぞ。ここにいたら風邪を引きそうだ」
「いま行く」
「オウチ、ヒサビサ」
「もうちょっと待って。結界の最終チェックするから!」
ドロシーのチェックが終わると、俺たちは家に入った。
すぐに雨は本降りとなり、ザーザーと音を立てて屋根を震わせる。
「うわっ、ゴロゴロ鳴ってる! あたし雷ダメなんだって……」
「わたしも無理……」
雷の唸る音が遠くから聞こえてくる。
ドロシーとラウナは怖いのか、ソファーの上で仲良く毛布をかぶった。
姉妹みたいで微笑ましいと思ったのは内緒だ。
「嵐が過ぎるまでなにもできないな。今日はもう休もう」
それから俺たちはしばらくダラダラした。
マームは湿気が心地よいのか、すぐ客室に入って眠ったようだ。
夕食の時間になると、ラウナが作ったチキンソテーがテーブルに並んだ。
「うまっ! お肉は柔らかいし付け合わせの野菜のは瑞々しくて最高! あんたやるじゃない!」
「今日のは特に自信作」
「ラウナの料理は絶品だからな。もっと褒めていいんだぞ」
「あんたたちいつもこんなの食べてるわけ? 羨ましいわー」
鶏肉と野菜のマリアージュに舌鼓を打つ。
俺以外に褒められるのが久しぶりなので、ラウナもうれしそうだ。
ちなみに最初はドロシーが作ると言っていたのだが、得体の知れない香草や調味料を入れようとするので俺が止めた。
あいつに料理は任せない方がいいな。
食事が終わるとトランプで遊ぶことにした。
「あー、またジョーカーじゃない!」
「ふふ、俺のポーカーフェイスを舐めるなよ」
「次はわたしの番」
「あんたの表情が一番読みにくくない?」
俺がババ抜きを提案して、それで勝負することになった。
それにしてもこの異世界、地球と同じような文化がよくあるな。
もしかしたら、同じような星だけど剣や魔法が発達したパラレルワールドなのかもしれない。
勝負の結果は一位ラウナ、二位俺、三位ドロシーだった。
「あー負けたー。てか無表情強すぎでしょ」
「一位には賞品のプレゼント……はないから、代わりに俺かドロシーに命令するってのはどうだ? なんでも言うこと聞くぞ」
「なんでもって、まあラウナならいいけど」
「……なんでも」
軽い気持ちで提案したのだが、ラウナは真剣に考えているようだ。
そして、俺の顔を見ながらこう言った。
「一緒のベッドで寝てほしい」
「え? いや、それはさすがにまずくないか?」
「一人は雷怖いから。今日だけ」
「それならまあ……」
びっくりした。
ドロシーの前で誓いを試したのかと思ったぞ。
「ふーん、あんたたち仲いいのね。なるほどねー」
「いや誤解するなよ。これは雷のせいだからな」
ドロシーは俺とラウナの顔を交互に見て、意味ありげにうなずく。
おい、なんだその顔は。
ジト目で見るな。
「あたしもう寝るわね。あとは二人で楽しんで」
「ご主人さま、わたしも寝る。ベッド行こ」
「お、おう。じゃあなドロシー。いい夢見ろよ」
俺が先にベッドに入り、その横にラウナがくる。
距離が近いからか、いい匂いがしてきた。
「そ、それじゃ俺たちも寝るか」
「ご主人さま、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
緊張で眠れないかと思ったが、作業の疲れかすぐにまぶたが重くなる。
雨と風の音をBGMにして、俺の意識はすぐに落ちていった。
翌朝。
「すっかり晴れたな」
外に出ると、雲一つない空が広がっていた。
嵐は夜の内に過ぎ去ったようだ。
ガラスハウスも無事だが、周囲には木の枝や枯れ葉が散乱している。
今日は後片付けで忙しくなりそうだ。
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