第26話 トリップル家の視察
驚いたのは、そこにリーシャお嬢様の姿もあったことだ。
「大勢で押しかけてすまぬな。月光樹の様子がどうしても気になったのでな」
「い、いえ、あたしの方からお呼びしようと思っていたので。何もないところですけどくつろいでください」
「お茶どうぞ」
「感謝する」
久しぶりに会った伯爵は前よりも顔が険しかった。
病状の不安を必死に我慢しているんだろう。
ドロシーが会話に緊張するのもわかる。
「お茶請けに果物もあります。みなさん良かったらどうぞ」
「兵士たちに大好評と噂の果物ですね。一ついただきますよ」
ディルクがラズベリーをつまんで口に入れる。
「これは美味しい! ソウマさんこの果物は貴方が作っているのですか?」
「まあ……そうです。実験農場を任されている内に農業にハマってしまって」
「月光樹の栽培に加えて農家の才能もあるとは。面白い方ですね」
褒められるのは悪い気がしないけど、ちょっとむず痒いな。
さっきは野菜畑や森の方向も見てたし、農業に興味がるのだろうか。
テーブルに果物を置いたら、俺もお茶配りを手伝うか。
「お嬢様、お茶はいかがですか?」
「コホ……あ、はい。ありがとうございます」
リーシャお嬢様にガラスコップを手渡す。
白い肌は屋敷で見たときよりも透明度が増して、いまにも壊れてしまいそうだった。
「まさかいらっしゃるとは思いませんでした。お体は大丈夫ですか?」
「今日は身体の具合がいいので、お父様に無理を言って来てしまいました。ここの空気は澄んでいて素晴らしいです」
そう言ってリーシャはコップに口をつける。
「まあ、なんてまろやかお茶なのでしょう」
「お口に合ったなら光栄です。ここの畑で作っているんですよ」
「管理は貴方がされているのですか?」
「ええ、まあ。ドロシー先生がこれも修行の内だと言うので」
「ソウマさん、でしたよね。貴方はすごい人です」
いきなり名前を呼ばれて心臓がビクッとした。
俺のことも覚えていたのか。
てっきり助手のモブAくらいの扱いかと。
「お褒めにあずかり恐縮ですが、大したことはしてないですよ。水をやったり雑草を抜くだけなので」
「謙遜なさらないでください。わたくしを診てくれたときの言葉、とても的確で驚きました。魔法薬植物に詳しいのですね
「それもドロシー先生のおかげですから。俺は前に教わったことを話しただけですよ」
「ふふ、そういうことにしておきます」
リーシャお嬢様は悪戯っぽい笑みを浮かべ、伯爵の元に歩いていった。
もしかして俺のスキルに気づいたのだろうか。
いや、まさかな。
俺も後を追ってドロシーたちと合流する。
「それで月光樹の実はどこにあるのだ?」
「この中です。いま結界を解除します」
ドロシーが杖を振ると、隠蔽の結界で隠されたガラスハウスが姿を現した。
防御や警報などの結界も解除し、伯爵たちが入れるようにしたようだ。
「触るのは厳禁。見るだけでお願い」
「おお、これが月光樹の実か」
「薄っすらと光を帯びているように見えます」
「なんだか神秘的ですわ」
伯爵たちは物珍しそうに、渦を巻く茎と小さな実を見ている。
「あのあと調べて月光樹は相当に希少な魔法植物と知りました。ドロシーさんはよく見つけられましたね」
「そ、そこはプロなので。魔法薬を扱う者として、あらゆる魔法植物に精通するのは当然です」
ディルクの質問にドロシーがつっかえながら答える。
種を持ってたのはただ偶然だしな。
「育て方は普通の植物と同じなのでしょうか? それともなにか特別なものを?」
「それはえーと……」
「大コウモリの糞とリーフスライムの死骸を肥料にしています。土や水は普通のものですね」
「なるほど。ソウマさんは詳しいのですね」
反射的に答えると、リーシャお嬢様にクスリと笑われた。
……まさか試したんじゃないよな。
屋敷のことで、目をつけられた可能性があるな。。
「いまでガラスハウスの建設を含め一月半ほど経ったが、あと二ヶ月半で解毒剤が完成するのだな?」
「それはもちろん。管理してるあんたもそう思うわよね?」
「いまのところ順調に育ってます。このペースなら余裕をもって薬を作れるはずですよ」
実際は二ヶ月で実は成熟するはずだから、あと一ヶ月程度か。
加工する時間を計算に入れても問題なく間に合うはずだ。
「リーシャ、良かったな。あと少しの辛抱だぞ」
「はい、お父様。ッ……ゴホゴホゴホ! エホッ……カハッ……!」
「リーシャ! どうしたのだ!?」
「お嬢様! 大丈夫ですか!?」
突如リーシャの呼吸が激しく乱れ、場が騒然となる。
顔色も紫に近くなり、かなり辛そうだ。
まずい。
やっぱりここに来るのは無理があったんじゃないか。
リーシャをガラスハウスから出して、地面に敷いた布の上に寝かせる。
「ゲホ……ガハ……ハァハァハァハァ……!」
「ドロシーさん、なにか薬はないのですか!?」
「毒の発作を和らげる薬は……い、いま探してるんだけど……!」
ドロシーはパニックなりながら、マントのポケットや鞄を探している。
ここは俺がなんとかするしかなさそうだ。
一度家に戻って、人の形をした植物の根を持ってくる。
「お嬢様、これを握ってください」
「は、はい……」
「ゆっくりと息を吐きながら、根に苦しみを移すイメージをしてください。あなたのは負担はすべてこの植物が受け入れます」
「わかり……ました。ハァ……はぁはぁ……」
目を閉じてイメージに集中してもらう。
深い呼吸を繰り返すと、リーシャお嬢様の顔色は少しよくなり始めた。
よかった。
ちゃんと効いたみたいだな。
「こ、これは一体なんなのだ」
「ソウマさん、なにをしたのですか?」
「これはペインラディッシュという魔法植物です。触れた者の痛みや苦しみを引き受ける効果を持っています。根本的な治療にはなりませんが、発作を抑えるくらいならできますよ」
元々風邪のときに使っていたものなのだが、残しておいてよかった。
マンドレイクもそうだけど、根菜系の魔法植物は保存がきいて助かるな。
「はぁはぁ……少し、ましになりました……」
「お嬢様、帰って身体を休めましょう」
「それがいいと思います。栄養にある物を食べて安静にしてください」
「ドロシーさん、ソウマさん、ありがとう。解毒剤が完成する前に娘を失いかねなかった。心より感謝する」
ベルハルト伯爵が頭を下げる。
ディルクや周りにいた兵士たちも頭を下げて、お礼を述べてくれた。
ここが王都だったら変な噂が広まりそうだなーと思いつつ、「気にしないでください」と返しておく。
それにしても今回はなんとかなったが、リーシャお嬢様の容態はかなり悪いようだ。
思ったより時間はないのかもしれない。
「不躾な質問だが解毒剤をもっと早く作ることはできないのか? このままでは娘が持たかもしれんのだ」
「それは……あと二ヶ月……」
「ドロシー先生」
「あと一ヶ月と少しあれば出来ると思います! このあたしに任せてください!」
「ドロシーさん本当ですか!? 一ヶ月あればお嬢様は助かるのですね!?」
「も、もちろんです。だからもう少しだけ待ってください。必ず解毒剤をお届けしますから」
俺が目配せをすると、ドロシーは覚悟を決めたように断言する。
残り時間は約一ヶ月、それがリーシャを救うタイムリミットだ。
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