第25話 新しい日々と不穏な影

 月光樹栽培開始、二日~二十五日目


 月光樹の種は問題なく発芽し、すくすくと成長した。


 葉があったのは双葉のときだけで、あとは茎しかないのは驚いたが、二十日を過ぎると茎が渦を巻きその先端に小さな実をつけた。


 あとはこの実が満月のように丸く太るのを待つだけだ。


「すごく大きくなった」

「もうメロンくらいあるな」


 月光樹の茎はラウナの身長と同じ高さまで成長した。

 主な栄養は月の光だが、実際に育てると水や肥料も普通に必要なようだ。


 小まめな水やりと肥料の追加が欠かせない。


「よし、縛ったぞ。ロープを括ってくれ」

「了解」


 実が自重で落ちないように、ロープで吊って物干し台に固定しておく。

 これで朝起きたら落ちた実が割れてるなんて悲劇は避けられるはずだ。


 あと害虫や病気のチェック、温度管理にも気を配らないといけない。

 いま思うとヒールハーブは放置気味でも勝手に育ってたな。


 ラウナと二人で育てていなかったら、もうへとへとだったかもだ。

 疲れが溜まっているのか、いままで以上に夜は早く寝てしまう。


 ベッドに入ると夢も見ずに朝までぐっすりだ。




 月光樹栽培開始、二十六日目


「どう二人とも。上手くいってる?」


 この日はドロシーが来た。

 発芽してからからちょくちょく様子見にきていたが、今日は一日中いられるそうだ。


「いまのところは問題ないな。気温が上がりすぎないから助かってる」

「結界の調子はどう? 今回は複合結界だから、術式が干渉し合って誤作動するのだけが心配なのよね。変な挙動したらすぐに呼びなさいよ」


 ガラスハウスの周囲には、ミステリーサークルのように、複数の円と記号が描かれている。


 これはマンドレイクのときよりも強力な守護結界らしい。


 魔物の侵入を防ぐだけでなく、ガラスハウスの強化、隠蔽、敵感知など、守りの魔法がいくつもかけられている。


 俺がおかしな挙動はないと言うと、ドロシーはホッとしたように息を吐いた、


「今日からはここに泊まる日が増えると思うわ。あたしの分の部屋も用意しといてよね」

「いやなんでだよ。魔法薬店の方はどうするんだ」

「箒で飛べばすぐよ。それにいまの時期は遠征する冒険者が多くて暇なんだもの」

「理由は本当にそれだけか? なにか隠してるだろ」

「あんた変なところで勘がいいわね。じゃあ言うわよ。月光樹の実を狙うやつがいたら心配でしょ。なにかあってからじゃ遅いじゃない」


 ドロシーは当たり前のようにそう言った。


「狙うたって、そんなやついるか? だいたいこの場所を知らないだろ」

「万が一のためよ。月光樹の実は調合しだいでどんな治療薬にも使えるんだから。あんたあたしたち以外にこの話してないわよね」

「してないって。お前と同じで友達いないからな」

「ふんっ。そうだったわね」


 あと知ってるのはトリップル家の面々くらいか。

 依頼してきた伯爵が邪魔はしないだろう。


 その時、聞き覚えのある声がした。


「ちわーっすソウマさん! お荷物のお届けに上がりました!」

「タロス来てたのか」


 荷車を引きなが手を振るのは、牛獣人のタロスだった。

 注文していた食料や肥料を届けに来てくれたようだ


「おおっ、家デカくしたんスね。儲かってるんスか?」

「二人で暮らすには狭かったからな。臨時収入が入ったときに思い切ったんだ」「わたしも下ろすの手伝う」

「助かるっス!」


 ラウナと一緒に荷車から荷物を下ろして、倉庫に運んでいく。

 作業が終わった後に、タロスが話を振ってきた。


「そういえば王都で噂の盗賊団の話って、もう知ってるっスか?」」

「盗賊団? いや聞いたことないな」

「『四つ首の死神』って名乗る盗賊団なんスけど、めちゃくちゃ凶悪でスゲー強いんスよ。こいつらに目をつけられて消えた村は、十や二十じゃきかないんだとか」


 盗賊団の名前が出て、ラウナがきゅっと唇を結んだ。

 両親と足のこともあるし、早めに切り上げた方が良さそうだな。


「ここ二、三年は活動してなかったんスけどね。最近また動き出したとかで王都騎士団もピリピリしてるらしいっス。いやー、オレもガクブルなんス。ソウマさんも気を付けた方がいいっスよ」

「俺みたいな農家を襲っても野菜しか奪えないって。それより次の配達はいいのか?」

「あ、そうっスね。それじゃまたっス!」


 荷車を引いてタロスは帰っていった。


「ラウナ、大丈夫か? 顔が青いぞ」

「……うん、平気。ちょっと思い出しただけ」

「ほんと最悪なやつらだよな。でも王都騎士団も把握してるみたいだし、すぐに捕まるんじゃないか」

「……そうなってほしい」


 ラウナの声は震えていた。

 地獄のようなトラウマを植えつけられたんだ。


 こうなるのも無理はない。


「わたしの足を奪った盗賊じゃなけど、怖い。いまの暮らしまで奪われたくない」

「そのときは俺がラウナを守る。だから心配するな」


 俺はラウナの瞳を見ながらそう言った。

 まさか女の子に真剣な顔で“守る”なんて言う日が来るとは。


 会話すらなかった前世からしたら考えられないな。


「……うん……」

「ラウナは俺より強いから逆に守られるかもしれないけどな。それにマームもいるしドロシーだってよく来るみたいだから、みんなで反撃すれば盗賊だって追い返せるさ」

「すぐ誤魔化す」

「誤魔化してないって。べ、別に戦うのが怖いわけじゃなんだからな!」


 おどけた口調で言うと、ラウナはクスっと笑った。

 それから俺を見て、


「ご主人さま、ありがと。頼りにしてる」


 淡雪みたいに消えてしまいそうな笑顔で、そう言った。






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