第24話 月光樹栽培開始

 まず始めることは栽培の環境作りだ。


 ガラスの温室を建てるのはいいが、全面ガラス張りの建物を建築するなんて素人にできることじゃない。


 ここはベルハルト伯爵の人脈を使って、温室建築を専門にする職人を紹介してもらうことでクリアした。


 俺の家が王都から離れているので、資材の搬入に時間がかかったが、それでも発注から一週間後には建築工事が始まった。


「とんでもない早さだな」

「動きに迷いがない」


 俺とラウナが見ている前で支柱が打ち込まれ、テキパキとガラスの壁や屋根が組み上げられていく。


 小屋サイズの建物とはいえ、たった二日でガラスハウス完成したのには俺も驚かされた。


「すごいピカピカ」


 透明な壁をラウナが指でなぞる。

 傷一つないガラスは丁寧な仕事の証だ。


「皆さん、ありがとうございました。よかったらこちらをどうぞ」


 俺は大工さんたちにリンゴやオレンジ、桃などの果物セットを渡した。


 いい仕事をしてもらった、せめてものお礼だ。


「美味いなこれ!」

「すげえ! こんなジューシーなリンゴ食ったことねえぞ!」

「カミさんと息子用にもっともらってもいいかい?」

「うちで作ってるものなので、お好きなだけどうぞ」


 果物は大好評で、大工さんたちは帰っていった。

緑の王ユグドラシル】に感謝だな。


 それとあの人たちにも渡しておこう。


「よかったらいかがですか?」

「おれたちもいいのか?」

「なんだか悪いな」


 ガラスハウスを建てるようになってから、トリップル家お抱えの兵士を家の周りで見かけることが増えた。


 彼らはおそらく監視役だ。

 伯爵は俺たちが月光樹の栽培をあきらめて、逃げ出すことを心配しているんだろう。


「うん! 甘いぞこの桃!」

「このブドウ皮まで食べられるんだな」

「ここに兵士さんって交替してますよね? 他の人にも教えてあげてください」「ああ、もちろんだ」

「ディルクさんたち使用人も欲しがると思うぞ」


 商売のチャンスはどこに転がっているかわからない。

 月光樹以外にもトリップル家と、取引できる材料が増えるに越したことはないからな。


「ご主人さま、運んできた」

「いま行くよ。それじゃ俺はこれで」」


 兵士さんたちと話している内に、頼んでいた荷物の移動が終わったようだ。

 足早にガラスハウスへ向かう。


「これで栽培始められる?」

「その前に温度管理の魔道具を設置しないとだな。これがないとハウスの中が蒸し風呂になりかねない」


 ガラスハウスは太陽光を透過するため、内部の温度が上がりやすい。


 それを防ぐために換気窓は取り付けてあるが、もっと気温が上がった場合の対処方法が必要だ。


「それでドロシーに取り寄せてもらったのが『霧風の箱』だ」


 俺は扇風機のようなファンが付いた、長方形の箱へ近づく。

 ファンは箱の上部にあり、ホースのような管が下部についている。


 さっきラウナがガラスハウスの中に運び込んだものだ。


「これはどう使うの?」

「こいつは細かい霧を建物の中で気化させることで、周囲の空気を冷やすことができるんだ。貴族の温室なんかで使われている魔道具だな」

「霧の中は涼しいってこと?」

「簡単に言うとそうだな」


 ラウナはあまりわかってなさそうだが、使い方はスイッチをオンかオフに入れるだけだ。


 霧の元になる水はタンクに溜めて、ホースで汲み上げるだけなので、すぐに覚えるだろう。


 いまの時期は暖かいので、暖房まで考えずに済むのは助かるな。


「月光樹の栽培は明日から始められそうだ。いまから必要な材料を揃えておこう」

「力仕事は任せて」


 ラウナと一緒に植えつけに使う道具や土を用意する。

 そうしている内に日が沈んでいった。。




 翌日。


 月光樹栽培開始、一日目。


 俺とラウナはガラスハウスの中にいた。


 昨日の内に準備は済んでいて、ハウスの中央部には木製のパレットがあり、その上に大型の植木鉢が置かれていた。


 植木鉢の中には森の畑から運んできた土がたっぷりと詰まっている。


「これが月光樹の種だ」


 ラウナに三日月の形をした種を見せる。

 種まで月に因んでいるなんて、さすが魔法植物だ。


「どう植えるの?」

「別に変わったことはない。人差し指を土に刺して第二関節まで穴を開ける。そこに種を放り込むだけだ」


 ラウナが指で開けた穴に種を落とす。

 これで今日の仕事は終わったといってもいい。


 ちなみに肥料は大コウモリの糞と、リーフスライムの死骸を混ぜたものを使っている。


「あとは土が乾かない程度に水をやって、室温を二十度から二十五度の間に保つだけだな」

「あの魔道具の出番」

「そうだな。今日の日差しなら問題ないと思うけど、これ以上上がるようなら『霧風邪の箱』を使おう」


 温度計は二十一度を示している。

 これなら大丈夫そうだな。


「風も強く吹いてないな。換気窓はそのままで大丈夫そうだ」


 ガラスハウスは正面と後面にスライドドアがあり、左右側面に換気窓が一つずつ作られている。


 換気窓は開閉可能で、雨や強風の日は閉めることにしている。


「ここから二ヶ月小まめにチェックしないとな。害虫にやられる可能性は低いけど、病気にかかることがあるかもしれない」

「枯らしたら大変」

「たしかに。今回は失敗したらやり直しが効かないんだよな……」


 ドロシーが持っていた月光樹の種は一粒しかなかった。

 昔他の魔法植物の種を買ったときに、偶然紛れていたそうだ。


 種の形が珍しくて保存していたが、同じものはそれから一度も見ていないと言っていた。


 一発勝負は俺もはじめてなので、プレッシャーがないと言えば嘘になる。


 というか普通に胃が痛いのだが、ラウナの前で情けない姿を見せたくないので我慢する。


「これもリーシャお嬢様のため、そして大金をゲットするためだ。ラウナ、気合を入れていくぞ!」

「うん! がんばる」


 こうして長い二ヶ月がはじまった。







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