第22話 トリップル家の面々

「はじめしてドロシーさん。我輩がトリップル家伯爵、ベルハルト・トリップルである」


 扉から現れたのは、厳格な顔した壮年の男性だった。

 金色の髪を額が見えるように整え、カイゼル髭をたくわえている。


 自分にも他人にも厳しい、まさに貴族といった風貌だ。


「お招きいただきありがとうございます。あたしは魔法薬士のドロシー・リンドバーグと申します」

「助手のソウマ・ササキです」

「同じく、ラウナ・ナイアです」

「お三方とも、よく来てきてくれた」


 自己紹介が終わると、ドロシーとベルハルト伯爵は握手をした。

 早くも緊張感が漂ってきている。


「依頼の内容はもうご存じでしょうな」

「はい。お嬢様がひどい病だとうかがいました」

「その通りなのだ。どの医者を頼っても一向に快復せず、病名すらつかめない状況で……もうどうすればいいのか」


 ベルハルト伯爵は額に手を当て、苦悶の表情を浮かべる。

 厳格そうな顔をしていても、娘のことが気がかりで仕方ないのだろう。


 子供を想う親の気持ちは、どの世界でも同じだ。


「我輩は早くに妻を亡くておるのだ。だからどんな手を使っても娘だけは助けたい。助けられるのなら金などいくら払っても構わん。それこそ金貨五〇〇〇枚だろうが一〇〇〇〇だろうがな」

「伯爵のお気持ちはよくわかりました。ですが報酬は事前に提示された分で十分です」


 ドロシーが引きつった笑顔で返答する。

 お金大好きなこいつが値上げ交渉をしないほど、伯爵の表情は鬼気迫るものだった。


 下手なことを言えばここで首を刎ねられかねないな。


「お嬢様に会わせていただけませんか? ここで話すよりも、この目で直接病を見たいのです」

「最もな意見だ。では、娘の部屋に来てもらうか。ディルク、お前も来い」

「承知しました。旦那様」


 俺たちは部屋を出て、ディルクを先頭に伯爵とお嬢様のところに向かう。

 そして屋敷の隅にある部屋の扉を開けた。


「あれ……お父様とディルク? そちらの方は?」

「リーシャのお客様だよ」


 ベッドから身体を起こしたのは、金色の髪を腰まで伸ばした少女だった。


 歳は十六歳くらいだろうか。

 美人だとは思うが儚げな容貌で、手を触れれば壊れてしまいそうだ。


「前に話したドロシーさんだ。魔法薬店を経営していて、唯一無二の薬を販売されている。いま冒険者や貴族が最も頼りにする女性だよ。彼女が治せない病はこの世にないそうだ」


 ……どんどん話が大きくなってないか?

 ドロシーのやつ依頼者にどんな説明をしたんだ。


 おい、口笛吹いても誤魔化せないぞ。


「お父様、もういいのです。わたくしのために私財を無駄にするのはやめてください」

「そんなことを言うな。必ず治る。いやあらゆる手段を使って治してみせる」


 リーシャの手を握り、ベルハルト伯爵は決意を込めた声を出す。

 その目には炎が浮かんでいるようだ。


「お嬢様、身体を診てもいいですか?」

「……どうぞ」


 ドロシーは杖を取り出し、リーシャの身体を服の上からなぞっていく。

 患者を診察する魔法もあるのだろうか。


「腕のところが痛むんじゃない?」

「──! わかるんですか?」

「生命力の弱まりを感じるの。直接見せてもらえる?」


 リーシャは腕をまくって素肌を晒す。

 白く透き通るような肌には、痛々しいミミズ腫れが浮かんでいた。


 その形が蜘蛛の巣に見えるのは、俺の気のせいだろうか。


「一年前からこの痣が現れたのだ」

「主に痛むのは腕ですが背中や足にも痛みが広がると聞いています」

「ドロシーさん、どう思いますか?」

「……いまのところ何とも言えないわ。あたしも見たことのない症状ね」


 伯爵たちに訊ねられたドロシーが、悔しそうに唇を噛む。

 いまの診察ではなにも見つけられなかったようだ。


「菌や呪いの類じゃないわね。毒だとしてもこんな症状見たことない……一体なんなの……」


 痣を見つめ、真剣な表情で考え込む。

 ドロシーでもわからないとなると、もうお手上げだぞ。


「やはりダメか……」

「お父様、だからもういいのです」

「お嬢様、そんなことをおっしゃらないでください……!」


 ああ、伯爵たちの失望した視線が胸に突き刺さる。

 このまま見てても仕方ないし、ダメ元で俺も診察してみるか。


緑の王ユグドラシル】を発動し、植物の毒に関する知識を検索する。

 まあ蜘蛛の巣型に腫れる毒なんてあるわけが──


「──あった」

「ご主人さま?」

「なに? ソウマどうしたの」


 いきなり声を出したので、二人を困惑させてしまった。。

 スキルのおかげで毒の種類はほぼわかった。


 あとは原因を探るだけだ。


 別に目立つつもりはなかったのだが、この場でわかるのが俺しかいない以上、やるしかないだろう。



「お嬢様、失礼ですが腫れに触ってもよろしいでしょうか?」

「え、えっと……」

「彼はあたしの助手なの。変なことはしないから触らせてあげて」


 ドロシーにそう言われ、リーシャはコクンとうなずいた。

 許しが出たので、指で腕の腫れに触れる。


緑の王ユグドラシル】は直に触ったほうが効果を発揮できる。

 これで毒の原因になった魔法植物がつかめるはずだ。


「病の原因がわかりました」

「なっ、本当か!?」

「うそ……どんなお医者様もわからなかったのに……」


 伯爵とリーシャお嬢様が驚きの声を上げる。


 ドロシーは「あんた本気で言ってるんでしょうね」と言いたげな視線を向けてくるが、内輪もめをしたくないのか黙ってくれてるな。


 俺は話の続きを口にする。


「これは『アラクカブト』と呼ばれる魔法植物の毒です。体内に入ると熱や腫れなどの症状があり、徐々に衰弱を引き起こす猛毒です。お嬢様に症状が現れたのは一年前とお聞きしたので、身体が持つのはあと一年かと」

「そんなものが娘の身体に!?」

「い、一体どうすれば……」

「アラクカブトは花弁に毒がありますが、地味な花なので間違って触ってしまったかもしれませんね。なにか心当たりはありますか?」


 俺が訊ねると、執事のディルクが答えた。


「そういえば一年前にお嬢様と山へ野イチゴを摘みにいったことがあります。そのときかもしれません」

「あり得る話ですね。アラクカブトの生息地は極々限られているので、運が悪いとしか言えませんが」

「毒の種類がわかったなら治療する方法はないのか」


 ベルハルト伯爵は感情の昂りを懸命に抑えながら言葉を投げる。

 その問いに答えよう。


「月光樹という魔法植物の実から解毒剤が作れます。それ以外の治療方法はありません」


 問題は月光樹の実がどこにあるかなのだが。

 こちらも希少な魔法植物なので、生息地はまったくの謎だ。


 ……今回の仕事かなり厄介だな。









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