第21話 新しい依頼
大金を手に入れた俺は、まず家を改築することにした。
一人暮らしならともかく、男女が二人で住むには狭さを感じることも多い。
建築士に頼んでリビングを広げ、個室も一回り大きいものにした。
客室も用意したので、だれかが泊まることになっても安心だ。
「キッチンが広々。料理しやすい」
ラウナは目を輝かせて、ピカピカになったキッチンを見つめている。
食器棚も大きな物が置けるし、かまども使いやすくなった。
までは値段が高くて買えなかった、珍しい食材や調味料も全部購入することにした。
食料を保存しておく倉庫も建てたので、野菜以外の料理も作りやすい。
「おお、すごく柔らかいな。買って良かった」
俺はリビングにあるソファーにもたれ、クッションの感触を確かめる。
家具も色々と注文したので、殺風景だった部屋も人並みになった。
前世で住んでいたアパートよりも、いまの方が圧倒的に上だ。
労働の対価で暮らしが良くなる体験がなかったから、なんだが胸にこみ上げてくるものがあるな。
やばい。
ラウナがいなかったら号泣してそうだ。
「しばらくはのんびりするか」
「わたしもそうする」
「ふぅ、なにもしないって最高だな」
マンドレイクの栽培が終わったので、いまは休暇中だ。
畑作業はほどほどにして、家でくつろぐ時間が増えた。
値段が高くて買えなかった本を購入して、この世界の歴史を学ぶこともできる。これがけっこう面白い。
ラウナは新品の調理器具や食材に興味津々で、様々な料理を作ってくれた。
「この肉旨味がすごいな! 肉汁がどんどん溢れてくる! 煮込み料理なのに全然パサパサしてないぞ!」
「ふふん。わたしの鼻に感謝して」
特に美味かったのは、一角ウサギを使ったシチューだ。
ワーウルフの魔血統を活かして、市場で最も新鮮な一角兎を嗅ぎ当ててくれたのである。
肉がいい個体は匂いが違うらしい。
これは俺にはできないことだ。
王都は危険視しているらしいけど、どうしても魔血統が悪いものだとは思えない。
そうして新しい暮らしを始めてから二週間が経った頃、ドロシーが訪ねてきた。
畑仕事をしている俺の頭上から、箒がゆっくりと下りてくる。
隣で作業をしているラウナも顔を上げた。
「こんにちはソウマ、ラウナ久しぶりね」
「ドロシーさま、こんにちは
「ずいぶん急な訪問だな。なにか用事でもあるのか?
「新しく薬の注文が入ったんだけど、難しい案件っぽいのよね。だからあんたに相談しに来たのよ」
仕事の契約をしている以上、ドロシーの問題は俺の問題でもある。
案件について質問すると、続きを話し始めた。
「これは領地貴族であるトリップル伯爵からの依頼なの。伯爵には一人娘がいるんだけど、そのお嬢様が一年前から重い病を患っているそうなのよ」
「病? なら医者に任せた方がいいんじゃないか」
「もちろん医者にも診せたわよ。でもどんな治療も効果がなかったみたいね。それであたしに病を治す薬を依頼したってわけ。『戦神の強壮薬』を売れるドロシー魔法薬店なら、なんとかできるんじゃないかって」
なるほど、そういうことか。
俺に相談しに来た理由がわかった。
治療薬を作るなら必ず魔法植物が必要になるからな。
「その依頼受けるつもりなのか?」
「もちろん。だって治療に成功したら金貨三〇〇〇枚なのよ!」
「さ、三〇〇〇枚!? マジか!?」
「すごい金額……!」
戦神の強壮薬の取り分を軽く上回っている。。
貴族だから金はあるんだろうけど、とても信じられない。
「あんたも依頼を受けるでしょ? 一回儲けたくらいで満足するタイプには見えないしね」
「詳細を聞かないと断言はできないけどな。手伝う気はあるぞ
「なら決まりね。五日後に伯爵の屋敷から迎えが来るわ。そのときにあんたも来てちょうだい」
「それは構わないが、ラウナも一緒でいいか?」
俺はそばにいるラウナに目をやる。
彼女だけ家に残しておくのも不安だ。
それに伯爵の屋敷でなにかあるかわからないしな。
腕力に自信がある助手がいれば安心だ。
「いいわよ。ただし、あんたたちはあたしの助手ってことにしとくから」
「なるほど。変に詮索されないし、それがいいな」
「ただの農家がいたら不審すぎるもの。それじゃ、五日後の早朝あたし店に集合ね」
「わかった。準備しとくよ」
「いい服選ぶ」
話が終わると、ドロシーは箒に乗って帰っていった。
貴族の娘の治療か。
儲け話の匂いがしてきたな。
マンドレイクを栽培した直後なので、森の畑はしばらく休ませている。
今回の依頼を受けない手はない。
ここで上手く稼げたら、いよいよ人を雇って畑を拡大できるかもしれないな。
「ラウナ、俺は依頼の話を前向きに考えている。また力を貸してくれないか」
「もちろん。ご主人さまのためならなんでもする」
ラウナはすでに気合十分といった様子で、コクコクとうなずいた。
俺も休んでいた頭を起こすため、頬をパンパンと叩く。
こうして、新たな仕事が始まった。
五日後。
ドロシーの店に集まった俺たちは伯爵の馬車に迎えられ、屋敷まで送られることとなった。
この馬車は王都で一般的に使われるものよりも大きく、車内も広々としていて座り心地もよい。
道中もほどんど揺れを感じることがなく、仮眠を取っているうちに伯爵の屋敷に到着していた。
「おおっ、まさに貴族って感じだな」
「大きなお家」
「田舎者の反応やめてよね。ほら行くわよ」
伯爵の屋敷は絵に描いたような豪邸だった。
広大な庭には噴水と薔薇の垣根があり、よく手入れされている。
ドロシーの後を追うようにして、俺とラウナもレンガの敷かれた通路を歩いていく。
屋敷にある扉の前には、執事服を着た青年が立っていた。
「薬の依頼を受けたドロシーよ。伯爵に会わせてちょうだい」
「お待ちしておりましたドロシー様。お連れの方は?」
「あたしの助手。心配しなくても問題は起こさないわよ。このぼーっと顔を見ればわかるでしょ。案山子の方がしっかりしてるわ」
「承知しました。お連れの方も一緒にお入りください」
失礼な紹介をされたが、ともかく俺とラウナも屋敷に入る。
「自己紹介が遅れましたが、屋敷で執事をしているディルクと申します。ご用がありましたら、何なりとお申し付けください」
ディルクと名乗る青年は、恭しく頭を下げた。
高身長なイケメンで左目に片眼鏡をかけている。
モテるんだろうなーと思ったが、口には出さないでおく。
ディルクに案内され、屋敷の中を進む。
敷かれている絨毯は一目でわかる高級品で、壁の絵画や飾られている壺も、きっと目が飛び出る値段なのだろう。
移動の途中で、ディルクとドロシーの話声が聞こえてきた。
「ドロシー様は高名な魔法薬士だとうかがいました。冒険者や貴族の方々に頼られ奇跡のような薬を生み出してきたと」」
「ま、まあそうね」
声が震えてるぞ
こいつ依頼を受けるために話を盛ったな。
「依頼を受けていただいて感謝しております。私どもではもう手の打ちようがないのです」
「そんなに病状は悪いの?」
「はい。お医者様の治療も芳しくなく日に日に衰弱してされています。執事として情けない話ですが、お顔を拝見するだけでも胸が痛みます」
ディルクは自分の不甲斐なさを悔やむように拳を握った。
お嬢様が大切なんだな。
「私ごときが差し出がましいのですが、どうかお嬢様をお救いください。あの方がいなければトリップル家は途絶えてしまいます」
ディルクはドロシーを見て、深々とお辞儀をした。
声から必死さが伝わってくる。
「……もちろんよ。この天才魔法薬士に任せてちょうだい!」
ドロシーが胸を張って返事をする。
声から動揺が伝わってきてるぞ。
予想より事情が重そうなんだが。
病気を治せなかったらすごく気まずくないか。
「…………」
「どうしたラウナ?」
「ううん、なんでもない」
ラウナはさっきから心ここにあらずといった様子だ。
鼻を鳴らす回数が増えているし、なにか匂うのだろうか?
俺には特になにも感じないんだけどな。
それから階段を昇って少し歩くと、応接間に通された。
「すぐ旦那様がお見えになります。しばしお休みください」
豪奢な内装にキョロキョロしつつ、ソファーで伯爵を待つ。
しばらくすると、奥にある扉が開いた。
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