第20話 大儲けと、この先の未来
『戦神の強壮薬』を売り出してから、一ヶ月が経過した。
その間俺はいつも通り畑を耕しながらラウナと暮らしていた。
結果を待つ受験生のようなヤキモキした日々。
しかし、本日ついにドロシーからフクロウを使って手紙が届き、、売り上げの報告を受けために魔法薬店へ来たのである。
「この一ヶ月で戦神の強壮薬の売り上げは──」
「売上は?」
「うんうん」
魔法薬店に来た俺たちに、ドロシーはやたらと長いタメをつくりながら話す。
というか早く言え。
「なんと売り上げは~~~~~~~~~~~~~~っっ!」
いや長い長い。
結論から言おう。
戦神の強壮薬は大ヒットを記録した。
一ヶ月間に売れた小瓶は百本。
売り上げはなんと、金貨二千枚になったのだ。
「ま、マジかよ……」
「ご主人さま、二千枚って何枚?」
金額がデカすぎてリアクションができない。
隣にいるラウナもポカンと口を開けている。
正直に言うと売れない場合の値下げも考えていたので、この結果はいい意味で予想を裏切ってくれた。
「すごいでしょ。あたしも最初に計算したときは胃が飛び出すかと思ったわ」
「でもよく売れたな。まだ信じられないんだが」
「これが口コミの効果ってやつよ。本当に価値のある物を冒険者は見逃さないものなの」
ネット社会で生きてきた俺からすれば驚きを禁じ得ない。
人同士の繋がりだけで、ここまで売れるものなんだな。
「取り分はあんたとあたしで七:三だったわね。これが報酬の金貨一四〇〇枚よ」
分厚い布袋がドシンッと音を立てて、いくつも置かれる。
この中に金貨がぎっしり詰まっているのだ。
そう考えると身体が震えてきた。
これなら家をもっと広くしたり、農具や肥料だっていい物を買える。
ラウナが好きな服やアクセサリーだって買える。
夢は広がるばかりだ。
「やっぱ銀行に預けた方がいいよな」
「いいけど小分けにしときなさい。一度にこんな大金預けたら、王都の治安部隊に色々と嗅ぎ回られるわよ」
それもそうだ。
じゃあしばらくは家に置いておくしかないか。
大金を家で管理するのも怖い気がするけど。
「大売れを祝して宴会でもしたいけど、後日でいいわよね」
「金貨を隠しておかないといけないしな」
「わたしもがんばって運ぶ」
「じゃまた連絡するわ。あんたたちも乾杯はそのときまで我慢しなさいよ」
この日はそれでドロシーと別れた。
俺たちは金貨二十枚ほどをいくつかの銀行に「預け、残りを馬車で家に運ぶことにした。
到着するまでずっと冷や汗を掻いていたことは、言うまでもない。
後日。
ドロシーから連絡を受けた俺たちは、王都の酒場に来ていた。
酒場の名は『歌うピクシー亭』だ。
店内は賑やかであちこちから笑い声が聞こえてくる。
「遅いわよ。ずっと待ってたんだからね」
「悪い悪い。馬車が中々つかまらなくてな」
「ドロシーさま、ごめんなさい」
ドロシーは丸テーブルの席に座って、ジョッキを片手に唇を尖らせている。
俺とラウナも席につき、ビールを注文する。
そうして、宴が始まった。
「かんぱーい!」
「乾杯!」
「かんぱい」
俺たちのジョッキが子気味よい音を鳴らす。
小麦色の液体を喉に流し込むと、ほどよい苦みが爽快に突き抜けた。
家では安ワインばかり飲んでいたから新鮮だ。
たまには街の酒場もいいな。
「かー美味い! この一杯のために生きてる気がするわね!」
「おいしい。こんなのはじめて」
ドロシーが豪快にジョッキを飲み干し、ラウナはチビチビと飲んでいる。
俺はまだ半分しか飲んでないのに、すごい勢いだ。
やっぱりこの魔女いい年齢だろ。
「はじめは不安だらけだったけど、あんたと組んでよかったわ。おかげで借金も全部返せそうだし。ありがとね」
「お前に礼を言われるなんて明日は雨でも降るんじゃないか」
「なによそれ。あたしだって感謝くらいするんだからね!」
そう言ってドロシーは酒臭い息を吐きかけてくる。
それ見た目が赤髪ツインテール少女じゃないと許されないやつだからな。
「あーこれでいい男でもいたらなー。あんただれか知らない?」
「俺を速攻で除外したな。お前と同じぼっちが知るわけないだろ」
「まーそうよね。でもこれだけお金があったら見つかるかも」
「金目当てで寄ってくる男なんて碌なもんじゃないぞ」
「うっさいわね! わかってるわよー」
ドロシーは早くも蕩けた目でビールをあおっている。
こいつ酒に強くはないんだな。
「ふへぇー、もう食べられないよぉ」
やはりというか先に潰れてしまったので、あとはラウナと飲むことになった。
俺はビールを追加注文する。
「ラウナ楽しんでるか?」
「うん。お酒もご飯も美味しい。こういうの好き」
さっきから静かだと思っていたが、彼女なりに楽しんでいたようだ。
他のテーブルからは騒々しい声が絶えないが、意外と気にならないタイプみたいだな。
それからラウナは俺の顔をじっと見ながら、こう言った。
「ご主人様と会えて良かった」
「どうしたんだよいきなり」
「美味しいごはんが食べられて新しい足ももらえた。一生感謝する」
ラウナの手が俺の手に触れる。
「ご主人さま、わたしまだ話してないことがある。ここで話していい?」
「いいけど、大丈夫なのか?」
「うん」
この場でということは、魔血統絡みの話ではないのだろう。
新たな隠しごとの登場に内心ドキドキしながら、俺は続きをうながした。
「どうしてわたしの足がなかったか知ってる?」
「それは……事故とかじゃないのか?
ラウナの足について、詳しく訊ねたことはない。」
触れてほしくない部分だと思ったからだ。
「まだパパとママが生きていた頃、盗賊に襲われたの。二人は殺されてわたしは両足を斬られた痛みで気を失った」
「…………」
想像を絶する過去に俺は言葉を失った。
異世界だからその手の事件があることは知っている。
だがそれは所詮聞いただけの話だ。
チートスキルを使って静かに暮らせば、そうそう危険に会うことはなかったから。
「目が覚めたら奴隷商人の馬車の中だった。足の治療はされていたけど、奴隷刻印の契約を受けていてもう自由はなかった。それからご主人さまに出会うまで、すっとあの館にいたの」
「そうだったのか……」
「ずっと死にたかった。わたしだけが生きている意味がわからなかったから。だから、わたしを受け入れてくれてありがとう」
ラウナが微笑む。
その笑顔は俺がいままで見た中で、一番綺麗だった。
「いっぱいしゃべった。お酒のせいかも」
「はは、そうかもな」
アルコールが回ったのか、うっとりした瞳がこっちを見る。
そんなラウナを見ていたら、俺も自分のことを話したくなった。
「俺だっていまの暮らしは奇跡って感じだな。昔はだれかと一緒に暮らせるなんて思わなかったからな」
「ご主人さまの昔?」
「あまりいい思い出はないけどな」
もう一度ジョッキを飲んでから話を続ける。
「俺の雇い主は暴力的なやつでさ、仕事場じゃ殴る蹴るなんて日常茶飯事だったんだ。仕事もキツくて深夜まで残ることもしょっちゅうだった」
「かわいそう」
「さすがにラウナほど苦労はしてないけどな。おまけに賃金は安くてずっとボロい宿で暮らしてたんだ。そんなだから碌に遊びにも行けないし、仕事場の同僚以外と話すこともなかった」
「さびしい?」
「ああ寂しいな。いまの家で暮らすようになってからも、しばらくは忙しさで自分を誤魔化してた。その次は生き甲斐を探して、金持ちになる夢を叶えることにした。その途中でラウナと出会ったんだ」
いまは自分のためだけじゃなく、だれかを幸せにするために金を稼ぎたいと思う。
畑を大きくして、人も雇ってもっといい商品を作る。
それがやりたいことだと心から思える。
「俺の方こそラウナと出会えて良かったよ。これからもよろしくな」
「うん、よろしく。ご主人さま」
ラウナの頭を撫でる。
赤い頬がもっと赤くなったのは気のせいだろうか。
マンドレイクの栽培は終わったけど、俺たちの人生は続いていく。
大金持ちになる夢もまだまだこれからだ。
明日からも二人で一歩ずつ、進んでいこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます