第18話 戦神の強壮薬、完成
『戦神の強壮薬』、作業開始から三日後。
「も、もういいわよ……これで煮込みの工程は終わり……」
目の下に隈をつくりながら、ドロシーはそう言った。
三日三晩点いていた大鍋の火がついに消える。
中にあった液体は、煮込み始めた時の十分の一以下になっている。
ただ異臭とドロドロした粘性は消え、黒紫だった色は透き通るようなエメラルドグリーンに変わっていた。
「やっ、やったな……!」
「ちょっと疲れた……」
歓声を上げる余裕もなく、俺は床へ大の字に倒れた。
すぐ隣ではラウナ眠りに落ち始めていた
ラウナは今回の作業で、俺とドロシーの三倍近くがんばってくれたMVPだ。
ゆっくり休んでくれ。
「あたしももう寝るわ。続きは起きてからにしましょ……」
瞳をとろんとさせて、ドロシーもその場で崩れ落ちる。
「ああ、そうだ……な……」
俺もすぐに強烈な睡魔に襲われ、意識は闇に沈んでいった。
数日後。
俺たち三人は工房で大鍋の中身を、ひたすら瓶に移していた。
同じことを繰り返しすぎて、お玉と漏斗の扱いならプロになれている気がする。
延々と続く地道な作業。
だがそれも、ついに終わりの時が来たようだ。
漏斗を机に置いて、ドロシーが大きな声を出した。
「瓶詰め作業ご苦労様! これで戦神の強壮薬、完成よ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおっっ! 終わったあああああああああああああああああああああ!」
「ご主人さま、ドロシーさま、お疲れ様です」
俺は思わず叫びながらバンサイをしていた。
隣ではラウナがほっと息を吐いている。
木箱の中には二〇〇本を超える『戦神の強壮薬』が、びっしりと詰まっていた。
「ちょっとまだ終わりじゃないわよ。完成はしたけど売るのはこれからなんだから。まずは目当てのお客に来てもらわないとね」
「そういえばどんな相手に売るのか聞いてなかったな。いつもこの店に来る客じゃだめなのか?」
「基本的にはそれでいいわよ。あたしの店を贔屓にしている冒険者ね。奴隷商館とか薬を卸している店にも多少は出せるけど」
「基本的ってことは他にもアテがあるんだな」
「まあね。だってあたしの店に来る客ってお金ないんだもん」
それはわかる気がする。
俺も来店した冒険者を見たことがあるけど、羽振りが良さそうには見えなかった。
「常連の冒険者に戦神の強壮薬を紹介して、ギルドや他の冒険者、貴族に宣伝してもらうの。これでお金に余裕のあるお客来るはずよ」
「なんかこう……ふわっとした作戦だけど、大丈夫なのか?」
「心配無用よ。こういうのは口コミで十分なの。すぐに大金を持って押し寄せてくるわ」
ドロシーは胸を張って自信満々に言う。
その辺りの商才がないから店が儲かってない気がするのだが、黙っておこう。
「どう思う? これでいけそうか?」
「品物がいいならいける。はず」
行商人の娘だったラウナもうなずいている。
魔法植物を作ることしかできない俺にはわからないが、この世界では口コミの効果が強いのかもしれない。
ドロシーのやり方を信じてみよう。
と、そこでラウナが口を挟んだ。
「値段」
「ん? どうしたの?」
「まだ値段を決めてない気がする」
「そういえばそうだったわね」
たしかに言う通りだ。
作ることに必死になって、肝心の値段をまだ決めてなかった。
「ソウマ、あんたはどれくらいの値をつけるつもり?」
「うーん、そうだな……金貨五枚ってとこじゃないか」
森の畑で収穫したBランク以上のヒールハーブが、布袋いっぱいで約金貨十五枚だ。
手のひらサイズの瓶なら、金貨五枚が妥当だろう。
これでも農夫からすれば、四ヶ月分の収入と同じレベルの大金だ。
十分に利益は出るだろう。
「ラウナ、あんたはどう?」
「そんな高価な薬は取り扱ったことない。ご主人さまと同じ」
「なるほどね」
ドロシーは意味深にうなずいてから、改めて口を開いた。
「あんたたち甘いわね。大甘よ。そんな値段じゃここまでの苦労に全然見合わないわ!」
「じゃあお前はどんな値をつけるんだよ」
そこで大きくタメをつくり──
「──あたしなら金貨二十枚でいくわ! この戦神の強壮薬にはそれだけの価値があるもの!」
ドロシーは魔女帽とツインテールを派手に揺らし、バーンと効果音が出るような勢いで宣言した。。
でも金貨二十枚は無茶苦茶すぎないか?
農夫が稼ぐ一年以上の金額だぞ。
俺ならぼったくりを疑うぞ。
「さすがに値段設定がぶっ飛びすぎだろ。口コミで来た客だって、そんな金は出せないだろ」
「まあ九割九分は無理ね。でも一分でも買ってくれれば十分。彼らは冒険における命の大切さをなによりもわかっているから」
たしかに俺は冒険をした経験がない。
命の価値の意味知らないと言われれば反論できない。
あとは魂の契約相手を信じるしかないか。
「……わかった。任せていいんだな」
「もちろんよ。大船に乗った気でいなさい」
俺とラウナはその言葉に乗り、一度家に戻ることにした。
次の日からドロシー魔法薬店に、『戦神の強壮薬』が並ぶことになった。
俺が売り上げに驚くのは、それから一ヶ月後のことである。
◇ ◇ ◇ ◇
ドロシー魔法薬店は王都ヴィストールの外れにある。
一般人にはほとんど知られていないが、一部冒険者にはいい薬が手に入ると評判の店だ。
そして本日も客の訪れを告げるベルが鳴る。
「おーすドロシーちゃん。元気にしてるー?」
「元気よ。それで用はなに?」
「ポーションを切らしちまってよ。新しいのを買いに来たんだ」
剣を腰に下げた冒険者の男はそう言った。
「この間のは高いけどすごかったぜ。あれAランクのヒールハーブでも混じってたんじゃねえか? ま、そんなことあるわけねえか!」
冒険者の男はガハハと笑う。
Aランクのヒールハーブを使ったポーションを、金貨一枚程度で売る店などあるはずがないからだ。
「ポーションもいいけど、今日のおすすめはこれね。買っていかない?」
「これって……戦神の強壮薬じゃねえか! ほ、本物かよ!?」
「もちろん本物よ。疑うなら鑑定師に見せてもいいわよ」
男の目が大きく見開かれた。
冒険者にとって伝説の薬、それが無造作にカウンターで売られているからだ。
旧知のドロシーでなければ、一〇〇パーセント偽物だと断言していただろう。
「ね、値段はいくらなんだ?」
「金貨二十枚」
「たけえ! ちょっと高すぎねえか!?」
「この薬の価値がわかっているなら、三十枚でも安いと思うけど?」
「そ、それはそうだけどよ……」
冒険者の男は言いよどむ。
ドロシーの言葉が真実なら、値段に文句はつけられない。
頭の中で様々な考えが巡り、ぐるぐると回転する。
「いや……やっぱり無理だ。俺には出せねえよ」
「あら残念。なら困らせたお詫びにポーションを値引きしてあげてもいいわよ」
「マジかよ! ドロシーちゃんサンキュー!」
「その代わりに一つお願いがあるの。戦神の強壮薬のことを、できるだけ多くの冒険者や依頼を出した貴族に話してちょうだい。酒場なんかで大袈裟にね」
ドロシーはニッコリと微笑みかける。
獲物を逃がさないように。
「……なにか裏はねえよな?」
「あら、失礼ね。値引きはいらないってことかしら
「わ、わかったよ! ダチたちに宣伝しとく! それでだけいいんだよな?」
「ええ、そうよ。助かるわ」
冒険者の男はポーションを買って、店を出ていった。
これは釣りでいうところの撒き餌。
その効果はすぐに出ることとなった。
数日後。
「戦神の強壮薬を売っている店というのはここか?」
全身を銀の甲冑で覆った男が、ドロシー魔法薬店を訪れた。
立ち姿からわかる風格は、以前訪れた冒険者の男と決定的に違う。
「そうよ。ここに並べてあるでしょ?」
「値段は?」
「金貨二十枚」
「買おう」
銀甲冑の男は即金で戦神の強壮薬を購入し、店を出ていった。
冒険者ギルドに貼られたA級クエスト、『煉獄火竜の討伐』が果たされたのは、それから一週間後のことだった。
討伐者は報酬として金貨二〇〇枚を受け取ったという。
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