第17話 はじめての魔法薬作り
マンドレイクの収穫が終わり、俺とラウナはドロシー魔法薬店の工房に来ていた。
次はマンドレイクを材料にして、『戦神の強壮薬』を作る工程だ。
完成すればAランク魔法に匹敵する、肉体強化、体力全快、精力回復など、強力なバフ効果を飲んだ者に与えることができる。
大金を稼ぐまで、あと一歩だ。
「今回はあたしがリーダーだからね。言うこと聞きなさいよ」
「わかってるよ。薬のことは素人だからな」
「ドロシーさま、よろしくお願います」
魔法薬店の工房は、幅の広いテーブルに大鍋や天秤、小皿、フラスコなど、様々な器具がところ狭しと置いてある。
壁の棚には得体の知れない薬や、乾燥した魔法植物に爬虫類や蟲、鉱石が並べてあった。
一般的にイメージする魔女の家といった感じだ。
「まずマンドレイクを輪切りしてもらうわ。皮は剥かずにね。たくさんあるから手際よく頼むわよ」
ドロシーに言われた通り、俺とラウナは包丁を使ってどんどん輪切りにしていく。
もう悲鳴を上げることはないので、作業自体は滞りなく進む。
切った感触は人参とよく似ているな。
ただマンドレイクは全部で七百五十本近くあるので、腕の筋肉が早くも悲鳴を上げ始めている。
これは中々大変な作業だぞ。
二時間近くかけて、ようやくすべてのマンドレイクを輪切りにできた。
「ハァハァ……全部終わったぞ」
「これでいい?」
「次はマンドレイクを水に浸すわよ。いま切ったの全部に鍋に入れて」
マンドレイクを大鍋に入れて、その上から水を注ぐ。
輪切りがすべて水に沈むと、ドロシーは小瓶に入った赤い液体をその上から垂らした。
「その液体はなんだ?」
「これは『血の補充薬』よ。一滴垂らすだけで水を血に変えるの。病院でよく使われているわね」
なるほど輸血用の薬ってことか。
異世界にはすごい薬があるな。
「一時間はこのままにしておかないとだから、先に他の作業を進めましょう」
「今度はなにをするの?」
「起爆石を砕いて小皿に取り分けるわ。……危険だからあんたたちは後ろで見学してなさい」
ドロシーは棚から赤黒い鉱石を取り出すと、そろりと机の上に置いた。
見た目は果物のライチに似ていて、中心部からは魔力の気配がしている。
警戒しているのか、体内の吸血棘がざわざわし出したぞ。
「まずは爆発する機能を取り除かないとね」
ドロシーはローブから杖を取り出した。
そして軽く息を吐きながら構える。
「万物の母である水の精よ、その身をもって敵意を抱擁したまえ」
杖を起爆石に向けて、歌うように呪文を唱える。
かなり緊張しているのか額には汗が滲んでいた。
「我を傷つけるなかれ、友を傷つけるなかれ、破壊の衝動を慈愛に変え、穏やかさを保ちたまえ。──水精抱擁」
呪文の詠唱が終わると、起爆石の表面が水色に輝いた。
爆発機能は取り除けたのだろうか。
「ふぅ……これでもう大丈夫よ。叩いても砕いても爆発しないはず」
「下ごしらえに魔法が必要なんて知らなかったな。だから魔法薬は魔女が販売してるのか」
「そういうこと。一般人じゃ知識だけあっても、どこで事故が起こるかわかんないのよね」
ドロシーは袖で汗を拭いながら答える。
それからノミとハンマーを俺に手渡してきた。
「あとは適当に砕いちゃっていいわよ。それから秤で破片を五十グラムになるように計って、小皿に取り分けてちょうだい」
「本当に爆発はしないんだよな?」
「…………たぶんね」
なんだその間は。
木っ端微塵になるのはごめんだぞ。
念のためいつでも吸血棘でガードできるようにしておこう。
「じゃあ割るぞ」
俺が声を出すと、ドロシーはラウナの手を引っ張って机の下に隠れた。
こいつ……まあいいけど。
起爆石にノミを突き立てて、柄の部分にハンマーで狙いを定める。
俺は生唾を飲み込んでから、ハンマーを振り下ろした。
カアアアアアァァァン!!
甲高い音を立てて、起爆石が真っ二つになる。
──爆発は起こっていない。
中身は地球の断面を描いたイラストのようだった。
どうやらドロシーの魔法は成功したようだ。
ふぅ、冷や汗かいたぞ。
「やった! 大成功じゃない! さすがあたしの魔法ね!」
「隠れた理由を聞かせてほしいんだが」
「一度割れたらガンガンやっちゃっていいから。秤を持ってくるわね」
「聞いてる?」
ドロシーをジト目で見つつ、割れた起爆石をハンマーで細かく砕く。
赤黒い鉱石はジャリジャリとした石の粒になった。
二人はそれを小皿に取り分けていく。
「これで下ごしらえが必要な材料は終わり。休憩してから大鍋に火を入れましょう」
俺たちはパンや燻製肉をつまみながら、しばし身体を休める。
マンドレイクを水に浸して一時間がたった頃、かまどに火が入れられた。
すぐにぐつぐつと音が鳴り始める。
「ここにBランク以上のヒールハーブ、大ナメクジの粘液、発光蟲の羽、斑トカゲの尻尾、刃魚の背びれ、起爆石の破片を入れて煮込んでいくわ。起爆石は三十分おきに小皿一つ分追加すること」
「うおっ、すごい匂いがしてきたんだが」
「目と鼻が痛い……」
「あたしは平気だけどマスクとゴーグルもあるわよ。それと、ここから三日三晩煮込むから。だれか一人は鍋の前にいるようにね」
ヤバそうな発言が聞こえたぞ……。
三日三晩って、煮込むだけでそんなにかかるのか。
俺はまだ薬作りを甘く見ていたのかもしれない。
「最初はあたしがやるわ。この作業すごく疲れから嫌いなんだけど」
ドロシーは大きな木べらを持ってくると、ぐるぐると大鍋をかき混ぜ始めた。
鍋の中はマンドレイクと他の材料がごちゃ混ぜになって、黒紫色の液体がドロドロしている。
独特の臭気や浮かんでくる泡と合わさって、まさに魔女って感じだ。
「はぁはぁ……きっつ……しんど……」
「おい、まだ三十分も経ってないぞ」
「仕方ないでしょ。いつもは魔法が自動でかき混ぜてくれるんだから。手でやるなんて久しぶりよ」
「魔法は使っちゃダメなの?」
「戦神の強壮薬はダメらしいわ。人の手でやることに意味があるんだって。わけがわからないでしょうけど、魔法薬っていうのはそういうものなの。作り手の行動がなぜか効果に影響するのよ」
人の手でやらなければ完成しないなんて、たしかに意味不明だが魔法植物にもそういった種類のものがある。
きっとこの世界の神が作ったルールなのだろう。
ドロシーは汗だくになりながら、マンドレイクとその他諸々を煮込んでいく。
「も……もう無理! だれか代わりにやりなさい……!」
「仕方ないな。代わってくれ
ドロシーは魔女帽子を脱ぎ捨てて、水の入ったコップをあおる。
俺はマスクとゴーグルを着用し、木べらを回し始めた。
うっ、早くも刺激臭が目にくるんだが
時間が経つごとに、臭気がキツくなっているのかもしれない。
俺は臭いと熱に耐えながら、ひたすらドロドロの液体を撹拌した。
それから一時間後。
「こ、交替してくれ」
俺は息も絶え絶えになりながらそう言った。
強烈な臭気とかまどの熱で、体力が削られまくるな。
日本なら愚痴がSNSに上げられてそうだ。
「ご主人さま、わたしに任せて」
二重のマスクと隙間のないゴーグルを着けた状態で、ラウナが大鍋をかき混ぜる。
腕の動きがスムーズで、俺やドロシーよりも迷いがない。
ワーウルフの魔血統で鼻がつらいはずなのに、そんな素振り欠片も見せない。
そして三時間が経過した。
「ラウナ大丈夫か? 疲れたら交替するぞ」
「平気。二人はいまの内に休んでおいて」
ラウナはそう言って、表情一つ変えず木べらを回す。
俺たちのすることと言えば、三十分おきに起爆石の欠片を入れることくらいだ。
「あの子すごいわね……よく見つけてきたものだわ」
「ああ、ラウナはすごいんだ。最高に頼りになる助手……ごほっ、ごほんごほん!」
「マスクがズレてるわよ。えふっ……わ、わたしもだわ」
むんむんと立ち昇る熱気にやられながら、俺とドロシーは呟く。
それからは交替しながら、鍋の様子を見続けた。
地獄の工程は本当に三日三晩続いた。
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