第16話 マンドレイクの収穫

 マンドレイク栽培開始、八十八日目。


 今日も俺は森の畑に来ている。


「いい感じに大きくなってきたな」


 マンドレイクが生えている畝に来て、成長の具合をチェックする。


 ギザギザした葉は青々と茂って、太陽の方を向いている。

 肝心な根の部分も、丸々と太っていそうだ。


『ヒメイヲキケー』

『コロスー、コロスー』

『ハッキョウシロー』

「元気な鳴き声だな」


 株本に耳を近づけると、マンドレイクの鳴き声が聞こえてくる。

 声が意味不明だったり、優しい声色だと上手く育っていない。


 怨みがこもった声は成長の証だ。


「ご主人さま、どんな感じ?」


 雑草を高速で抜きながら、ラウナが尋ねてくる。

 魔血統を告白したあの日から、さらに作業が早くなっている。


 秘密で自分を縛るのをやめれば、ここまで仕事ぶりが違うのかと驚くばかりだ。

「ほとんどがBかAランクのマンドレイクに育っている。これならいい『戦神の強壮薬』が作れるはずだ」


 一般的に売られているマンドレイクは、鮮度も落ちているDかEランクの品しかない。


 薬屋で加工されている物も、よくてCランクだろう。

 Bランク以上のマンドレイクは、宮廷魔法使いが扱うレベルのものだ。


 これだけの品質を畑で栽培できる【緑の王ユグドラシル】が、自分のスキルながら恐ろしい」


「明日収穫しよう」


 俺はラウナにそう告げた。


「このあとは明日の準備をする。それにドロシーも呼んでおこう。前々から収穫をしたいって言ってたからな」

「うん。わたしもがんばる」


 ラウナも気合十分といった様子だ。


 毎日のようにマンドレイクに水をやり、雑草に埋もれないようにしてきた。

 病気を未然に防いで、害虫や害獣と戦ってきた。


 その苦労がようやく報われる。

 ついに収穫のときが来たのだ。






 翌日。


 準備と整えた俺とラウナ、それにドロシーは、マンドレイクの畑にいた。

 気分は戦に臨む兵士の心境だ。


「いよいよこのときが来たってわけね。緊張だわ」


 ドロシーがゴクリと喉を鳴らす。


「この畑に埋まってるの全部Bランク以上なんでしょ? 金銀財宝の山じゃない……じゅるるるる」


 目を黄金色に輝かせながら、涎をすする姿はヤバい魔女そのものだ。

 放っておいたら、土の上にダイブしそうだな。


「あーもう、ドキドキが止まらないんだけど! いますぐ掘るわよ!」

「興奮するのはいいが、落ち着いて指示に従ってくれよ。失敗したらここで全員死ぬからな」

「わかってるわよ。あんたを信用して全部任せるわ」


 口うるさいドロシーが一切文句を言わない。

 それだけ今回の収穫が危険なものだとわかっているのだ。


「それでは改めて収穫のやり方を説明する。まずは基本のおさらいだ」


 一般的にマンドレイクを引き抜くと世にも恐ろしい悲鳴を上げ、悲鳴を聞いた人間は死んでしまう、という話がある。


 そこで考えられた方法が、犬をマンドレイクに繋ぎ、自分は距離を置いて遠くから犬を呼び寄せる。


 犬が自分のもとへ駆け寄ろうとする勢いで、マンドレイクが引き抜かれる。

 と、いうものだ。


 この方法は犬が悲鳴を聞いて死んでしまうため、あまり推奨されていない。

 実際冒険者たちは、防音の魔法や魔道具を使って収穫しているそうだ。


「ラウナ、ここまでは昨晩家で話したよな」

「うん。犬がかわいそう」

「それにBランク以上のマンドレイクになると、悲鳴の威力も凄まじい。防音魔法を使ったとしても、並みのレベルじゃ貫通してしまう」

「じゃあどうするのよ」


 俺は説明の続きを話す。


「この桶をよく見てくれ」

「水? が入ってるみたいだけど」

「正確には聖水だな。教会系列の道具屋で大量に注文したものだ」

「聖水なんか入れてどうするのよ。ゴーストやゾンビと戦うわけじゃあるまいし」

「まあ見ててくれ」


 俺は聖水の入った桶を、畝のすぐ横に持っていく。

 そして、土に植わったマンドレイクを一気に引っこ抜いた。


「ご主人さま……!」

「ちょっ、バカっ!」

『──ア゛、アア』


 ラウナが目を見開き、ドロシーはとっさに耳を押さえる。


 マンドレイクが叫ぼうと口を開く。

 破滅の悲鳴が響くその前に、俺は急いで根の部分を桶の中へ放り込んだ。


『ア゛……オ゛……』


 ゴポ、ゴポゴポゴポゴポゴポゴポ。


「え。悲鳴が聞こえてこない?」

「音っていうのは音源の振動が波となって空気を伝わり、耳の鼓膜を震わせるから聞こえるわけだ。水の中から外へは聞こえにくい」

「昨日教えてもらったけど、実際に見るのははじめて。いきなり抜いたご主人さまにもびっくり」

「悪い悪い。聖水には対魔効果があるから、声に乗った魔力も遮断できるんだ。即死の悲鳴も届かなきゃ意味がない」


 これが【緑の王ユグドラシル】の知識で得たマンドレイクの収穫方法だ。


 確実に悲鳴を遮断できるし、なにより犬で引っ張らせるみたいに、根の部分を擦って傷めずに済む。


「この方法なら安全に収穫できるだろ?」

「前からでたらめだと思ってたけど、あんたってとんでもないわね。こんなのどこの冒険者ギルドでも知らないわよ」


 まあやり方を知っていたとしても、大量の聖水を運びながらマンドレイクを探して冒険するなんて無理だ。


 畑で栽培していないと、できない方法だな。


「三分待てばマンドレイクの悲鳴は止まる。そうしたら桶から出しても大丈夫だ。あと聖水は五本収穫するごとに入れ替えよう。対魔効果が薄れるからな」

「これで収穫できるわね!」

「わたしも頑張る」


 ドロシーとラウナが応える。

 こうして、マンドレイクの収穫が始まった。


『コ……ロ……』

「はい黙っててね」

「オ゛オ゛……ア……』

「次」


 俺たち三人は次から次へと、マンドレイクを収穫していく。

 この中で特に手際が良かったのは、やはりラウナだ。


「はい次、次、次、次、次、交換」

「……速すぎない? あの子って普通の奴隷よね?」

「俺の頼れる助手だからな」


 シュバババと音が出るスピードで引き抜いて、聖水に沈めていく。

 死の悲鳴どころか、最初の一呼吸すら与えない。


 途中から俺は聖水の交換係に専念することになった。


『──ッッ』

「これで最後の一本」


 ラウナはそう言って、マンドレイクを桶に入れた。

 これで収穫完了だ。


 三ヶ月の間葉を茂らせていた十二の畝は、綺麗に空っぽになった。


「二人ともお疲れ。助かったよ」

「ぶい」

「ホントに疲れたわよ。畑作業なんて十数年ぶりだし」


 ラウナがⅤサインをして、ドロシーはトントンと腰を叩く。


 爽やかな疲労感。

 木々の間から降り注ぐ太陽が、俺たち三人を祝福している。


 これで一番の難所を乗り越えた。

 次はいよいよマンドレイクを使った薬の精製だ。







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