第15話 デートが終わって

 強盗を警備兵に引きわたして、俺とラウナは店の外に出た。

 いまの騒ぎのせいで、通行人がチラチラと視線向けてくる。


「先ほどは本当に助かりました。ソウマ様とラウナ様には感謝してもしきれません」

「助けてくれてありがとうございます! 今日が人生最期の日かと思っちゃいました……」


 店長とエリーラが涙目で手を握り、感謝を伝えてくる。

 ただ俺の心はそれよりも、ずっとラウナの方を向いていた。


 強盗の手首をへし折ったあの握力は、一体なんだったのだろうか。


「せめてものお礼として、こちらの魔道具を受け取ってください」

「この店で数少ない魔法を付与した服なんです。きっとお役立ちですよ!」


 エリーラから手渡されたのは、銀の刺繍が施された黒いローブだった。


「『闇夜のローブ』夜の間に限り着用者の姿を闇に隠します。どうぞお使いください」


 魔法の力を付与された道具を魔道具と呼ぶ。

 このローブはそれなのだろう。


 闇に隠れるというのは、ステルス迷彩的なものなのだろうか。

 特に使い道は思いつかないが、せっかくなので受け取っておこう。


 俺は店長とエリーラに礼を言って別れた。


 日が傾きかけているせいか通行人は減り、大通りも閑散とし始めている。


「…………」

「…………」」


 預り所に荷物を取りに行く道中、俺もラウナも無言だった。

 沈黙の時間が延々と続く。


 き、気まずい。

 別に怒ってるわけでもないし、俺から切り出した方がよいのだろうか。


 あの握力の秘密が訊きたいだけで、他意はないんだし。

 そう思い口を開こうしたとき、ラウナはポツリと呟いた。


「ごめんなさい」


 いまにも泣きだしそうな顔で声は震えている。


「そんな顔をしないでくれ。俺はラウナに謝られるようなことをされてないぞ」

「だって、嘘をついていたから」

「嘘ってあの力のことか?」


 ラウナはうなずくと、続きを話し始める。


「わたしは魔血統なの」


 魔血統、以前ドロシーから聞いたことがある。

 先祖のだれかが魔物で、その血を受け継いだ人間のことだ。


 エルフやドワーフ、獣人と違い、魔物と同じ力と凶暴性を持つと言われている。。


「魔血統は騎士団、教会の討伐対象。だから言えなかった」


 王都の戦力は魔物に対して、絶対討伐を命じられている。

 それは魔物の血を引く人間も例外じゃない。


 だからいままで黙っていたのか。


「でもエリーラは自分の手で助けたかった。色んな服を紹介してくれて、話すのが苦手なわたしに嫌な顔しないで付き合ってくれたから」


 俺が思っている以上に、ラウナはエリーラのことを気にいっていたようだ。

 だから身体を触られても、そこまで抵抗しなかったのか。


「この身体は嫌いじゃない。他の人よりもたくさん働けるから。でも魔の血を恐れる人の気持ちもよくわかる」


 プチスライムを捕まえたり、柵を直したときのことを思い出す。

 成人男性を上回るフィジカルは、血の影響だったのか。


 俺は仕事が捗って助かるとしか思わなかったが、ラウナはずっと気にしていたんだろう。


「わたしの命はご主人さまのもの。だからあとは好きにして」


 ラウナは奴隷商館で出会ったときのように、氷の無表情でそう言った。

 主人を裏切った奴隷の末路は大抵悲惨なものになる。


 今回の場合なら、騎士団や教会に処刑されても文句は言えないということだ。。

 そして、俺の答えはもう決まっていた。


「ラウナすごいぞ! あんな力があるなら早く言ってくれよ!」

「え?」

「片手であんなことができるなら、両手だともっとすごいんじゃないか!?」

「ま、まあそうだけど……」


 手先の器用さや家事だけでも有り難いのに、本気を出せばもっと腕力があるなんて。


 あのときラウナを選んで本当によかった。


「ご、ご主人さまは嫌じゃないの? 魔物の血が混じってるなんて」

「そりゃ魔物みたいに噛まれたら困るが、そうじゃないなら別に気にしないぞ。むしろ力があるのは助かるくらいだ」


 この世界の住人なら違う反応かもしれないが、生憎俺は転生者だ。

 役に立ってくれるなら、他のことはどうでもいい。


「でもバレたら騎士団や教会に追われるかも」

「力を使うときに目の色が変わるくらいだろ? そうそうバレないって。それよりどんな魔物の血を受け継いでいるか聞かせてくれないか」

「……ワーウルフ」

「狼男か! じゃあ実は鼻もよかったりするのか?

「普通の人よりは。本気出すときは満月じゃないとダメだけど


 狼の嗅覚があれば、遠くからでも魔物の接近を知ることができる。

 力持ちなら切り株を引っこ抜いて、森を開拓することもできるな。


 この先仕事でかなり助かりそうだ。


「これで農作業が楽になるな。もっと早く言ってくれてよかったのに」

「あの……ご主人さま、奴隷が怪力でいいの? 男の人は自分より力のある女性を嫌がるって教わったけど」

「いや全然。その手のプライドとかないし」

「ないんだ……」


 前世ではクラスの女子に腕相撲で負けたこともある俺だ。

 その程度今さら気にしない。


「ラウナ、これからもよろしく頼むな」

「う、うん。よろしくお願いします」


 少し戸惑いながらラウナはうなずいた。

 いやー、隠し事がもっと重大なことでなくてよかった。


 俺たちは預り所で荷物を受け取り、馬車いっぱいに積んで家

 に帰った。






 その夜。


 寝る準備を進めていると、ラウナが声をかけてきた。


「ご主人さま、服を見てほしいんだけど。いまいい?」


 扉に身体を隠して、もじもじしながら言う。

 すぐに見せないということは、エリーラと選んだ服だろうか。


 ラウナなりのサプライズだな。


「いいぞ。見せてくれ」

「えっと、こんな感じ」


 扉の陰から出てきたラウナは、下着姿だった。

 いや、下着という表現は正しくない。


 正確には紐だ。


 パリコレの奇抜なファッションのように、紐が大事な部分に巻き付いているだけなのである。


「男の人はこういうのが好きって、エリーラが言ってたから。ど、どう?」


 ラウナの頬が赤く染まっている。

 恥ずかしさを我慢して着ているのだろう。


 なるほど、これは新しい試練だな。

 秘密がバレて負い目のある自分に、俺が態度を変えないか試しているわけだ。


「ラウナ、服屋であったことはもう気にしなくていい。俺は本当に怒ってないんだ」

「え。いや、そうじゃなくて……」

「その格好が謝罪の気持ちってことだよな。大丈夫、ラウナの気持ちはよくわかってる」

「……わたしの姿を見て言うことない?」


 もちろんエロいと思っている。

 だが、それを口にしては主人失格だ。


「可愛いと思うぞ。ただ風邪を引くといけないから、もう少し厚着をした方がいいな」

「そう……」

「もう夜も遅いから寝るぞ。おやすみ」

「……おやすみなさい」


 こうして長い一日が終わり、俺はベッドで眠りについたのだった。






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