第14話 思わぬハプニング

 ようやく服を買い終えた俺たちは、カフェで休憩していた。

 俺はサンドイッチをかじり、ラウナはスパゲティをくるくると巻いている。


「ちょっと疲れた」

「まああれだけ何度も着替えたらな」


 大量に買った服は預かり所に置いてある。


 銀貨一枚でどんな品物も預かってくれるので、大荷物をぶら下げて歩く必要がないのは便利だ。


 食事がひと段落すると、デザートが運ばれてきた。


「本日はカップルデイということで、ハートパフェとなっております」


 ハート型にクリームを持ったパフェが、テーブルの上にドンッと置かれる。

 カップル限定メニューのようだが、俺とラウナもそう思われているようだ。


 おお……羞恥心がすごいんだが。


「これどうやって食べるの?」

「どうやってって……」


 周りのカップルを見ると、お互いにパフェを食べさせ合っている。

 え、俺もあれをするのか? 正気?


 あれこれ逡巡している内にラウナが動いた。


「ご主人さま、あーん」


 スプーンでクリームをすくって、俺の口元に近づけてくる。

 めちゃくちゃ気恥ずかしいが、これ以上迷っているのもラウナに悪い。


 意を決して、スプーンを口に含んだ。


「どう?」

「う、美味いぞ」

「じゃあ、わたしにもして」


 今度は俺がクリームをすくって、ラウナの口に入れる。

 限界中年童貞だった前世からすれば、信じられないイベントだ。


 ちょっとまだ思考が追いつかない。


「美味しい。ありがとう」

「礼を言うならカフェのシェフじゃないか?」

「ご主人さまが食べさせてくれるから美味しい」


 そう言って、ラウナは微笑んだ。


 この笑顔が奴隷として気を遣ってくれているのか、本当の気持ちなのかはわからない。


 だが、いまの俺にはどちらでもよかった。


 こうしてお互いに食べてさせ合っていると、すぐにパフェは空っぽになった。

 俺は代金を払って、ラウナとカフェを出る。


「これからどうしようか?」

「もっと街を歩いてみたい。色んなお店を見てみたい」


 それからはラウナの希望通り、露店でアクセサリーを買ったり、食べ歩きをして過ごした。


 いつも土と森ばかり見ているから、こういう過ごし方は新鮮だ。

 一人で暮らしているときなら、考えられなかったと思う。






 そして夕暮れが近くなった頃。

 俺たちは預かり所で品物を引き取るため、大通りを歩いていた。


 買い物をした『パーパルの服屋』近くを通りかかったとき、


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 店の中から悲鳴が聞こえてきた。


「……ご主人さま」

「様子を見てくる」


 山ほど服を買った店だし、黙って通り過ぎるのも寝覚めが悪い。

 俺は勢いよくドアを開き、店内に飛び込んだ。


「なんだぁ、客かぁ?

「おい! 動くんじゃねえぞ!」


 ドスの効いた声を張り上げるのは、二人組の男だった。

 人相の悪さと顔の傷を見るに、強盗のようだ。


 閉店が近かったのか、他に客の姿は見当たらない。


「そこでじっとしてろ。でないとこいつの首をかっ切るぞ」

「あ、あなたは……」


 強盗に腕を掴まれているのは、エリーラだった。


 首筋にナイフを突きつけられ、笑顔を振りまいていた容貌は恐怖で蒼白になっている。


 いまの悲鳴は彼女のものか。


「ど、どうか落ち着いてください。私どもににできることならなんでもしますから!」

「なら店の金庫を開けろぉ。有り金全部持ってくるんだよぉ!」


 店長と思わしきエプロンをした中年男性に、強盗がつばを飛ばしながら怒鳴る。


「早くしろぉ! オレたちは急いでんだよぉ!」

「この女が死んでもいいのかって訊いてんだ!」

「ひっ」


 ナイフが肌を押し、エリーラが悲鳴を漏らす。


 強盗どもが急いでいるのは、この時間警備兵の巡回がないからか。

 計画的な犯行みたいだな。


「お前も動くなよ! 声を出しても殺すぞ!」

「ああ、わかったよ」


 俺は手を挙げて丸腰をアピールする。

 吸血棘はいつでも出せるが、下手に動くとエリーラに大怪我を負わせかねない。

「あとそこの女、お前もだぞぉ! わかってんのかぁ!?」 

「うん」


 後で返事をした声に、俺はぎょっとした。

 声の主はラウナだ。


 彼女も心配して店の中に入ってきたのだ。

 本音を言えば俺一人の方が楽なんだが……。


 そうこうしている内に、店長は布袋いっぱいに銀貨や金貨を詰めて持ってきた。

「こ、これでよろしいでしょうか?」

「袋をそこの女に渡せ。てめえは表に馬を回してこい」

「……わかりました」


 店長がラウナに皮袋を手渡してくる。

 ちょっと待て。


 彼女は関係ないだろ。


「これどうするの」

「ああん? 決まってんだろぉ! お前が持ってくるんだよぉ!」

「待ってくれ。その子は足が悪いんだ。代わりに俺が運ぶんじゃダメか」

「ダメだね。女の手で持ってくるからいいんだろうが」


 くそ、まずいことになったな。

 なにかされないといいんだが。


「なぁ、馬が来るまでこいつらで遊ぼうぜぇ!」

「それいいな。一発ヌいてもらうか」

「いやっ、やめてください!」


 強盗がエリーラの頬を舌で舐める。

 同じことをラウナにしたら、その舌引っこ抜くぞ。


 エリーラには悪いが、大怪我覚悟で吸血棘を使うことになりそうだ


 緑のツルが体内で蠢き始めると同時に、ラウナが皮袋をかかえて強盗に前

 に立った。


「さあそいつを渡せぇ。オレにテメエの身体を擦りつけながらなぁ」

「わかった」


 ラウナは息がかかるくらい強盗に近づく。

 そして皮袋を手渡した。


 吸血棘を使う。

 俺がそう決めた次の瞬間、ビキリと音がした。


 自分の血管が切れた音かと思ったが違う。

 音は強盗の手首から聞こえていたのだ。


「は? あ、あれぇ?」


 強盗の手首は、ぶらんっと力なく折れ曲がっていた。

 まるでゴム手袋のように。


 手首を掴んでいるのはラウナだ。


「なっ、なにしてんだテメエ!」


 もう一人の強盗がラウナへナイフを向ける。

 それはエリーラから注意が離れたということ。


 吸血棘が奔った。


「ぎゃひっ!? こっ、こんどはなんなんだよ!?」

「病院で輸血を頼め」

「ひゃひっ!? あぎゃあああああああああああああああああ!」


 吸血棘のトゲが食い込み、血を吸い上げる。

 殺しはしないが、当分貧血で動けないだろう。


「相棒ぉ! なんなんだよお前らぁ!」

「うるさい」


 ドゴンッッッッ!!


 大きな衝撃音に振り向くと、残った強盗が壁にめり込んでいた。

 胸元に拳の跡があるのは、気のせいじゃないよな?


 前々から男より力があるんじゃないかと思っていたが、、いまのこれはそういうレベルじゃない。


 冒険者か、でなければ魔物の力だ。


「ハァ……フゥ……」


 息を吐くラウナの顔を見ると、目が紅く光っていた。

 吸血棘が魔力に反応している。


 間違いない。

 彼女はただの奴隷ではなく、魔力の素質があるのだ。


「ラウナ、俺になにを隠しているんだ?」


 問いかけずにはいられなかった。

 ラウナは返事に代わりに、寂しそうな目でこちらを見た。









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