第12話 VSブレイドボア

「ガフゥッッ!?」

「これ六匹目だな」


 クヌギの成木がブレイドボアを押し潰していく。。

 仲間がやられたことで俺への警戒レベルが上がったようだ。


 ブレイドボアは真っ直ぐに突っ込まず、距離を取るようになった。


「俺は強さは理解できただろ? そのまま森に帰ってくれると助かるんだが」

「「「ブゴッ! グルフオオオオオオオオッッ!」」」

「まあ、そうだよな」


 今度は三匹同時に、ブレイドボアが襲い掛かってくる。


 一匹は正面から直進してくるが、残り二匹はタイミングをズラして、俺の左右から攻めるつもりだ。


 さすがにドングリを急成長させるだけじゃ対応しきれない。

 少し本気を出すか。


「出ろ、吸血棘きゅうけついばら


 俺の両腕から棘のツルが出現する。

 それは一瞬にして伸長すると、鉄条網ごとく三匹のブレイドボアに絡みついた。

「「「フゴゴッ!? ムゴオオオッッ!」」」

「引き千切るのは無理だ。こいつを加工した投網はトロールの動きも封じるらしいぞ」

「グルッ! グゴオオオオオオオオオオオッッ!」

「俺を動かすのも無理。体内の棘が魔力を供給して肉体を強化しているからな。こいつらには寄生している主人を最優先で守るように命令している」


 魔物に説明しても無意味なのだが、ラウナが近くにいるし一応言っておこう。

 寄生している魔法植物が戦う姿は、はじめて見るだろうしな。


「終わりだ。干からびろ」

「フゴ……ご、ゴフウウウ……ッッ」


 分厚い毛皮の隙間へ潜り込むように、吸血棘が皮膚に到達する。

 柔らかい肉に刺さったトゲは、素早く血を吸い上げた。


 ブレイドボアがミイラのように渇き、緑のツルが鮮血で染まっていく。

 これが魔法植物の強さだ。


「ラウナ、マームの様子はどうだ?」

「呼吸が落ち着いてきてる。たぶん大丈夫」

「畑の中に魔物は侵入していないか?」

「わたしの目と耳には反応してない」


 俺も柵の内側に魔物の気配は感じていない。

 二人は問題なさそうだな。


「マームにポーションを飲ませてくれ。回復が早まるはずだ」

「うん」


 腰に下げておいたポーションをラウナに渡す。

 Bランク以上のヒールハーブで精製した、市販の物よりも優れた逸品だ。


 こういう非常事態のために、ドロシーに頼んで作ってもらったのである。


「あの……いまいい?」

「どうした? マームが飲めてないのか?」

「ポーションは飲めてる。そうじゃなくて、ご主人さまも身体に魔法植物を寄生させてたの?」

「護身用に一応な。あと自分で試しておかないと、人に使うとき困るだろ?」

「そうなんだ……ありがと」


 なぜかラウナにお礼を言われた。

 無表情なのに喜んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。


 あとはブレイドボアが撤退してくれることを願うばかりだ。

 これだけ仲間がやられたら、普通はあきらめるんだが……。


「「「「フゴ……ウウウ……」」」」


 お、ブレイドボアの群れが森に帰っていく。

 いくら獣タイプの魔物といえど、そこまで馬鹿じゃないか。


 そう楽観的に考えた次の瞬間、突風のような鼻息と共に地面が揺れた。


「グルブブブッッ! ゴッオオオオオオオオオオオ!!」

「なるほど、ボスのお出ましってわけね」


 群れと入れ替わるように出てきたのは、体長七メートルはあろうかという巨大なイノシシ。


 ブレイドボアのボス、クレセントファングだ。

 三日月のような牙は、それだけ人間の身長を超えている。


「中々の威圧感だな」


 立っているだけで強い魔力が感じられる。


 ブレイドボアたちだけでどうやって結界を壊したのか謎だったが、どうやらボスの助力があったようだ。


「ゴル、ゴルルルウウウウウウウウッッ!」

「っ……やばい!」


 ゴオオオオオォッッ!!


 クレセントファングが牙で地面を掘り起こす、その勢いだけで土砂や石が弾丸のように飛んできた。


 俺は吸血棘を蜘蛛の巣のように広げて、自分とラウナ、マームを守る。

 こんなもの食らったら、冒険者でもただじゃ済まない。


「出し惜しんでいる場合じゃなさそうだな」


 魔法植物の種に【緑の王ユグドラシル】を使うと、急成長させることができてもすぐに枯れてしまう。


 だから貴重な種は温存しておきたかったんだが、そうもいかない状況みたいだ。

 俺は皮袋からひし形の種を取り出し、しっかりと握りしめる。


「ブルルル……フッゴルオオオオオオオオオオオッッ!」


 クレセントファングは猪突猛進と言わんばかりに、正面から突っ込んでくる。


 人間など小石程度の存在でしかないと言いたげな威容。

 だが俺も黙ってやられるつもりはない。


「【緑の王ユグドラシル】茂みの巨人」


 スキルを発動し、ツリーマンの魔法植物を目覚めさせる。

 種から無数の枝と幹が伸びて、巨人の形を作り上げていく。


 瞬く間に膨れ上がる巨体は、クレセントファングの倍。

 十四メートルだ。


「フシュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

「ゴッ!? ゴルゴゴッッ!?」


 巨人の咆哮が夜の森を揺らす。

 クレセントファング驚愕には目を見開いたがもう遅い。


 茂みの巨人は両腕を組み合わせ、ハンマーのように頭の上から振り下ろした。


 ────ドオオオオオッッッッッッン!!


「ゴ……フ……ゥ……」


 一撃。

 三日月の牙を砕き、頑強な毛皮をごと内臓を押し潰す。


 それがクレセントファングの最期だった。

 地面には衝撃波の影響で、クレーターが出来てしまっている。


「フシュ、シュウウウウ」

「ありがとう。お前のおかげで勝てたよ」


 スキルの効果が切れ、茂みの巨人が枯れていく。

 俺はごつごつした指に拳を合わせた。


「ご主人さま、終わったの?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「……よかった……」


 ラウナの声は震えていた。

 怖がらせてしまったかもしれない。


 目の前で命の奪い合いを見たのだから、無理もないのだが。


「今夜は俺が見張っておく。ラウナは家に戻って休んでくれ」

「むり。腰が抜けたから」

「そ、そうか」


 ラウナはペタンと座り込んで、マームの指を握りしめている。

 動けないのは仕方ない。


「ご主人さまの手を握らせて。ちょっと安心する」

「ちょっとなんだな」


 俺はラウナが立ち上がれるようになるまで、ずっと彼女の手を握り続けた。






 翌朝。


 マームには休んでもらい、俺とラウナで壊れた柵を直すことにした。


「ご主人さま、その板を取って」

「おう」


 ラウナは手際よく杭をハンマーで叩き、、板に釘を打っていく。

 俺より早いだけじゃなく、力もある気がするんだが。


 それから破壊された結界を張り直してもらうため、銀のベルでドロシーを森の畑に呼んだ。


 あいつは破壊された柵の周囲を見ると、


「はああああああああああああああああああ!? どうなってるわけ!?」


 箒も持ってないのに、地面から浮き上がりそうな勢いで叫んだ。


「だから説明しただろ。ブレイドボアとボスに壊されたんだって」

「そっちじゃないわよ! なにこのクレーター! 血とか骨も散乱してるし! 魔法学院の爆発事故でもここまで凄惨じゃないわよ!」

「そっちはまあ、色々とな」

「いろいろってなに!?」


 結界の修復が始まるまで、俺は何度もドロシーの質問責めにあってしまった。

 こいつ興味が湧くと止まらないタイプだな。


「……なるほど事情は理解したわ」

「わかってくれたか」

「これ以上突っ込んでも疲れるからよ。それでブレイドボアたちの死体はまだあるの?」

「ああ、そこだ」


 木の近く積んでおいた死体を指さす。


「その死体とクレセントファングの血や肉を使わせてちょうだい。いいわよね?」

「いいけど、なにに使うんだ?」

「結界の媒介にするの。魔物の血を混ぜておけば、それより弱い魔物は危険を感じて近づかないから」


 なるほど、結界魔法にはそういのもあるのか。

 柿の実を守るために、猟師が撃ったカラスを吊るすみたいなものだな。


 仲間の死体があると、頭のいいカラスは近づいてこない。


「あとはやっておくから、あんたは柵を治しておいて」

「わかった。そっちは任せる」

「ご主人さま、杭が足りないかも」

「いまスキルで出すから待っててくれ」


 呪文を唱えるドロシーを横目で見ながら、ラウナと一緒に柵を直した。




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