第11話 闇夜の襲撃者

 マンドレイク栽培開始、六十三日目


 マンドレイクはすくすくと順調に育っている。

 ラウナもずっかり農作業に慣れて、テキパキと水をやったり雑草を抜いてくれる。


 少し強くなった日差しの下、俺たちは今日も森の畑にいる。


「今日はマンドレイクに薬をやろう。病気の予防にな」

「植物も病気になるの?」

「人間だって風邪を引いたりするだろ? それと似たようなもんだ」

「たしかに」

 ただ重症になってから治療するのは大変だ。だからその前に予防してやらないといけない」


 ラウナは「なるほど」いった様子で、ぽんっと手を叩いた。


「でもどうやって薬を飲ませるの。マンドレイクの口は地面の下」

「口じゃなくて葉っぱから飲んでもらう。こいつを使ってな」


 俺は噴霧器という農具を取り出す。


 小型のタンクに手押しポンプと、噴口のあるノズルがついており、タンク内の液体を噴口から霧のように散布できる。


 日本ならホームセンターで買えるが、この世界にはなかったので、似たような道具を組み合わせて自作した。


「植物ってのは根の他に葉っぱからも養分を吸収できるんだ。その性質を使って薬を吸収してもらうわけだな」

「ご主人さま、物知り」


 ラウナがパチパチと拍手をしてくれる。

 これはスキルというより、理科の授業で習った知識だ。


「タンクの中には水にケンタウロスの乳を溶かしたものを混ぜてある。これで葉の枯れや根腐れなんかを防ぐことができるんだ」

「やってみていい?」

「ああ。ポンプを押してくれ」

「よいしょっ」


 ラウナがポンプを押すと、噴口から乳白色の薬液が霧なって噴き出した。

 細かな水の粒子が一瞬、虹を浮かび上がらせる。


 本物の農薬なら吸い込んだり、肌に触れると害があるが、今回はただの乳液なので問題ない。


「おおっ。こんな感じなんだ」

「この霧をマンドレイクの葉に噴きかけてくれ」

「了解。任された」


 噴霧器を背負って、ラウナはマンドレイクに薬をやっていく。

 青く茂った葉っぱに、白い水滴が浮かんでいく。


「こんな感じでいい?」

「いいぞ。その調子で頼む」


 ラウナは手際よく霧をかけていく。

 これなら順調に行きそうだな


 俺は追加の薬を作ったり、ラウナが疲れたら交替した。


 こうしている内に今日の作業も終了した。






 ジリリリ! ジリリリ! ジリリリリリリ!


「なっ、なにこの音!?」


 異変が起きたのは夕食後にくつろいでいるときだった。

 突如、黒のベルが激しく鳴り出したのだ。


「結界に異常があったんだ。俺は森の畑を見てくる。ラウナは家の鍵を閉めて隠れてくれ」

「ううん、わたしも行く。ご主人さまを守る」

「……わかった。無理はしないでくれ」


 ラウナを危険な目に合わせたくはないが、ここで押し問答をしている時間はない。

 俺たちはランプを手に持ち、急いで森の畑に向かった。


「なんだこれは……」


 到着して一番に目に飛び込んできたのは、粉々に壊された柵だった。

 ランプの灯りで照らすと、五メートルくらいの間隔で折れた木が転がっている。

 つまり柵に施した結界が壊されたということだ。


「だれがこんなことを……っ! マーム!」

「マームさま!」

「ウウゥ……」


 柵の内側にはマンドレイクを守るように、マームが倒れていた。

 大きな怪我はなさそうだが、動けないようだ。


「大丈夫か!? なにがあったんだ!?」

「マア……アアウ……テキ……」


 マームの太い指が木々の間を差す。

 そこに顔を向けると、暗闇に光る獣の目が見えた。


「ご主人さま、なにかいる」

「ラウナ、マウのそばにいてやってくれ。あれは俺が相手をする」


 木々の間から姿を現したのはイノシシの魔物、ブレイドボアだ。

 長い牙はサーベルのように鋭利で、人間の身体くらいなら真っ二つにできる。


 一度森の中に隠れたのは、俺たちを警戒したのだろうか。


「ゴメン。アイツラ、ツヨイ」

「わかった。無理に話さなくていい」


 周囲よく見ると、ブレイドボアが何匹か倒れていた。

 俺たちが到着するまで、マームが戦ってくれたんだ。


「グル、ゴフウウウウ……」

「ガフ、ググルルル」

「フンッ、フゴフゴゥ」

「さすがに一匹ってわけないか」


 ランプで照らせる範囲に見えるのは三匹。

 それ意外の場所からも鼻息が聞こえてくる。


「さて、どうするかな」


 俺は腰に下げた皮袋から、木の実を取り出しながら考える。


 今までも野菜や果物を狙う魔物はいたが、ブレイドボアを見るのははじめてだ。

 おまけに結界を破壊できるとなると、かなりの強さが必要になる。

 群れを率いるボスがいるのかもしれないな。


「ゴフ、ゴフウウウウウッッ!」

「ご主人さま!」


 様子見は終わったのか、ブレイドボアの一匹がこちらに向かって突撃してくる。鋭い牙が三日月のようにギラリと光る。


 前世なら失禁するくらいの恐怖だが、自分でも驚くほど心は落ち着いていた。

 いまの俺にはスキルがある。


 ただ蹂躙される弱者じゃない。


「【緑の王ユグドラシル】急速成長」

「ゴフゥ!?」


 俺は一瞬でクヌギの成木を生み出し、ブレイドボアに叩きつけた。

 成木の重量に押し潰され、ブレイドボアは木の根の下に埋まる。


 指に挟んだドングリを弾いて、一気に成長させる。

 この世界で生き抜くために考えた戦い方だ。


「今度はお前だ」

「ギャンッ!」


 地面と水平に木を成長させ、 破城槌のように叩きつける。

 メキメキという音は、軋む枝か獣の骨か。


「ご主人さま、すごい……」

「人の畑に手を出したらどうなるか、身をもって教えてやる」

「「「「グルウウ、ゴルオオオオオオオオオオオッッ!」」」」


 ブレイドボアたちが一斉に襲い掛かってくる。

 俺はスキルを発動し、さらにドングリを弾いた。










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