第10話 ドロシー来訪

 マンドレイク栽培開始、六十日目。


 あっという間に二ヶ月が経った。

 はじめは小さな芽だったマンドレイクも、青々とした葉を茂らせている。


『ニンゲン、殺ス……』

『皆殺シー』


 物騒な声が土中からたまに聞こえるが、これも栽培が順調な証だ。


 根も太ってきたようで、株本が盛り上がっている。

 あと一月もすれば、収穫できそうだ。


「わたしの髪、変じゃない?」

「大丈夫。いつも通りだぞ」


 ラウナは朝からソワソワしていて、鏡で何度も髪型をチェックしている。

 お客に失礼がないように、気を使っているのだろう。


 今日はドロシーが畑を見に来る日だ。

 仕事が忙しくて中々店を空けられなかったが、ようやく暇ができたらしい。


 少し前にヒールハーブを納品したときは、マンドレイクの成長具合をかなり気にしていたな。


「ドロシーさまってどんな人?」

「一言でいうと“魔女”だな。魔法の知識を使って王都で薬屋を経営してるんだ」

「女の人……ご主人さまはの大切な人?」

「まあ取引相手だから大切ではあるか。魔法植物を薬に加工するのはあいつじゃないとできないからな」

「そっか」


 ラウナはどこかほっとした様子でそう呟いた。

 なるほど、初対面の相手に緊張しているんだな。


 俺も人見知りだから気持ちはわかる。


「おっ、来たみたいだぞ」


 家の前で待っていると、箒に乗ってこっちへ飛んでくるドロシーの姿が見えた。

 魔法の力には毎回驚かされる。


 どういう原理で飛行しているのかわからないが、空を自由に移動できるのは羨ましい。


「おまたせ。久しぶりねソウマ」

「今日はよく来てくれたな」


 ドロシーは箒から降りて、パンパンと砂ぼこりを払う。

 服装は店と同じ魔女帽にローブだ。


「そっちの子が奴隷ちゃん?」

「お前が紹介した商館で買ったんだ。あのときは色々と大変だったんだぞ」

「ラウナと申します。ドロシーさま、よろしくお願いします」


 ドロシーは値踏みするように、ラウナをじっと観察し始めた。

 ラウナは困惑しているのか、視線を逸らしてオドオドしている。


「ふーん、まあいい子なんじゃない。変な魔法や呪いもかかってないみたいだし」

「魔法って……そういうことはよくあるのか?」

「前の主人が情報を盗むために視界共有の魔法をかけてたりとかね。普通は商館の検査で見抜かれるけど、たまにすり抜けることがあるから」


 そんなことをする奴もいるのか。

 この世界は気が抜けないな。


「あの商館ラウナ以外はとても買える値段じゃなかったんだが、よく紹介したよな。場違いすぎて冷や汗かいたぞ」

「まあ農家が行く場所じゃないわよね。でもあたしはいい子と巡り合えるって信じてたわよ」

「なんだでよ」

「魔女の勘、よ」


 勘って、ずいぶん適当だな。

 ドロシーに考えがあると思ったのは、俺に買い被りすぎか。


 結果的にラウナと出会えたからいいけど。


「さっそく畑を見せてもらうわよ。魔法植物を野菜みたいに栽培するとか、正直まだ信じられないんだけど」

「驚きすぎて腰を抜かすなよ」


 ドロシーを森の畑に案内する。

 はじめに俺たちを出迎えたのは、やはり番人キノコのマームだった。


 今回は事前にドロシーの話をしておいたので、攻撃はしてこないはずだ。


 マームはすんぐりした巨体を揺らし、ハグしようと手を広げたのだが、


「まっ、魔物!? くっ、こんなところで!」

「オキャクー」

「あんたたち、下がってなさい! 炎の精よ我が槍となりて──」


 ドロシーが素早く杖を抜いて構える。

 呪文の詠唱が始まり、炎の渦が杖に集まっていく。


 まずい。

 あいつマームを燃やすつもりだ。


「まてまてまて! この番人キノコは俺の仲間だ!」

「え、そうなの?」

「ナカマー」

「畑を守ってくれてるんだよ。俺のスキルで作ったやつだから、人間を攻撃したりはしない」


 説明に納得してくれたのか、ドロシーは杖を下げてくれた。

 危ない……いきなり戦闘になるところだったぞ。


「もう大丈夫だから入口のそばで待っててくれ」

「アイ」

「いま作ったって言わなかった? このキノコあんたが生み出したの?」

「スキルでちょっとな」

「本当にデタラメなスキルね。魔法使いだって魔物はテイムするものなのに。従えるならともかく、一から作るなんてあり得ないわよ」


 そう言われてもできるのだからしょうがない。

 というか、魔法植物も大体魔物みたいなものだよな。


「話しが逸れたわね。マンドレイクを見せてちょうだい」

「こっちです」


 ラウナが先頭に立って、畑を案内してくれる。


「これがマンドレイクの畑? ほ、本当に栽培できてるじゃない!」

「だから言っただろ」

「話で聞くのと実際に見るのとじゃ違うわよ! なにこれあり得ない……黄金が土から生えているようなものよ」


 ドロシーは目を輝かせながら、マンドレイクを観察している。

 まさに目が金貨になるってやつだ。


「かなり大きくなってるみたいだけど、あと何日くらいで収穫できそう?」

「今日で六十日だから、あと三十日くらいだな。種を蒔いてから三ヶ月もあれば収穫できる」

「たった三ヶ月!? 採取専門の冒険者が聞いたら椅子から転げ落ちるわね」


 ラウナも言ってたが、この世界じゃそうらしいな。

 つくづく【緑の王ユグドラシル】がチートスキルなんて紹介された理由がわかる。


「あんたとの取引もっと真剣に考えるわ。薬の調合素材もいまから集めておかないと」

「なんだよ、信用してなかったのか?」

「契約はしたけど、あの時点じゃ半信半疑ってとこよ。大きな儲け話を持ってきて、空振りなんてことよくあることだしね」


 それだけ魔法植物の栽培はあり得ないことなわけだ。


「ここの防犯って大丈夫なの? 見た感じなんの結界魔法も使われてないみたいだけど」

「見張りはマームに任せてるからな。そこらのゴロツキならこいつに任せれば大丈夫だ」

「それだけじゃまだ弱いわね。いいわ、あたしが特別に結界を張ってあげる」


 ドロシーはそう言うと、杖で柵の周囲をなぞり始めた。

 魔力を出しているのか、杖の先端が青白く光っている。


 瞬く間に様々な記号の混じった円が、森の畑を中心に完成した。


「なにをしているの?」

「魔法発動の準備だろうな。スキルと違って魔法には呪文や儀式が必要らしい」

 そうこうしている内に、魔法を使う準備が整ったようだ。

 ドロシーが杖を上に向けると、円の外側へ広がるように魔法陣が展開していく。


「深淵より手を伸ばす闇の精霊よ、我が友の地に変わらぬ安寧をもたらしたまえ。財宝を狙う者の指を落とし、悪意を友に知らせたまえ。──暗黒領守護結界」


 呪文を唱える終わると、魔法陣が黒く光り輝いた。

 侵入者を排除するという、闇の精霊の敵意が伝わってくる。


 一瞬俺も鳥肌が立った。


「これで結界は完成よ。並みの魔物なら魔力が壁になるし、あんたのところに知らせがいくわ」


 そう言ってドロシーは黒いベルを渡してくる。

 侵入者が来ると、このベルが鳴るそうだ。


「手間をかけさせて悪いな。助かったよ」

「これくらいなんでもないわ。マンドレイクで得られる利益に比べたらね。お金があればもっと強力な結界魔道具を用意したいくらいだもの」


 ドロシーは結界の出来が気になるのか、もう一度柵をなぞって点検を始めている。


 その目は真剣な魔法使いのものだ。


「儲ける儲ける……絶対百パーセント儲ける。借金返してそれから工房の改築費用にして……」


 いや、金銭欲も多分にあるな。

 すごくブツブツ言ってるし。


「なにか問題が起きたらすぐにあたしを呼びなさい。いつでも駆けつけるから」


 今度は銀色のベルを渡してくる。

 こっちは非常時の連絡用だそうだ。


 それから畑を色々見回って、ドロシーの気が済んだ頃には夕方になっていた。

 俺たちは畑から帰って、家の前に集まっていた。


「夕飯は食べていかないのか、野菜ばっかでいいならご馳走するぞ」

「ありがたいけど遠慮しておくわ。明日の仕事のために色々と準備しておかないといけないから」


 ドロシーは話しながら箒にまたがる。

 箒が浮かび、ふわりと彼女の足が地面から離れた。


「ソウマ、あんたのこと改めて見直したわ。絶対にこの仕事を成功させるわよ」「ああ、もちろんだ」

「あとラウナ、主人を支えてあげなさい。ソウマってわりと抜けてることあるから」

「はい」


 話が終わると箒が空に向かって飛び上がる。

 夕日を背にしながら、ドロシーは自分の店に帰っていった。




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