第9話 雨の日とマッサージ

 マンドレイク栽培開始、六日日目。


 畝に蒔いたマンドレイクから芽が出た。

 薄緑色の双葉がぴょこんと開いている。


「かわいい」


 ラウナはしゃがんで、小さな芽をじっと見ている。

 俺にとっては見慣れた光景だが、彼女は興味津々のようだ。


「これからは土は乾かないように水をやろう」

「毎日やった方がいい?」

「曇りの日は控えめだな。雨の日はやらなくていい」


 タンクに雨水が溜まったので桶で汲んで、それから水をジョウロに入れて畑に撒く。


 水の粒が陽の光に反射してキラキラと輝いた。


「どれくらいで大きくなるの?」

「収穫できるようになるのは三ヶ月後後だな。それまではしっかり世話をしてやらない」

「──!! すごく早い。お店で売ってるマンドレイクは野生で五年くらいかかってるって書いてあった」

「【緑の王ユグドラシル】なら一番早い栽培方法がわかるからな。これなら短期間収穫できる」


 ジョウロを動かしながらラウナと話す。

 すぐ十二本ある畝すべてが水で潤った。


 プチスライムも喜んでいるはずだ。


「今日はここまでだな。あとはヒールハーブの収穫とと野菜畑の方を手伝ってくれ」

「わかった」


 ラウナと一緒に畑を移動する。


 ここからしばらくは水をやったり雑草を抜いたり、ひたすら地道な作業の繰り返した。


 少しずつがんばっていこう。






 マンドレイク栽培開始、十二日目。


 双葉に続いて本葉が出てきた。

 ギザギザした葉は大根の葉によく似ている。



 栽培開始、二十日目。



 大きくなってきた

 こまめに雑草を抜く。


「ご主人さま、虫の卵がある」

「ブラックモスかもな。潰しておいてくれ」


 ブラックモスは毒の鱗粉を撒く、小型の魔物だ。

 蠅避け草の匂いをすり抜けて卵を産んでいたので、処理してもらう。


 マンドレイクのように魔力を多く含む魔法植物は、どうしても魔物を引き付けやすい。


 食べた生物の魔力量を増やせるからだ。

 こまめにチェックしておかないとな。



 栽培開始、二十五日目。



 乾燥した大コウモリの糞を肥料としてやる。

 これはやると根の張りが良くなるのだ。


「土はこれくらいでいい?」

「そうだ。しっかり固めてくれ。


 茎が伸びてきたので、株本に土を寄せて倒れないようにしする。

 ラウナもだいぶ作業に慣れたようだ。。



 栽培開始、三十三日目。


「暑い……」

「水分補給を忘れずにな」


 最近雨が降らないので水やりは多めに。

 こういうとき水源が川しかないのは不便だな。


 地下から水を吸い出せる魔法植物を探すべきか。



 栽培開始、四十六日目。



 ザー、ザー、ザー。


 ようやく雨が降った。

 今日は家でのんびりしていよう。


 ちなみにラウナには使っていない空き部屋を自室にしてもらった。

 ベッドなど家具も到着したので、一人でゆっくり休むことができる。


 さすがにずっと俺のベッドを使ってもらうのも悪いからな。


「ご主人さま、疲れた?」

「まあ、ちょっとな」


 マンドレイクの栽培に加えて、今まで通り野菜やヒールハーブを売って生計を立てている。


 ラウナが手伝ってくれたり、家事をしてくれるおかげでだいぶ楽なのだが、少し疲れているのかもしれない。


「ベッドに寝て。マッサージするから」

「いいのか? ラウナも休んでいいんだぞ」

「ご主人さまが倒れたら困る。身体を伸ばして」


 ラウナに言われるままベッドにうつ伏せになる。

 すぐに彼女の手が肩のあたりに触れたのがわかった。


「うわ、硬っ。ガチガチ」

「肉体労働だからどうしてもな」

「身体の力を抜いて。ほぐすから」

「頼む」


 ふぅ、と息を吐いて脱力する。

 そこにラウナの手が指圧を加えてきた。


 始めは肩、そこが終わると背中と続いていく。


「お゛……おおぅ……」

「どう? 気持ちいい?」

「ああ……気持ちいいな……」

「良かった」


 しばらく無言でマッサージを受ける。

 雨の音が耳に心地いい。


 それから少しして、ラウナはこう言った。


「ご主人さまがタイプの女性ってどんな人?」

「な、なんでそんなこと訊くんだ?」

「気になったから」


 口調は淡々としているけど、どこか圧を感じるのは気のせいだろうか。

 ここでどう返すかが重要だ。


 前世では金髪巨乳エルフが好きでエロゲーをよくプレイしたが、正直に言うのは色々まずい気がする。


「俺は外見よりも内面の美しさが大事だと思っている。例えるなら人の不幸を自分のことのように泣ける人だな」

「へー、そう」


 声の冷たさがすごい。

 綺麗ごと言ってんじゃねえよって感情が、ビンビン伝わってくる。


「ま、まあ見た目なら銀髪が好きだぞ。片目が隠れてるとなおいい」

「ふーん、そっか。答えてくれてありがと」


 これはこれで口説いてるみたいでキモくないか?

 女性と仕事以外で話したことがないから、なにを言えばいいのか全然わからん。

 ラウナの声色が元に戻ったのが救いだ。


「こっちも揉んであげる」


 腰を中心にほどよい力がかかる。

 たまに手が尻に触れるのがこそばゆい。


 正直言うとうつ伏せでよかった。

 仰向けだと困ったことになっていたかもだ。


 そうしてマッサージを受けていると、ラウナはとんでもないことを言ってきた。


「もっと気持ちいいこともできるけど、どうする?」

「──っ!?」


 思わず立ち上がりそうになった。

 気持いいってそういうことだよな。


 いきなりなにを言い出すんだ!?


「まだ命令されてないけど、身体を使ったご奉仕もできる。女の奴隷はみんな求められるって教わった」

「そ、そういうことはしないって前に言っただろ?」

「気持ちは変わるもの。ご主人さまが望むなら、わたしはいい」


 ラウナが身体をピタリとくっつける。

 マシュマロのような胸の感触が、ぽよんっと背中に伝わってきた。


 おいおい、童貞には刺激が強すぎるぞ。

 このまま欲望に身を任せて気持ちはあるが、ここは我慢だ。


 たぶんラウナは試しているのだ。

 俺が自分の言葉を守れる主人かってことを。


「無理しなくていい。ラウナはいつも仕事を手伝ってくるだろ。それで十分だ」「……わたしには魅力がないの?」

「魅力はある。大ありだ。だからこそ、そういうことはラウナが本当にしたいときにしてくれ。その相手が俺でも他のやつでもな」


 そう言うとラウナがうなずいた気配がした。

 これで納得してくれればいいんだが。


「ご主人さま、ありがと」

「これくらい普通だって」


 本当は俺も揺れている。

 でもここで手を出すのは違う気がしたんだ。


 けっして息子が立たなかったらどうしようとか、下手で笑われるのが怖いわけじゃないぞ。


「じゃそのときが来たら、いっぱい愛して」

「お、おう」


 ラウナは俺の耳元で囁いて、それからマッサージを再開した。

 ……やっぱり惜しいことをしたかもしれない。


 こうして雨の日は過ぎていった。



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