第8話 プチスライムを捕まえに

 ラウナが来てから数日後、俺の生活は大きく変わった。


 食事は用意してもらえるし、掃除や洗濯などの家事も彼女がやってくれる。


 さすがに毎日やってもらうのは悪いので、俺も一緒にすると申し出たのだが、これは自分の仕事だからと譲ってくれなかった。


 その代わり畑にいる時間を長く取れるようになったので、野菜やヒールハーブを売った収入は上がっている。


 ラウナを養うためにも、がんばって働かないとな。


「今日はスライムを採りにいく」


 朝食を終えると、俺はラウナそう告げた。


「スライムって魔物の?」

「ああ。あの魔物は魔力のある粘液を土に馴染ませてくれるんだ。おまけに排泄物にも栄養がある。畑に埋めておくと魔法植物にちょうどいい土壌改良になるわけだな」

「全然知らなかった」


 まさかスライムがミミズのようなことをしてくれるなんてな。

 俺もスキルがなければ、永遠に知らなかったと思う。


 これが前に森の畑で言った、種を蒔く前に必要なものだ。


「それじゃ、さっそく探しにいこう」


 俺たちは作業着に着替えると家を出て、森の中に入った。

 肩にはスライムを入れる金属性カゴを下げている。


「スライムは湿っている場所が好きだから、そこを探してみよう」

「水の匂いがする方に進んでいるのはそういうこと?」

「正解。川の近くにある茂みに隠れていることが多いな」


 魔物にも気を付けて、森の中を進んでいく。

 ドッペルプラントの足は馴染んでいるようで、ラウナもしっかり歩けていた。


「あとスライムといっても冒険者が戦うような奴じゃない。土の中で暮らしてもらうわけだから、手のひらサイズのプチスライムで十分だ」

「成長したりはしないの?」

「プチスライムは基本大きくならない。ただ稀に巨大化する個体がいるから、そうなったら襲われる前に退治しないとな」


 普通の農村でスライムを使った畑がないのは、これが理由だと思う。

 そもそも魔物と関わりたくない人間が大半だろうが。


「川が見えてきた。この辺にいると思う」


 俺がそう言うと、ラウナはキョロキョロと辺りを見回す。

 水場に生えている草は葦のように背が高く、見晴らしは良くない。


 こういうときは魔法植物の出番だ。


 自分の身体に仕込んでいる魔法植物に命令しようとしたその瞬間、ラウナから声が上がった。


「いた。あそこ」

「本当だ。すごいぞラウナ」


 目を凝らすと草の間にプチスライムの姿があった。

 ボディが透けていて視認しにくいのに、よく見つけられたものだ。


「逃げられないようにそっと近づいてカゴに入れよう。まずは俺が見本を見せるから──」

「行ってくる」

「え」


 俺は言いきる前に、ラウナは飛び出していた。

 そして瞬く間にプチスライムとの距離を詰めると、手で鷲掴みにした。


 ……スライムって手で掴めたっけ?

 指の隙間から逃げられるのが普通だと思うんだが。


「ご主人さま、捕まえた」

「あ、ああ。ありがとう」


 ラウナは自分のカゴにスライムを入れて蓋を閉じた。

 まるで野生児みたいだ。


 俺が思っている以上に彼女はすごいのかもしれない。


「またいた」

「じゃあ二手に分かれよう。ラウナは北、俺は南、三十分くらいしたらこの場所に集合だ」

「わかった」


 ラウナはコクリとうなずいて、また茂みの中に飛び込んでいく。

 あれだけ素早く動けるなら、俺はむしろ足でまといだろう。


 ここは一人の方がやりやすはずだ。


「俺も負けてられないな」


 そう口にしてプチスライムを探すことにする。

 ……周りには草しか見えないけど。


 三十分後。

 ラウナはカゴ一杯のプチスライムを採ってきた。


 俺は二匹捕まえた。

 いや、見つけるだけでも大変なんだからな!






 次の日。


「ラウナ、身体の具合はどうだ? 筋肉痛になってないか」

「平気。街まで走っても大丈夫」


 ベッドに座ったラウナが、足を曲げ伸ばしする。

 プチスライムを探しに行った疲れは、まったくないようだ。


 若いっていいね。


「力仕事もできるから任せて。重い荷物とか持ってあげる」


 働き者だとドルヤネンは紹介していたが、想像以上にやる気満々だ。

 その華奢な腕だと折れてしまいそうだが、なぜか本人は自信たっぷりだし。


 ここに来てから日に日に元気を取り戻している気がする。

 少しでも絶望が和らいだのなら、それはいいことだ。


「無理だけはしないでくれよ。大切な助手なんだから

「うん。わたしもご主人さまが大切」」


 ラウナがうなずく。

 頬が赤くして、上目づかいで俺を見てくるのはなぜだろう。


 カラン、カラン、カラン。


 玄関の方でベルが鳴った。

 だれかが来たようだ。


「おはようございます、ソウマさん」


 扉を開けるとそこには牛の頭をした、筋骨隆々の獣人がいた。

 背後には荷車に積まれた山盛りの荷物が見える。


「久しぶりっスね。お荷物をお届けに来たっスよ」


 彼の名前はタロス。

 この家に引っ越してときにも、家具を運んでもらったことがある。


「ご苦労様。重かっただろ」

「全然平気っスよ。ドロシーさんの依頼なんスけど、こんな大量の荷物何に使うんスか?」

「新しく奴隷を買ったから家や畑を広げようと思ってな。それでドロシーに相談したんだ」


 家の中からチラチラと様子を見ているラウナに親指を向ける。


「ソウマさん奴隷買ったんスか!? 意外とお金あるんスねー。ていうか女に全然興味なさそうだったのに」

「俺も男だからな。ま、そういうことだ」

「なるほど、めちゃ可愛い子ですもんね。納得っス」


 得心したのか、タロスはうんうんと首を振る。


「荷物は家の前に置いといてくれ。あとはこっちで運んでおく」

「助かるっス。パパっとやっちゃうスね」


 タロスはあっという間に荷車を空にする。

 獣人の腕力は人間の二倍近いらしいが、こうして見るとすごさがよくわかるな。


「じゃ、オレはこれで」

「ドロシーからまた依頼があったらよろしく頼む。これはほんのお礼だ」


 俺は銀貨を五枚取り出し、タロスに渡す。

 運賃はドロシーから受け取っているはずだから、これはチップだ。


「いいんスかこんなに! 了解しました! また依頼があったら任せてください!」


 満面の笑みで手を振りながら、タロスは帰っていった。

 この先も色々と荷物を頼むことになるだろうからな。


 仲良くしておくに越したことはない。


「ご主人さま、この荷物はなに?」

「森の畑で使うやつだな。これでようやく仕事が始められる」

「魔法植物の栽培。わたしの出番

「そうだな。マンドレイクの種もあるから、さっそく蒔いてみるか」


 俺は荷物の中からマンドレイクの種を取り出し、ラウナと一緒に森の畑に向かった。


「いい感じに馴染んでいるみたいだな」


 赤く染まった土を一掴みして、手触りや匂いをたしかめる。

【緑の王】で得た知識によると、ここで腐臭がしないとアウトらしい。


 やや生臭い香りがするので、いまのところ順調なはずだ。


「スライムも元気そう」


 昨日採ってきたプチスライムも、先に土の中に埋めてある。

 水をたっぷりやっておいたので、ここに住み着いてくれるはずだ。


 土の間から透明な触手がたまに出ている。


「マンドレイクの種ってどう蒔くの?」

「実際にやりながら説明しよう」


 先端が三角形になったくわで、かまぼこ型の畝の真ん中に浅く溝を掘っていく。

 畝の長さは二十五メートルなので、溝もほぼ同じ距離だ。


「次はマンドレイクの種を蒔いていく。間隔はだいたい40センチだ」


 種袋から黄土色の種を取り出し、40センチおきに三粒ずつ落としていく。


「三粒も落とすの? 芽が出たときギチギチになりそう」

「いい質問だな。マンドレイクは元々発芽する確率が低いんだ。だから三粒の内一つでも芽が出ればラッキーってこと。もし全部芽が出たら一番葉の艶がいい一本だけを残してやればいい」

「なるほど。さすがご主人さま」


 ラウナは感心したようにコクコクとうなずく。

 そういえば女の子の前で説明して、それを真剣に聞いてもらうなんてはじめてだな。


 なんだかくすぐったい気分だ。


「俺が溝を切るから、ラウナは種蒔きを頼む」

「わかった」


 俺は十二本ある畝に、一つずつ溝を切っていく。


 ラウナは親アヒルのあとをついていく子アヒルのように、マンドレイクの種を落としていく。


 手先が器用さを存運に活かして、一つまみで三粒きっちり指に挟んでいた。


「声が聞こえる。『埋めないで』とか『暗いところは嫌とか』とか『あなたの近くにいたい』とか」

「種の鳴き声だな。人間の言葉を真似しているだけから、気にせず蒔いてくれ」


 マンドレイクの種が土の中より人のそばにいようとする理由は、まだよくわかっていない。


 一説には寄生して脳を乗っ取るなんて話もあるが、真実は定かではない。

 魔法植物の習性は謎ばかりだ。


 ともかく種蒔きは順調に進み、すぐ種袋の中は空になった。


「これで全部の畝に蒔けたな」

「次はどうするの」

「種の上から手で土をかけていく。軽く押さえるのを忘れずにな」


 二人で種の上に土をかけていく。

 ここでも声が聞こえてきたけど、すべて無視することにした。


「このあとはやっぱり水やり?」

「それも大事だけど、その前に祈りを捧げよう」

「祈るの?」

「マンドレイクが健やかに育つようにな。これも大事な仕事だ」


 俺とラウナは手を合わせ、マンドレイクを蒔いた畑に祈りを捧げた。

 緑の葉が茂り、根がよく太るようにイメージする。


 野菜に音楽を聞かせる農家の話は聞いたことがあるが、祈るのは俺も今日がはじめてだ。


 端から見ると意味不明だが、【緑の王ユグドラシル】の栽培知識が必要だと教えるので、これも意味のあることらしい。


「あとはラウナの言う通り水やりだな」

「わたし川から汲んでくる」

「俺も行くよ。水をやったら今日の仕事は終わりだ」


 桶を持って森の中を歩く。

 森の畑の近くには小川があって、タンクに雨水が溜まっていないときは、そこかあら水をやっている。


「お仕事が終わったらお昼ご飯?」

「そうだな。たまには俺が作るよ。何か食べたいものはあるか?」」

「野菜のスープ作ってほしい。あれ好き」

「ラウナはポトフが好きだな。よし、任せてくれ」


 そう言うと無表情な少女の顔がほころんだ。





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